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10 そこだけ伸びる眉毛

「ところで」

「今度の任務ね」

「ああ」

 新しい任務に就いたのか、ユウはこのところ忙しい。

 毎日、帰っては来るが、顔を出すだけ、という日も多い。


「秘密の仕事か?」

 軍の任務であれば、口外できるものではないだろう。

 夫として、できることなら聞いておきたいという気持ちはあるが、遠慮の方が勝る。


「そうねえ。どう説明したらいいかな」

 と、ユウは思案顔をする。


 ユウのどんな表情も、イコマにとって、宝物。

 昔と同じように、ユウの表情がくるくる変わるとき、幸せが満ちてくる。

 ああ、この表情は……。

 アギであったイコマの記憶は、六百年を経た今でも薄れることはなかった。

 あの時もこんな顔してたな……。

 ムササビのような、アヒルのような、アザラシのような……。

 それが今のユウとオーバーラップし、様々な記憶が実体を伴ったかのように蘇ってくる。




 ふと意地悪な気分になった。

「なあ、ユウ。まだ僕の顔、覚えてる?」

「わ! 失礼ね! 当たり前やん!」

「ほんまかいな。おぼろげに、なんて」

「ううん。はっきり覚えてるって!」


 ほくろの位置や、髪の生え際の様子や、耳たぶの大きさや、唇の皺に至るまで。

 ユウがむきになって言い募るが、どうでもいいこと。

「わかったわかった」

「いつの間にか、そこだけ伸びる眉毛だって」

「だから、もういいって」


 そもそも、自分の顔を取り戻すことができるようになった時、正確に再現できるかどうか、こっちの方が怪しいのだから。




「任務は、ある調査を……」

「まあ、なんだな。大変ってことや。いろいろと」

「まあねえ。またパリサイドの世界観を説明する?」

「ああ」




 宇宙空間。

 つまり人類が住む空間としてのこの宇宙。

 これ以外に、多くの宇宙が存在することは周知の事実である。

 人類がそれらを自由に行き来することは未だできないし、その必要もないが、多元宇宙という概念は既定となっている。


「パリサイドは、次元の狭間を潜り抜ける。ユリウス宇宙、僕らの住むのこの宇宙の隅々まで到達することができるんだよな」

「そうよ。簡単なことじゃないし、最遠部は無理だけどね」

「かつて神の国巡礼教団は、そうやって宇宙を旅しようとした。初めて人類は本物の宇宙空間に飛び出し、冒険に出たわけだ。次元の狭間を縫って」

「うん。でもそれはちょっと違うのよ。次元の狭間って、本来、次元と次元を隔てる隙間のような場所であって」

「正確に言うと、そういうことになるか」

「私たちがいるこのユリウス宇宙、それを包んでいるこの次元、つまりユリウス次元の本当の構成は、二十世紀に生きた私たちの理解とはまったく違っていたのよ」



 宇宙空間を平面に例えると、アコーディオンのように折り畳まれているという。

 折り畳まれた空間がまだ折り畳まれて。と、それが繰り返されているらしい。



「その折り畳まれた尾根の部分を渡っていけば、かなり遠くまで瞬時に移動できるということ」

「次元の隙間じゃなかったわけだな」

「そういうこと」

「空間三次元に時間を加えて4次元、と考えられていたでしょ」

「ああ」

「それも違ったのよ。実際は、三の三乗の空間、つまり二十七次元。次元というからややこしいけど、つまり27個の次元要素があるってことね」

「そんなに!」

「地球人類はここをホームディメンジョンと呼んでたけど、私達はJディメンジョン、つまりユリウスディメンジョンと呼んでるわ」




 こうしてユウは、少しずつパリサイドの世界観を教えてくれる。

 理解を超えているし、正直に言うと、どうでもいい話だと思うこともあった。

 

 しかし、なんとか理解したいとも思っている。

 それがひいては、神の国巡礼教団解体後、彼らが自らをパリサイドと呼ぶようになった経緯や、この肉体を持つようになった経緯を理解する元となる。

 パリサイドの歴史を知る上で、彼らが得た宇宙観を知らねばならない。


 かといって、イコマにとって、歴史はそれほど重要ではない。

 歴史学者でもないし、興味がそそられることもない。

 知りたいのは、ユウが過ごしてきた年月の中身だけ。

 ユウが話すパリサイドの世界観の話を面倒とは思うが、いつも黙って聞くことにしている理由だ。


 そしても一つの理由。

 この呪われた身体。

 ユウが以前、口にした言葉だ。

 あれ以来、聞くことはないが、ずっと気になっている。

 自分がその身体を得ることになったからではない。

 この数百年の間にユウに降りかかった数多の出来事が、その言葉ひとつによって、決して幸せに満ちたものではなかったことを暗示している。

 イコマはそれを、いつかは知りたいと思っていた。

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