153 クリスタルの欠片
ベータディメンジョンは、以前見た時と同じように灰色一色の世界だった。
次々とゲートをくぐってくる人が揃うのを待って、一行はアンドロの街イダーデに向かって歩き出した。
時刻は六時三十一分。右側の文字盤は二時丁度を指していた。
「集合は余裕を見て八時十分。左側の文字盤を見るんだよ。遅れないように。ンドペキ、チョットマ以外は原則、単独行動禁止」
そういうアイーナは急ぎ足だ。
調査時間は短い。気持ちが急いているのが分かる。
「ンドペキ。こっちでいいんだね」
「うーむ」
「どうした?」
移動すること十分弱。
通路状の空間を抜け、広がりのある場所に出ていた。
灰色の世界は相変わらずだが、クリスタルの欠片が散らばっていた。
「この辺りだと思ったんだが」
「どういうこと?」
「イダーデの街の中心。クリスタルの建物があって、交差点があるはずなんだが」
見渡す限り平原が続いている。
「街は……」
街は既に消えていた。
瓦礫というには美しいクリスタルの破片が積もるのみ。
「こっちに行ってみよう」
かろうじて道らしき形跡が残されている。
「こっちとは?」
「カイロスの装置がある西端部」
アイーナがスタッフ二人を選んだ。
「何があっても、ここを動くんじゃないよ」
帰路に交差点を見落とさないために。
誰もが無言だった。
変わり果てたイダーデの街。
もはやこの次元には誰も住んでいないのかもしれない。
調査の意義の半分は、失われたのではないか。
そんな不安が調査隊を覆う。
ンドペキとアイーナを先頭に、消えかけた道を黙々と辿っていく。
重力は安定していないようで、時折ずしりと自分の体重が足にくる。
「まだ先なのか」
「ああ。記憶では」
チョットマは二人が交わす短い言葉に、既に微細な棘が含まれているような気がした。
プラタナスの並木に色とりどりの花壇。
ンドペキが話してくれたイダーデの街の光景。
そんなもの、どこにもないじゃない。
霧が深い。
静まり返った街の跡に動くものはない。
チョットマは足元に何か落ちていないか、遠くに何か見えないか、と注意しながら、二人の後ろをついていった。
パキトポークは、ニニは、セオジュンとアンジェリナは無事なのか。そう祈りながら。
「あれだ」
前方に壁が見えてきた。
「ずいぶん先だ。急ごう」
走り出そうとするアイーナに、スタッフが意見を口にした。
「友好的でしょうか」
「なにが」
「いえ、あの壁の中にあるものが」
「どういうこと?」
「安全でしょうか」
そう考えるのも無理はない。
イダーデの街が破壊された以上、この次元には異変が起きている。
シェルタの機能が低下したのか、あるいは何者かによって……。
現に、ここに来てから人の姿はない。
スタッフは、攻撃されるかも、とまでは言わなかったが、その恐れさえ否定できない。
しかし、チョットマは全くそんな気はしなかった。
「なに言ってるんだろね!」
「しかし」
「しかしもくそもない!」
「私が先行して見に行ってきます」
「必要ない!」
「市長の身に何かあれば」
「ええい、くどい! ここはパキトポークが治めてるんだ! そんなこと、起りっこない!」
奇妙な自信だったが、アイーナはそう言うなり走り出した。
巨大クッションが跳ねるように。
どこまでも続くかのようにそびえ立つ壁の中に、硬い表情を見せている扉。
「ここだ」
ンドペキが周りを見回した。間違いない。
扉を押し開いた。




