104 寄る辺のない孤独
ユウは、アングレーヌに記憶を渡したことを知ってるのか?
誰が誰に記憶を渡すのか、公表されてる?
同じ性別?
新しく生まれた人は全員?
どんな方法で?
そもそも、あなたはJP01の記憶だけ?
といった質問に、アングレーヌは簡潔に答えていった。
記憶の渡し役と受け取る人はランダムに決められるが、性別は同一。
対象は十五歳以上全員だが、貰う記憶は一人分だけ。
授受のペアは公表されていないが、調べようとすれば誰でも知ることができる。
記憶の渡し役は、自分の都合のいい時に、いくつかの方法から好きな方法を選んで実行する。
なので、記憶を受け取る方は、それがいつになるのか分からない。
「きっと皆さんも、誰かに記憶を渡す役になると思いますよ」
と、アングレーヌは話を締めくくった。
アングレーヌが帰っていった後、イコマ達は沈黙しがちな時を過ごした。
アヤを取り戻す、プリブを見つけ出す、という目的はなんら進展なく、意気込みは萎んで、誰の顔にも疲れだけがあった。
いよいよ明日はパリサイド星への上陸。
スジーウォンとスミソは、隊員たちと話し合うからと早々に引き揚げていき、レイチェルやライラはまだ話し足らなそうにしている。
イコマはこれまでのことをもう一度振り返ってみた。
状況を大きく捉えよというキョー・マチボリーの忠告。
その通り、出来ていただろうか。
見落としはないだろうか。
何が謎で、何が事実?
整理できているだろうか。
そもそも、相手は誰なのだろう。
ステージフォーという団体?
本当にそうなのか。
プリブがアヤを連れ去った?
本人ではない誰かがプリブに成りすまして、ではないのか。
プリブ本人だとしたら……。
ヴィーナスの事件。
これは無関係だろうか。
それとも、キョー・マチボリーの言う、様々な社会の大きなうねりの中のさざ波の一つで、互いに関連した事象なのだろうか。
そして今アングレーヌから聞いたミッションとの関係は……。
「ねえ、チョットマ」
レイチェルが口を開いた。
「なに?」
「同期しない?」
「そうねえ……」
なるほど。
チョットマが宇宙船に残るのなら、同期しておればレイチェルもこの場に居合わせることができる。
チョットマもそれは念頭にあったようで、レイチェルの提案に驚きはしなかった。
即、快諾はしなかったが。
「どうしようか……」
チョットマが返事をする前に、スゥが口を挟んだ。
「それはできないよ。少なくとも一方がパリサイドじゃないと。レイチェルもチョットマも、記憶や思考がデータ化されていないから」
「そう……」
「第三者が介在するなら、できないこともないけど、お勧めできないな」
ライラが立ち上がった。
さて、そろそろ帰ろうかね。
じゃ、私も、とレイチェル。
お疲れさま。
見送りに出たイコマは目を見張った。
「おお! これが!」
街の上空に巨大な天体があった。
「パリサイド……、これが……」
天井部に映し出された映像なのか、宇宙船の外殻が透過性のあるものになったのか。
空を覆い尽さんばかりの巨星。
「暗い星……」
火星の表面のように凸凹だらけ。
赤っぽい山脈が冷たく連なるばかりで、そこに人は住めそうにない。
植物はおろか、大気も水もない極寒の地。
「あの穴ぼこの中?」
ところどころに地殻の裂け目があり、そこから淡い光が漏れ出ている。
「そうかもな」
距離感はつかめない。
その星がどれほどの大きさを持つものか、実感はない。
「ふーむ。大気は……ないな」
「太陽はどこに……」
「ないみたい……」
「やなところだね」
温めてくれるもののない星は、きっと寒かろう。
キラキラと遠く瞬く星々に囲まれて、その天体は寄る辺のない孤独を宇宙のひと隅にかこっているように見えた。
「あ、後ろにも」
よく見ると、目の前にある天体に半ば隠れるようにして、同じような大きさの星があった。
近接して宇宙に浮かんでいる。
「双子星か……」
二つの星に、目に見える違いはない。
「どちらの星にせよ、地球とは大違い……」
と。
「青き衣を着た亡者ども、仮面を投げ捨て、時の神に滅びの光を授けるなり」
ライラは唐突で奇妙な言葉を残し、意味を問う前に、逃げるように足早に去った。
レイチェルはなぜか深々とお辞儀をし、帰っていった。
イコマはチョットマと並んで、いつまでも暗い空を仰いだ。
「ねえ、きっと、上手くいくよね」
繋いだ手が温かい。
「ああ。何もかもね」




