105 囚人みたいな顔をして
今夕は、レイチェルや多くの市民との別れがある。
特別なことはなにもしないが、イコマはチョットマとともに見送りにだけは行こうと思っていた。
「ライラが言ったこと、どういうことかな」
チョットマはそう言いながら、オーシマンの着陸用シップの搭乗デッキ前にできた行列を眺めている。
レイチェルはまだ姿を見せない。
代表としての意味で、チェックインカウンターかどこかに出向いて手続きをしているはずだ。
イコマは、もしやと思って、アヤの姿を捜している。
普段は解放されていない街の一角。
巨大な広場。
数万人が一堂に会しているが、静かだ。
遅れてきた人が続々と集まっては、行列の後尾に誘導されている。
巨大なスクリーンが随所に用意され、しばらく待て、とメッセージを流している。
「ま、その内、話してくれるさ」
ライラがあえてあのように意味深な言葉を使って伝えたかったこと。
きっと今の事態に関係したこと。
ただ、まだ詳しくは話せない、のだろう。
今、その意味を考えてみる時ではない。
苦々しいとも思わない。
考えるべきことが多すぎた。
イコマ達がスミヨシに残ることは、何ら障害なくアイーナによって認められた。
市民が大挙して残りたいと言い出すこともなかった。
残る者がいることは、市民には知らされていない。
「遅いね」
搭乗予定時刻を過ぎているのに、まだ案内がない。
行列は徐々に形を崩し、座り込んでいる者もある。
何か事情があるのか。
多くの着陸船があるが、当初の予定から変更があり、結局は四艘のみが使われることになっていた。
オーシマンの船が地球からの避難者専用、三艘がパリサイド用。
「パリサイドは乗り込んでるのにね」
着陸船は全貌を見せず、多くのチューブ状タラップの先端部だけが広場に突き刺さったような格好で着床している。
地球人類が搭乗するオーシマンの船のタラップはまだ開かない。
ンドペキが近寄ってきた。
スゥやスジーウォン達も一緒だ。
結局、東部方面攻撃隊の全員が居残ることになったと聞いている。
それぞれ、行列の整理スタッフとして各所に配備されている。
「よくない話が広まっている」
人々の間に不安が高まっているようだ。
「パリサイドの星は風前の灯火らしい」
「ん?」
「攻撃されるらしい」
「えっ、どこから」
「知らん。噂だ」
パリサイドの星はキャンティが話していたような桃源郷ではない、という疑念が生まれていた。
ありもしないバラ色の暮らし振りを吹聴したばかりに、キャンティは更迭されたのだという噂が流れていた。
根も葉もない噂なのだろうか。
「連中、まるで囚人みたいな顔だな。収容所に引き立てられていくわけでもあるまいに」
心配はあるだろう……。
しかし、それを払拭してくれる者がいない。
掲示板にも、待てとの表示が点滅するばかり。
不安が恐怖に変わってもおかしくない状況だった。
そして、人々の上空には相変わらず巨大な赤茶けた星。
宇宙はあくまで暗く、時刻による変化はない。
朝も昼も夕も、同じ夜の顔。
星の不毛な表情が、人々の心に恐怖を落としている。
「攻撃されるって……。うーむ」
宇宙空間のどこかから弾が飛んで来るとしても、それに対抗するものがあるとしても、そんな話は聞いたことがない。
聞いたことがあるのは、パリサイド軍はまともな戦闘を経験したことがないということだけ。
「アングレーヌの話にも、なかったぞ」
「ああ。でも、この船にいる方が安全じゃないのか、なんてことも囁かれてるぞ」
「浮足立ってる?」
「いや。しかし、アギの連中には扇動するような奴もいる」
パリサイドの身体を得た記憶の人アギ。イコマと同類。
まともな生を続けてきた者でないだけに、極端な行動に出がちな面がある。
そうならなければいいが。




