147 前夜祭異聞
このまま眠るのは惜しい。
久しぶりに家族三人。
昔、アヤと三人で川の字になって寝ていた頃のように。
イコマは、無難な話題を選んだ。
「ライラは一体、何しようとしてるんやろか」
前夜祭での出来事だ。
宴の最中、ライラは聞き耳頭巾のショールを胸に抱いて離さなかった。
これまでも、ことあるごとに布に触れさせろと言ってはいた。
しかし、今夜ほど布に執着することはなかった。
触れているばかりか、少しの間、貸してくれというのだった。
明日には返すからと。
「なんであれほどご執心やったんやろ」
もちろんアヤは喜んで、と布をライラに差し出した。
返していただくのはいつでもいいですよ、と。
眠る前のどうでもいい話題のつもりだったが、話すうちに気になり始めた。
「ライラが言ったことも気になるなあ」
ユウが眠たそうな声で言った。
「大元の事実ってやつ?」
「ああ」
ライラは誰に聞かせるふうでもなく、呟くように、まるで聞き耳頭巾に語り掛けるようにこう言ったのだった。
「ネイチャー、あんた、いったい、どこに行ったんだい」
ネイチャーって? と聞いたアヤに、ライラは笑ってみせただけだった。
しかし、こんな解説をしてくれた。
この布の大元。
それは、全ての意識を読み取る意識。
この宇宙に充満する無限の意識。
それを読み取ることは、宇宙で生きていくための必須の儀式。
可能にするのは科学の結晶。
ひとつの珠。
「こういう姿になるとはねえ」
ライラの手が何度も布を撫でた。
「アヤよ。これは元は頭巾の形をしていたんだね」
頷くアヤに、ライラはこんな質問もぶつけた。
「持っていたのは?」
日本は京都、山奥の村。村の巫女である奈津という老婆。
そう応えるアヤに、ライラは続けざまに問うた。
「その前は誰が?」
聞いてません。
「言い伝えとは?」
聞き耳頭巾と言って、その村に代々伝わる巫女の印だそうです。
「アヤが持つようになった訳は?」
奈津お婆さんが、貴方が伝えていってくれと。
「巡り合わせだねえ……」
「どういうこと?」
「あたしがまたこれに触れることができる。そして、あたしを助けてくれる。あたしをあたし自身でいさせてくれる。まさか、こんなことが起きるなんてね……」
遠くを見るときのように、ライラは焦点の合っていない目でワイングラスの中身を見つめたのだった。
イコマは体の向きを変えた。
チョットマが見えるように。
その向こうにはライラが。
「あれ?」
ライラの姿はなかった。
その夫、ホトキンの姿も。
今夜は気持ちが高ぶって眠れないかもしれない。
と思ったのも束の間、イコマは眠りに落ちた。
夢を見た。
昔、あの村で聞き耳頭巾を被った自分が、呪われた白い大岩に腰かけて見た夢を。
そして、その夢によって、その村に起きた連続殺人事件の真相を解明した時のことを。
そして、アヤを心から愛おしいと感じた日々のことを。
と、揺れを感じた。
「おい、ユウ! 起きろ!」
隣に寝ているはずのチョットマの姿がなかった。




