トイレに行きたい異世界転移
この俺、松本裕司は目の前の状況に非常に困惑している。
俺は授業が終わり、トイレに行こうとしてクラスの後ろの扉を開けようとしていた。横目で何時ものように休み時間ごとに虐められている奴を見て、哀れに思っていた。
扉をいざ開けようとして、教室の床から紅い光が湧いていたことにようやく気が付く。慌てて紅い光から逃れようとする苛めっ子達と虐められっ子と共に俺は気を失った。
暫くして、地面に刻まれた魔法陣的な物の上に俺は立っていた。
目の前には顔を青白くしながらもなんとか笑顔を取り繕うとしているドレスを着た金髪のなかなか容姿の整った少女、その隣に中世貴族のようなクルクルの髪型をした中年の小太りの男、西洋騎士のような男達が中年の男を囲むように沢山いた。
天井を見上げると、見たことが無いような巨大なシャンデリアがぶら下がっていた。そして、俺の他にもう2人いることに気づく。
俺の右で呆然と立ちつくているのが我が高校一の天才、如月晴翔。
スポーツも勉強も出来る、ルックスもイケメン、高校を選んだ理由が「家から一番近かったから」というスカした野郎だ。そして、苛めの中心人物でもある。
如月の右に居る地に伏した格好で、いかにも虐められっ子なオーラを漂わせているのは、宗谷啓介。
如月ら苛めっ子に虐められている可哀想な奴だ。成績は中の中、スポーツは出来ない。顔面もイチゴ鼻がチャームポイントの残念な顔立ちだ。
突然、金髪の少女が絨毯の敷き詰められた床に倒れかけ、周りにいた騎士が彼女を支える。
「よくおいでくださいました。勇者様」
俺達の戸惑いを打ち破るような重く、低い声を中年の男は発した。しかし、中年の男の顔には苦い表情が浮かんでいる。
「私はこのガンデラ国の国王、ルデラ二世でございます。しかし、残念なことに勇者様の他に2人を巻き込んでしまったようでして…」
巻き込んだ?つまりこの三人の中の二人は全く無関係なのに巻き込まれたらしい。
一人はまず俺だろう。勇者として召喚されるような要素も俺には無いし、今だこの状況を疑っている。トイレに席を立っただけだしな。
隠れて爪を手のひらに食い込ませたが、普通に痛かった。
どうも夢では無いらしい。
如月は眉を小さく震わしている。
相当お怒りの様子だ。宗谷は地面に四つん這いになったまま、今にも泣き出しそうな顔をしている。白い顔が今は真っ赤になっていた。まさにイチゴだ。
「誰が勇者様か確かめるために、魔法を使ってもらえますか?使い方は分かるはずです」
ルデラはそう俺達に言った。
使い方、と言われても俺には分からなかったが、如月と宗谷は使い方が分かる様で、それぞれ気が進まないものの、渋々目を瞑り何かに集中しているようだ。宗谷はそろそろ立ったらどうだ。
そう思いつつ、二人の真似を俺はしてみる。
すると右腕が自然に前に突き出て、手のひらが何かに引っ張られるような感覚がした後、頭の中にある情報が入ってきた。
それは、俺は影に入り込むことができるという根も葉もない情報だった。