128 もう、それも終わっちゃった
哲学的とは言わないが、奇妙な存在もあったものだ。
人類は、宇宙空間のいたるところに生命体が存在することをすでに知っている。
宇宙空間に浮かぶ数多のウイルスは言うに及ばず、もっと目に見える形での、さらに言えば人類より巨大な体躯を持つ生命体が様々な星に生息していることさえ知っている。
中には、人類以上の英知を有すると想像される社会もある。
高度な思考ができる生命体は、それこそ無限に存在すると言い切って間違いではない。可能性として。
チョットマが話した相手のように、自分が宇宙生命の元祖だと主張する者がいてもおかしくはない。
ただ、それらは概して星々の果て、はるかかなたにあり、これまで人類が面と向かって遭遇する相手ではなかっただけのこと。
「チョットマ、でもなぜ、そいつがステージフォーが崇める神なんだ? なぜ、そう思ったんだい? パリサイドの太陽って、アヤちゃんは言ってたし」
「だって、自分はこの星に住んでるって言ってた。いろんな頼みごとを聞いてやってる、なんて言ってたから」
「そうなのか……。自分がロームスって?」
「ううん。ロームスって、きっとステージフォーが勝手にそう呼んでるだけ」
イコマは微かな戦慄を覚えた。
人類が初めて出会う「高度思考する地球外生物」
「聞き耳頭巾で聞いたんだよね」
「そう」
聞き耳頭巾は、そんな途方もない相手の言葉も、翻訳してくれるのか。
「チョットマ、これはとてつもなく大変なニュースだ。いや、待て。よく考えよう……」
パリサイド星の太陽。
イコマの想像では、二つ星の一方は中が空洞だ。
その中に人々は住んでいる。
そこには太陽が燦然と輝き、人々の暮らしを支えている。
まさにその太陽は星の中核をなすもの。
キャンティの話が事実なら、人々は豊かな社会を作っている。
しかし、チョットマが話をした相手の言葉が事実で、その星の中心が単なるプラズマ熱球ではなく、意識と高い思考能力を持った「生命体」なのだとしたら。
そして、聞き耳頭巾を使わずとも、パリサイドの一部、ステージフォーの幹部は、あるいは市民の何割かがその声を聞くことができるのなら。
声を聞くだけでなく、意志疎通を図れるのなら。
本当に、その生命体が瀕死の人類に、つまり神の国巡礼教団の生き残りに、この肉体を授けたのだとしたら。
パリサイドの星では、いったい何が起きているのか。
イコマは自分の体に改めて意識を向けた。
指を折ってみた。両手を組み、指に力を入れて、骨格と筋肉の存在を実感してみた。
二の腕をさすり、大きく息を吸い込んで肺が膨らむのを感じてみた。
目を閉じ、瞼を両手で覆い、眼球にかかる圧力を確かめてみた。
最初の頃あった違和感はもうほとんどない。
自分の体だ。
しかしこの体が、ステージフォーが言う神、ロームスと呼ばれる巨大プラズマ生命体から与えられたものだとしたら。
自分の意識に、これから何が起きるのか想像できない。
空を飛べるようになったり、地球人類の元あった容姿に変身したり、ユウが話してくれたように体をごく微細な粉末状にしたり、そして、ソウルハンドという恐ろしい方法で他人のエネルギーを吸い取ることができるようになった時。
自分の意識や精神は今のままでいるのだろうか。
そうなった時、いや、今でさえ、自分はまだ、地球に生まれた人類と言えるのだろうか。
大阪で生まれ育った生駒延治と言えるのだろうか。
宇宙人の体を持っている?
意識は明らかに元のままだが……。これは確信できる。
しかし、肉体は……。
精神の今後は……。
ユウは……。
ユウを信じていないわけでは絶対にない。
ユウ、JP01と呼ばれるパリサイドは、愛おしくてたまらない三条優、その人。
ならば、ユウはこの「身体の危機」をどう乗り越えたのだろう。
肉体に生じた変化と、地球人類としての意識とのかい離に、どう折り合いをつけたのだろう。
聞いてみたい。
しかし、傷つけることになるだろうか。
「でもね。昨日、もうそれも終わっちゃった」
チョットマが話している。
「なにが?」
イコマは物思いを中断し、チョットマに意識を戻した。
「お前と話をして、得るものはなかった。分からなかったことが、やはり分からない、それが分かっただけだ、なんだって」
チョットマの体内、脳内に巣食ったウイルスは去った、という。
「そうか! そりゃ、よかったじゃないか!」
「いなくなったかどうか、よくわからない。私は、なにも変わってないし」
思わずチョットマの手を取った。
「うん、うん。チョットマ。こういう言い方は君のためにならないと思うけど」
と、前置きを言ってしまったが、
「どんなことがあっても、チョットマはチョットマでいなくちゃだめだぞ」
と、握った手に力を込めた。




