146 君の未来に幸あれ、と祈らずにはいられない
今、イコマはだだっ広い船室に戻って、寝物語をしている。
隣にユウ。反対側には毛布にくるまったチョットマ。
少し離れた場所に、ンドペキとスゥ、そしてアヤの姿が見える。
家族だけになると、やはり不安が募った。
ンドペキが無事に戻って来ることを祈るしかない。
彼にしてみれば、あそこに置いてきたパキトポークに大きな借りを感じているのだ。
あの日、ベータディメンジョンに避難したニューキーツ市民数万人をパキトポークに押し付けて、隊長である自分はアヤに会うべく、かなりの数の隊員を引き連れて戻ってきたのだから。
ンドペキの意志が変わることはない。
これまで、ンドペキもスゥも、あそこで起きた出来事を、感じたことを、必要以上に語ろうとはしなかった。
負い目があるのだ。
もちろん当時、イコマとンドペキの同期は切れていたし、ユウとスゥの同期も同様。
断片的に語られた事柄と、チョットマやスミソ、そしてライラや隊員たちの話を総合して、イコマはあの次元の成り立ちやその時の様子を想像していた。
巨大なエネルギーが渦巻く世界。
時間の流れが異なる世界。
そのエネルギーは地球どころか、太陽系、さらに暴発すれば銀河系さえも吹き飛ばしてしまうほどのもの。
ゲントウとオーエンという科学者が作り上げたシェルタ。
時として襲ってくる強力な重力。
強靭な身体を持ったアンドロでさえ、己の体を岩のように変えてその過酷な時間をやり過ごすという。
そのシェルタを維持する装置カイロス。
強大な太陽フレアが地球を襲うことを予測し、地球の人々が避難してくることを想定した備え。
装置を強力に、かつ安定的に稼働させ、あるいはバージョンを上げ、人が住める環境に維持するために人身御供となった女性。
課せられた使命を全うしたアンドロの娘。
その名はアンジェリナ。
レイチェルのSPマリーリの娘。
そしてその傍にいることを選んだアンドロの若者。
その名は、セオジュン。
転生前の名はハワード。
同じくレイチェルのSPで、レイチェルとアヤを愛した男。
レイチェルの命により、チョットマを見守っていた人物でもある。
イコマはこの男と何度も話したことがある。
訪ねて来ては、アヤのことを気にかけていてくれた。
イコマがアンドロという特殊な人類を理解するきっかけを作ってくれた男だった。
そしてもう一人。
その二人がそこにいるからと、ベータディメンジョンに戻ったアンドロ、ニニ。
彼らはともにチョットマの友達。
レイチェルのクローンであり、アンドロの策略に掛かってレイチェルを殺そうとしたサリ以外に、初めてチョットマ自身が見つけた親友。
チョットマが彼らに会いに行きたいと思う気持ちは痛いほどわかる。
思い返せば、チョットマにとって、あのニューキーツの地下スラム、元の名をサントノーレと呼ばれたエリアREFで過ごした時期は、最高に幸せだったのではないだろうか。
様々なことがあった。
信奉する当時の東部方面攻撃隊の隊長ハクシュウが殺され、仲良くしていたニューキーツ防衛軍将軍ロクモンの裏切り。
そして、チョットマ自身が指揮していた対アンドロとの戦いによって、隊員に死者を出してしまった出来事。
それらがあっても、彼女は濃密で熱く、かけがえのない日々を過ごしてきた。
イコマは思う。
今、手を伸ばせば届くすぐ横で、船室の天井を見つめているわが娘、チョットマ。
君の未来に幸あれ、と祈らずにはいられなかった。




