152 抑えられない動悸
チョットマはグラン・パラディーゾの最上段までンドペキと並んで登って行った。
ユウが話してくれたことを反芻していた。
次元の扉は二つ。こちら側と向こう側。
その間は緩衝地帯ともいえる連結空間。
扉を結ぶ一本の通路。
距離にして五十メートルほど。
幅は狭く、ひとりずつ渡っていくことになる。
緩衝地帯とはいえ、厳密にはこの宇宙空間内に作られたチューブ状の臨時スペース。
通路を外れても通路近傍なら呼吸はできるし、極寒の世界でもない。
しかし、重力は失われる。
通路の上部のみ、重力加速度が設定されているのだ。
安全柵などない。
だから、決して踏み外さないように。
走ったりしないように。
両ゲートには数値が表示されている。
あと何人通れるかというカウントダウン。
通過予定人数があらかじめセットされているが、エネルギー残量等の要因によって、変化することもあり得る。
生身の人間を安全に通すために、それこそ莫大なエネルギーが使われるという。
できるだけ早めに帰ってきて欲しい、とユウは何度も繰り返した。
チョットマは胸の動悸を抑えられなかった。
目の前に広がる光景は、これまで見てきたどんな景色より刺激的だった。
人ひとりが通れるゲート。
下から見た時には小さな扉だけがあるように見えたが、実際は家一軒ほどもある大きな構築物の中に小さな開口部があった。
構築物は半透明で、青い液体が流動しているように見える。
ゲートの中は光り輝くオレンジ色。その対比が美しい。
それが無数の星々に包まれ、暗い宇宙の空に浮かんでいるように見えた。
ニューキーツの政府建物で見たものとはデザインがかなり異なる。
技術の違いか、ここが真空の宇宙空間にあるからなのか。
チョットマはふとそんなことを考えて、気を引き締めた。
しんとして静かだ。
イコマ達がいる階段の下辺りを振り返ったが、もうろうとして何も見えなかった。
何の挨拶もなく、握手を交わすわけでもなく、振り返りもせずに、アイーナがゲートに消えた。
十秒経ってまた一人と、黙って順に扉を超えていく。
カウンターは四十五。
ンドペキの次、チョットマは十二番目にオレンジ色の光に足を踏み入れた。
ゲートの向こうには、想像していたよりはるかに美しい光景が広がっていた。
もうひとつのゲートが、天空の只中に浮かんでいる。
一直線に伸びる、人の肩幅ほどの半透明の通路が虹色の光を放っている。
シャボン玉の中にいるかのよう。
薄い膜で覆われたチューブに星々が揺らめいていた。
ンドペキはもういなかった。
少し前を歩いているはずなのに。
巨大なエネルギーが放出されているところでは、時空が歪み、時間の流れは早くなったり遅くなったりすると聞いたことがある。それかもしれない。
歩を進めるたびに、床の発光が強さを増す。
一瞬、星々が消えたような気がした。
また次の一歩では、緑色の空間を通過したような気がした。
次元の隙間を垣間見たのかもしれない。




