159 の、はずだった
チョットマは目を瞠った。
扉の先には、壁に囲まれた美しい芝生の広場があり、その中央に澄んだ水を湛えた池がある。
池の縁にはきちんと揃えて並べられた二足のサンダル。
ゲントウという科学者が好きだったシチュエーション。
の、はずだった。
ンドペキから聞いていた話では。
「ここ……?」
芝生どころか、瑞々しいものは何もない。
ほとんど廃墟かと思えるほど汚れた家並が目に飛び込んできたのだった。
不恰好で不揃いな小屋。
ただ人が過ごすために空間を仕切っただけの構築物。
入り組んだ狭い道。人が通行するためだけの小径。
埃っぽい空気に、すえた臭いが混じっている。
路地は一見、石畳風に見えるが、質の悪い鋳物風の金属坂。
地面だけではない。建物の壁も同じ素材。
それぞれの小屋に窓はない。
どの出入り口にも、色褪せた布が暖簾のように吊るされてあった。
ンドペキに続いて路地に踏み込んだ。
「間違いじゃない。ここがあの池のあった場所だ。一本道だ。間違いようがない」
ンドペキはそういうが、ふと思った。
やはりどんな武器でもいいから持ってくるべきだったかも。
ずんずん集落に入っていく。
入口に吊るされた布の向こうに人の気配はない。
ようやく人の姿を見たのは、幾度目かの突き当りを曲がった時だった。
ぼろを纏った初老の男性。
こちらの一行に目を丸くした。
「すまないが、パキトポークのところに案内してくれないか。我々は地球から来た者だ。俺はンドペキという」
聞き方がまずかったのか、男はかなり畏れたようで、口をバクバクさせたかと思うと、一目散に逃げ出した。
「おい! 待ってくれ!」
振り返ろうとせず、何か叫びながらどんどん遠ざかっていった。
「逃げ足の速い奴だな」
男が起こした風でかすかに揺れる暖簾。
「一軒一軒、覗いていくか」
誰からも返事がない。
「ん? アイーナは?」
スタッフがすまなそうに、後方を指さした。
アイーナは後からついてきている。
困惑の表情を浮かべていた。
怖気づいて?
チョットマは、まさかね、と思いながらも、住人探しを始めた。
ンドペキも暖簾に手を伸ばしている。




