149 もう手を繋いでくれそうにない
市長執務室に到達するまで、ほんの数分。
「あ」
「チョットマ!」
長い殺風景な廊下のその先、執務室の前で、チョットマが膝を抱えて座り込んでいた。
うな垂れて目を瞑っている。
「あ、ママ」
ユウがぐんぐん近づいていく。
と、チョットマを挟んで向こうから、アイーナを中心とする一団がやって来た。
巨大クッション姿は遠くからでもよくわかる。
「市長!」
両者がチョットマのところで一緒になった。
「うむ」
「トゥルワドゥルーの元へ向かいます!」
「うむ」
情報の交換はない。
状況は互いに既知のことなのだろう。
ユウはおはようと、チョットマの頭を撫でると、じゃ、行ってくると飛び去っていった。
アイーナはあれこれと指示を出し続けている。
船体の損傷は軽微。
キョー・マチボリーによれば、エネルギー庫が狙われた模様。
流出したエネルギー量はこちらで確認する。
あなた方はグラン・パラディーゾの損傷の有無と、その復旧に全力をあげなさい。
それが最優先事項。
市民の安全確認は警察に一任。
くれぐれも、不安を与えないように。
そのためにも、船室の電力を直ちに復旧させなさい。
アイーナが部屋に入ってしまう前に、チョットマが進み出た。
「私もミッションに参加させて下さい!」
しかし、アイーナはまだ、指示を出し続けている。
現場に向かっている軍には、軽々に発砲しないように伝えなさい。相手が誰であろうと。
友船四隻への攻撃がないかどうか確認し、こちらの被害状況を第一報として伝えなさい。
部屋に入る前にようやくチョットマへ顔を向けると、
「そうと決まってるじゃないか! 何を寝ぼけてるんだい! 今更、妙なことを言うんじゃない!」
と、執務室に消えた。
ロームスがまたぞろ入り込んでいないか、調べなさい。
星との通信はまだ復旧しないのか。
そして、「あ、イコマさん。昨夜は失礼してすみませんでした」という言葉を残して。
イコマとチョットマだけが、廊下に取り残された。
船室と違って、こちらは煌々と明るい。
呆然とその場に立ち尽くしているチョットマの肩を抱いた。
「帰ろか」
「うん……」
「なんや、ようわからんなあ」
久しぶりに手を繋いで歩こう。
「アイーナの態度も、今の状況も」
「ここに来てからのこと、全て」
「そうやな」
時折、政府関係者とすれ違うが、誰もが、悲壮な顔をしている。
「よかったやないか。ミッションに参加できて」
「よくわからないけど、そういうこと?」
「たぶん」
「よかった!」
「アイーナは何を謝ってたんやろ」
「さあ。前夜祭に出なかったことじゃない?」
「まあなあ」
「みんな、もう起きてる?」
「ああ」
チョットマが立ち止った。
「ん?」
手が離れ、大きく伸びをした。
「さ、切り替えよう!」
そして、上げた腕を下す勢いで、大きくぺこりと頭を下げた。
「パパ! ありがとう! ベータディメンジョンに行くこと、許してくれて!」
顔に生気が戻っていた。
晴れ晴れとした目をしている。
長い緑色の髪を大きく揺すった。
「父親なら誰もが持つ不安は、娘の自信に打ち消された、ということや」
「へへ! じゃ、走るよ!」
もう手を繋いでくれそうになかった。




