18 オペラ座
イコマは軽い運動のつもりで街に出ていた。散歩しながらのタウンウォッチングは日課である。
今朝は、プリブのことを考えながら。
かなり歩いて、ブロードウェイと呼ばれる地域。
さすがに人通りは少ない。
まだ朝ということもあるが、双戯感謝祭だからでもあるのかもしれない。
オペラ座を見上げた。
バーチャルで遊ぶ娯楽施設である。
遊べる幻影は、百数十万種。
そのほとんどは地球上のシーン。
ありとあらゆる仮想空間が用意されている。
もう地球では廃れてしまった遊び。
ニューキーツにはなかったが、地球最大の都市カイラルーシにはあったのだろうか。
ユウが話してくれた。
中央議会議員がこの中の幻影装置のひとつ、マスカレードの中で殺されたという。
名は、ヴィーナス。三十半ばの女性。
どのようにして殺されたのか。
そして、誰に。
なぜ?
漠然とした関心があった。
プリブの一件に関係しているのでは、と。
人殺しなど、パリサイドの社会で、しかも宇宙船の中で、めったにあることではない。
その翌日にプリブが連行されたとなれば、考えられることはただひとつ。
容疑者とされたに違いない。
しかし、なぜプリブが。
イコマは館のインフォメーションに向かった。
外観同様、飾り気のない窮屈なホールに、小さなカウンターがひとつ。
この先で繰り広げられるアトラクションの多彩さや華やかさに比べ、入り口やホールや廊下は無機的で極めて簡素。
今日は、客は誰も来やしない、とインフォメーションのパリサイドも目を瞑っていた。
男だろう。
ヒト形に変身せず、アシカのような体形のまま表情のない顔をしている。
「ちょっと、お聞きしたいことがあるのですが」
たいしたことが聞けるとは思っていない。
案内係は、目は開けたものの、にやりともしない。
「先日、ここでヴィーナスという女性が殺されたそうですが」
と、切り出したものの、何をどう聞けばこの男を話題に引き込めるのだろう。
「私もそのとき、あのマスカレードに入っていましてね」
ユウによれば、十二月二十二日の宵の口だったという。
ちょうどその頃、イコマはチョットマと仮面舞踏会の幻影に入り込み、大いに楽しんだのだった。
バーチャル装置は、それぞれの小さなブースごとに幻影を見せる。
しかし、その中に登場する人物はNPC、つまりノンプレイヤーキャラクターだけではない。
装置を楽しむ人々もそこには存在するのだ。
特に、マスカレードのように開始時刻が決まっているメニューの場合、多くの人が同時にその舞踏会を楽しむことになる。
殺されたヴィーナスという女性と、仮面を被って踊る人々の渦の中で出会っていたかもしれないのだ。
しかし、案内係は表情を変えず、鼻を小さく鳴らしただけ。
殺人事件のことなど、彼の仕事にこれっぽっちも関係しない。当然のことだろう。
「殺されていたという、そのときの状況を知りたいと思いましてね」
なおも食い下がったが、ついに唸り声さえ聞くことはできなかった。




