166 死ぬ前に会いたい人が一人くらいいても
「しかし、あんたに罪はない。罪のないあんたを、あたし達は憎んでいる。それだけのこと」
床に這いつくばって泣いているサーヤに、ライラはそう声を掛けると、天井を仰ぎ見た。
「オーエン。あんたはどう思う?」
反応はない。
「どう思おうがあんたの勝手だし、あんたがパリサイドをひどく憎んでいることもよく分かっている。だがな、ここでこの人を殺すことがあんたの目的じゃないはず。それに、大科学者オーエンともあろう者が、この期に及んでそんな私情に意識を向けるとも思えないがね」
いつの間にか、ライラは聞き耳頭巾の布を手にしている。
「さて、本題に移ろうかね」
と、腰に手をやった。
「ここからはあたしの頼みだよ。どうだろね、オーエン。この装置のレベルを一旦ここで留めてくれやしないかね。いやさ、このままだったら、あたしの可愛いチョットマが帰って来れなくなるからね。少しの間だけだよ。どうだい?」
ようやくオーエンの声があった。
やはり聞いていたのだ。
「青蟻衆の風上にもおけん奴だな」
「そうだね。でも、あんたの邪魔はしてないさ」
「俺には私情を挟むなと言っておいて、お前はどうだ。私情を振りかざしているではないか」
「そりゃあそうさ。あたしゃ、偉大な科学者でもないし、世紀の偉人でもない。ただの占い屋の婆さんだからさ」
「断る、と言ったら?」
「そう言うもんじゃないよ。どうせ、あたし達ゃ、もうすぐ一緒に死ぬんだ。死ぬ前に、もう一度チョットマに会いたいのさ。あんたも奥さんと話したいだろ」
「ふん! くだらん理由だな」
「くだるもくだらないも、ないさ。死ぬ前に会いたい人が一人くらいいても、いいじゃないかい」
イコマは、ライラの説得が奏功することを祈った。
こうしている間にもレベルは上がり続けている。
まだ、今ここでレベルの上昇が止まれば、チョットマやンドペキが帰還してくることは可能だ。
残された方法は、ライラの説得しかない。
下手に合いの手を入れて、オーエンの機嫌を損ねては何もならない。
ライラに任せるしかない。
しかし、何が起きているのか、全く分からなかった。
そもそも、オーエンは何をしようとしているのか。
ライラはそれを知っているようだが、彼女が口にしないことにどんな意味があるのだろう。
青蟻衆というのも分からない。
それに、ライラもオーエンももうすぐ死ぬというのも、どういうことなのだろう。
サーヤは床に突っ伏したまま泣いている。
今は静かに涙を流して。
ライラは聞き耳頭巾を握りしめて、様々にオーエンの翻意を促している。
ユウが、スタッフが見つめる中、グラン・パラディーゾのレベルは依然じりじりと上昇を続けている。
もう、スタッフは手の打ちようがないと見えて、だれも手を動かしていない。




