106 来るぞ! やばくないか?
「あ、来たのかな」
見ると群衆の先頭部に動きがある。
レイチェルの姿がスクリーンに映し出された。
ざわめきが広がっていった。
「皆さんに、お伝えすることがあります」
レイチェルはもう名乗ろうとしない。
誰もが、自分たちの代表として、彼女を知っている。
映し出されたレイチェルの顔が紅潮していた。
「本日の搭乗は延期となりました」
語りかけるレイチェルは、どことなく微笑んでいるようだ。
「次回の搭乗予定日時は、追って連絡します」
ざわめきが大きくなり、所々で歓声が上がった。
「皆さんに申し上げておきたいことがあります。延期は機体のトラブルというような理由ではありませんし、着陸先の環境が芳しくないというような理由でもありません。ご心配には及びません。あくまで、事務的なミスということです。想定よりあまりにも早く到着したことによる、情報伝達の祖語ということです」
不安な要素はなにもない、とレイチェルが強調した。
やがて、群衆がどっと崩れた。
一刻も早くこの場から離れたいかのように。
その波をかき分けてレイチェルが駆け寄ってきた。
「落ち着いて話せるところへ。あ、そうか。どこでも一緒か」
通りであろうが部屋の中であろうが、既に会話は当局に筒抜けである。
「じゃ、歩きながら」
「実は」
オーシマンの失踪。
それが、原因のすべてだった。
船長である彼なくして、船は動かない。
他の船を着陸船として準備するには時間がかかる。
パリサイドが搭乗するシップは、予定通り飛ぶということだった。
現に、既に行列は跡形もない。
「私個人としては、もう少しアヤを探せるってことね」
と、微笑む。
「これからどうする?」
「そうねえ……。市民の名簿は完璧にできたし……。これと言って、仕事はないわね」
レイチェルは、後ろを振り返った。
広場では東部方面攻撃隊の隊員達が目立つだけで、もう人はほとんど残っていない。
「することないって、しかし……」
「ンドペキ、じゃ、どうしたらいいか、教えてよ」
ふうっ、と二人同時に溜息をついた。
着陸船が飛ばなくなった。
足止めがいつまで続くのかもわからない。
「まあな、行きたい人はほとんどいなくて、どっちでもいい人、行きたくない人が半分くらい、って状況だからな。たいしてすることはないか」
「アイーナ市長に、行きたくないのです、なんて言いに行く?」
「市長はさっさと着陸船に乗ったんじゃないのか?」
「まさか。いよいよお気に入りのミッションがスタートするのに? それにステージフォーっていうのも気になるでしょ」
「おい! あれ見ろ!」
遠くの街並みが、霞がかかったようにぼやけて見えた。
「宇宙船にも霧が出るのか」
「いや、違う! 消えていく!」
街の北部から、街並みが薄れていく。
空が大きい。
パリサイド星がやけに巨大に見えた。
「わわわっ」
すでに、街の中央に立つキョー・マチボリーの展望台から向こうは、白い甲板が広がるだけでもう何もない。
建物の外壁も、道路も街灯も、何もかもが色彩を無くし、そして透明感が増したかと思うとふっつりと消えていく。
その変化の波の先端部が、もう近くまで押し寄せて来ていた。
「来るぞ! やばくないか?」
「逃げるか」
「どこに!」
目の前の建物が消えた時、薄れていく歩道に立ってイコマ達は身を固くしたが、景色を消し去る波は音もなく、そしてどんな衝撃も与えずに通り過ぎて行った。
残されたものは、金属質の床だけ。
見渡す限り、真平らな世界。
波に取り残されて呆然と突っ立っている人々が、床から発せられる淡い光にシルエットとなって、浮かび上がっていた。
「あそこに!」
見れば、ところどころに小さな小屋が残されている。
出入り口だろうか。
「スゥ! 行こう!」
ンドペキが走り出した。
アヤを探しに!
今なら、会えるかもしれない!




