咬ませ魔法と不平等取引
俺が手を突き出したのを見て、如月は身構えるが、それと同時に、先ほど頭の中に情報が入ってきたのよりも早く、頭の中に『翼を生やす』力を使えるようになったと理解した。魔法は使えば使うほど上手くなるらしい。
しかし、同時にあと一度しかこの魔法を使えないということも理由は特に無いが、分かってしまった。その情報も頭の中に入ってきたのだ。この感覚は数学の公式を理解し、記憶した時に似ている。
『影に入り込む』魔法と『翼を生やす』魔法、この二つは宗谷、そして如月の魔法の劣化版だと気が付いた。
つまり、俺の魔法は他人の魔法の劣化したものを行使できるものだと分かった。
まるでマンガやアニメの敵役の様な力だ。間違いなくこの二人の咬ませ犬的な扱いになるに違いない。俺にはそう思えた。咬ませ犬になる気はさらさら無いが。
「魔法は、何だったか分かりましたかな?」
ルデラはそう言ってヒゲを撫でている。
「教える義理も無いので、答えません」
俺はそう返してやった。
「おいおい、俺の魔法を知っておいて、そりはないだろ?」
そう如月は言ってきたが、無視しておいた。如月は自分が勇者だと分かって有頂天になっているので俺に無視された程度では激昂しないだろう。
これで、俺は如月と宗谷に一歩リードすることができた。敵であれ味方であれ、相手の力を知っているというのは大きな利点となる筈だ。
「さて、私が貴方達をこの世界に呼び出したのは理由があります。これは取引です」
かなり一方的な取引だなと思った。その後ルデラは一拍置いてから言った。
「貴方達のその魔法の力を使って、敵国であるエルーシャの王を殺害してもらいたい」
冗談かと思った。いきなり他の世界の少年を拉致しておいて、人を殺せ?そんな事を平然と言うこの王は間違いなく愚王だろう。
「エルーシャは魔族が主な種族の国で、エルーシャ王も魔族です。いわば魔王ですな」
人である、無いの問題ではないだろう。
「そして、エルーシャ王の殺害が成功すれば、元の世界に返してあげましょう。エルーシャに旅立つまでの衣食住も保証します」
取引とはそういうことだったのだ。まんまとこの愚王に俺達は嵌められたのだ。
「よっしゃ、任せておけ!」
そう声を張り上げるのは如月だ。有頂天になっているが上に、魔族一人殺すだけでこの異世界を堪能できれば十分だとでも思っているのだろうか。
遠くで少し回復したのか上半身だけ上げて此方を見ている宗谷も小さくうなづいている。もう少しでこの国から追い出されると知らずに。
そんな二人を尻目に、ルデラは満足そうな表情を浮かべているのだった。