133 騙していたようで、申し訳ない
「キャンティ。貴女のお父様」
「えっ」
「そんな!っていう顔ね。実はね」
サワンドーレは、マスカレードが開演する日には決まってオペラ座に出向き、そのアトラクションに参加していたという。
「地球の人達が乗り込むまでは、一度も行ってないのに」
アイーナは、あのカエルはサワンドーレだと言っている。
その先に予想されること。
ステージフォーによる地球人類勧誘活動。
彼らの判断基準は分からないが、あの蛙との問答によっては、ターゲットにされてしまうということなのか。
そして、ヴィーナスという政府幹部をソウルハンドという恐ろしい方法で殺害したのもサワンドーレかもしれない。
ただアイーナ。そこまでは言わない。
その意味がキャンティの胸に沁みこむ間を与えず、次の話題に移っていった。
「実は私、心当たりがあるの。彼らの神というものに」
アイーナはユウと微笑みあった。
「もちろん、パリサイドの太陽こそが神。そう言う人々がいることは承知しているわ。でも、それ以外に」
チョットマが考えた神のことを、まだアイーナには話していない。
しかし、彼女の指摘は的確だった。
「奴は私達の体に巣食っている」
と、力を込めた。
「奴らは、白い霧となって街中を徘徊し、手当たり次第に人の体に入り込む。そしてその精神や思考を盗み取り、時には乗っ取る」
アイーナの小さな溜息に被せるように、キャンティが言いだした。
「父は父。私は私。もし父がステージフォーに陥ったのなら、この身を削ってまで救おうとは思いません」
「現代っ子ですね。いえ、嫌味じゃないですよ。その通りだと思う。宗教に狂った者は、精神の居心地の良さに酔ってしまい、もうまともな判断はできなくなるから」
もうサワンドーレは救えまい、とアイーナは言ったようなものだ。
だが、キャンティは別の意味で興奮していた。
「もっと教えてください! いろいろなことを!」
「もちろん。これからもっとお話ししましょうね」
「ありがとうございます!」
アイーナが向き直った。
「イコマさん、皆さん、こういう話を聞くと、ご不安でしょう。でも、この部屋は安全。特別仕様」
汚染された人は入れない仕様になっているという。
入ったように見えて、実は、知らぬうちに、幻影を見せられているらしい。
「小さなオペラ座」
実際に、アイーナと話していても、己の体は他の場所にあったということだ。
決して気づくことなく。
「ごめんなさい。騙していたようで、申し訳ないわ。でも、今は皆さん、本当にそのお体のまま、そこに座っておられます」
アイーナは頭を下げてから、
「さっき、言いかけたことだけど、あの白い霧。昨日今日と、見かけなくなったと思わない?」
そういえば。
最近、もう気にはしていなかったが、確かに見ていないように思う。
「職員に調べさせたわ、徹底的に。でも、どこにもいない。これまで、こんなことはなかった」
白くチラチラ光ることをやめたのか。
本当にいなくなったのか。
そもそも、あれは何だ。
そういえば……。
「どこかに固まっているんじゃないですか?」
と、キャンティ。
「いいえ。私達の調査は完璧よ。ここは閉じられた空間。広大とはいえ、調べることはできる」
「マスカレードで、最後の場面で出てきた、あれのこと?」
と、チョットマ。
「へえ。マスカレードに。そうなの。初めて聞く話ね」
と、アイーナ。
キャンティは再び考え込んでいる。
「そうなんですか……」




