161 さっさと入って来やがれ!
また時計を見た。
確実に時間は過ぎている。
さっきより針の回りが早くなっているような気がして、ますます急ぐ気持ちが強くなる。
ンドペキを先頭に、調査団は小走りに路地を右へ左へと進んでいる。
もしや!
帰り道! 分からないのでは!
振り返ると、スタッフの数がずいぶんと減っている。
曲り角があるたびに、道標として二人ずつ残してきているのだ。
しかし、それはそれで危険かもしれない。
もし何らかの事情で、道標役のスタッフが持ち場を離れることになったら、全員が戻れなくなる。
ベータディメンジョンで集団遭難、ということになっては目も当てられない。
チョットマは祈るような気持ちになった。
誰でもいいから、早くまともな人に会いたい。
「誰か来る」
目を向けると、男がひとり、こちらに向かって走ってきていた。
スタッフ達には緊張感がありありだったが、見覚えのある顔だった。
「ヌヌロッチじゃないか!」
ンドペキの声に喜びが溢れた。
「よかった、会えて!」
「私も嬉しく思います。貴方が来られたという情報が入りまして、こうして飛んで参りました。こんなに喜ばしいことは、」
などと、この男らしい律儀な挨拶をしようとする。
「ヌヌロッチ。申し訳ないが、急いでいる。半時間もないんだ。パキトポークに会いたい。案内してくれないか」
「かしこまりました」
ヌヌロッチは東部方面攻撃隊にとって旧知のアンドロ。
さっと踵を返すと、「ではこちらへ。すぐ近くです」と、いざなってくれる。
「一体これはどうしたんだ」
と、問いかけるンドペキに、振り向き振り向きしつつ、応えてくれる。
ヌヌロッチはレイチェルのSPの一人。
ニューキーツ最後の日、治安省長官だった男だ。呑み込みは早い。
簡潔に要点をまとめてくれる。
この次元は大変なことになってしまいました。ご覧の有様です。
イダーデの街も崩壊してしまいましたし、生産設備もあらかた崩壊しました。
食料も水も不足し、人の姿も十分の一以下になってしまいました。
カイロスの装置がうまく働いていないようなのです。
その要因として、二点、挙げることができます。
まず、そもそものカイロス強化の暗号を持つアンドロ以外に、異物が混入したようなのです。
セオジュンのことではありません。彼は異物とはなりません。アンジェルナと心ひとつにし、人身御供となることを理解して中に入ったのですから。
それ以外の何か。
それは他のアンドロかもしれませんし、何か他のものかもしれません。
カイロス建設時に従事したアンドロが見つかりまして、その男の意見です。
我々はその異物を排除しようと何度も試みましたが、どんな手を使っても、あの池の中に入れないのです。
潜っていけないし、いかなるものも下ろすことができないのです。何かが拒否しているようなのです。
それは、もしかすると、アンジェリナやセオジュンの意志かもしれません。
もう一つ、奇妙なことを口走る女の存在です。
地球から避難してきた中にいた人なのですが、ある日、こういうことを言い出しました。
自分は別の世界から来た青蟻衆の一人だと。
ベータディメンジョンの莫大なエネルギーによって、宇宙を滅ぼす。
パリサイドを瞬時に消滅させ、人類の未来を保つために来たのだと。
こうも言ったそうです。
図らずも、自分はベータディメンジョンに来てしまった。
そのために覚醒が中途半端に終わってしまい、自分には手の打ちようがないし、何の指令も届かない。
百人の仲間がいるはずだが、互いにその存在を知らない。仲間だと思う人は名乗り出て欲しい、と。
これは噂レベルの話です。
当の本人はその後すぐ亡くなってしまったので、真偽を確かめるすべはありません。
「ご報告は以上です」
ヌヌロッチが立ち止った。
「着きました。ここです」
案内されたのは、他と大差ない侘しい小屋だった。
暖簾が下がっている。
ンドペキが辺りを見回し、暖簾に手を伸ばそうとした時、懐かしい声が中から聞こえてきた。
「遅かったじゃないか!」
チョットマは込み上げてくるものを抑えきれずに、うわずった声で叫んでいた。
「パキトポーク! 来たよ!」
「チョットマか! さっさと入って来やがれ!」




