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佯狂学校  作者: 佐暮
2/7

授業

 ほどなく気がつくと、ぼくは再びとある教室に立ち尽くしていた。目を閉じ、すぐさま眠気が訪れて、目覚めると朝だったというような極めて短い暗闇のあと、僕は再び周囲を知覚しているのだった。

 僕が収まっているこの場。ここはさきほどの授業風景と同一の教室かもしれない。匣型の室を形成する四方の壁、それに沿って置かれていたはずの棚やロッカーは室の中心に向かって配置されていた。つまり、渦を巻いて中心に流れ込んでもいる。

 何ら特徴のないこの教室の時間は、一体どのような流れを踏んでいったのだろうか。さきほど見た夏休み直前の授業風景から、どれだけの経過があったのだろう。少し目を離した隙にとはいえ、この流れとやらはいい加減に訪れ、でたらめな経過を残していく。しかし、僕にはどうしようもなければ、嘆くほどの事柄でもなく……。

 室内ではガヤガヤとおしゃべりに夢中な子供らが占めていた。皆机には工作やらノートやら、デジタルカメラまで置かれていて、僕は教諭の案による課題とやらを呼吸するように思い出していた。前回の教室と同一であり、おまけに夏休み明けのようであった。例のごとく、ある児童が見せびらかしている原稿用紙を覗いたところ、「僕の夢機械」と題打って、教諭がそのまま説明指示したままの文章が、まるで読書感想文めいて記されていたからであって……。

 僕はとある女子の頭をパツンパツン叩きながら、今入ってきたばかりの教諭の挨拶を聞き流した。児童らは指示されて、通知表や日記を提出していた。叩かれていた女の子は、綺麗にまとまったボブヘアーをボサボサにして、口をとがらせたまま教諭に提出を済ました。

 そうして一通り、子供らの笑顔やら何やらを回収し終わると、教諭は件んの「永久機関課題」を切り出したのだった。

 発表は出席番号順に課せられ、いの一番であるところの女子、阿子なる子が教壇上で報告を始めた。

 「えっと、あたしは色々考えたのですが、クリーンエネルギーらしく大きな工作を作りませんでした。では、稼働させてみます」

 というなり、彼女は自分の体を使って永久機関を再現した。

 それは二、三メートルはありそうな緑色のビニールロープの両端に取っ手を取り付けたものだ。両端を両手で掴むと、彼女はそれを前後回転させて、その円心運動の真ん中に自身が入り、足許にロープが当たろうかと思われた時を見計らって跳び上がるのだった。これを繰り返し、見事にエネルギーを作り出した。

 僕はそんな縄跳びの使い方を思いついたことはなく、感嘆の念を抱いて、とある女子が作り上げた日曜大工な永久機関を蹴飛ばしたほどだった。その女子は半べそをかきつつ、日曜大工な永久機関を拾ったが、これはこれで誠に永久機関であった。

 「はい阿子さん、とても面白いものを見つけ出しましたね。手間をかけていても有害なものが世に出てしまっては元も子もありませんね。本当にクリーンなエネルギーで、阿子さんの優しさが伝わってくるように、先生は感じました。みなさん拍手。北原白秋。では、次の人」

 次いで、田中という女子が発表に移った。

 「あの、いま我が家ではとてもハムスターが可愛いがられています。お父さんがもともと仕事先の人から分けてもらったのが始まりで、私も最初は世話が面倒だったのですが、今はとても気に入っています。ハムスターを見て思いついたのが私の作品で、ハムスターがいればいるほどにたくさんのエネルギーが作られます」

 田中は教卓にエメラルドグリーンの小さな滑車を置くと、その中に真っ白なハムスターを放しカラカラと走らせた。田中は半円形のようないたずらっ子な瞳をキラキラさせて、しかしウットリとして小動物を見守る。

 カラカラカラ、カラカラカラ、カラカラカラ、コロコロコロ。

 クラス中が魅入っていたが、とある男子が、

 「先生、山田が……」

 おずおずと申し出た。

 教諭は「またか」と言いたげな、あからさまではない穏やかな疲れ顔をして、どうしたものか、と山田の奇行を見遣っていたが、申し出た男子に「ほっとけ」と目配せしたようだった。男子は気になると言わんばかりの横目で山田を見たが、仕方なしにと席へ落ち着いた。

 カラカラカラ、カラカラカラ、カラカラカラ、コロコロコロ……。

 天井で首からぶら下がる山田の足首をグイグイ引っ張りながら、僕は次々と発表される課題の結果を見るともなしに見ていた。

 とある男子、犬飼の報告では、

 「親が自転車を修理しているので、親に聞いてみたところ、これがいいんじゃないかと言われて、これに決めました。見て下さい」

 犬飼は何やら折りたたまれた鉄塊を広げていき、それは真っ赤なラベルだらけのマウンテンバイクへと変じた。それからいそいそと後輪部を浮かせ、回転動力が床に伝わらないよう固定すると、エクササイズマシンがごとく、猛烈な勢いで漕ぎ始めたのだった。ちょっとした未来風エアロバイクのように僕には映り、カッコよく見えた。

 だから、とある女子の机を窓から放り投げ階下から砕ける音が聞こえると、再び少女の頭をパツンパツン叩いてしまった。今日は暑いからなあ、などと思考を飛躍させつつ……。彼女は大声で泣きながら、教室を飛び出してしまった。そして山田が作った、題して「マテリアル永久機関」なる城のミニチュアにぶつかり壊してしまった。残念。

 犬飼は疲労困憊して倒れた。

 別の女子、佐藤の作品はというと、

 「糸車です。お婆さんが使っていました。こっちの棒に毛玉を引っ掛けて、こっちで巻き取ります。撚りをかけて糸にするためです」

 ガラガラ、ガラガラ、ギラギラギラ。

 佐藤はだらしのない風体であって、妙に色気づいていた。時世粧の感は否めないものであったが、髪は真っ黒だった。

 ガラガラ、ガラガラ、ギラギラギラ。

 意想外に手馴れた態で糸車を回すそれはパラドックスであるように思え、僕をして、永久機関とは彼女の存在ではないかしらん……。

 ガラガラ、ガラガラ、ギラギラギラ……。

 回転の渦の回転、巴ノ中ノ巴。クラスの皆はまたしても半円環に飲み込まれ、没頭して魅入った。

 僕も目を奪われると、渦の目が何かを流出したのではないかしらん。車輪は牛車のそれに作られたような装飾も大きさもなかったが、小ざっぱりとした赤銅色であった。渦の目からはしっかりと、やがて轂きに黒い粒々が湧き上がってきた。見る見るうちに輻を覆い尽くし、赤銅を黒檀に塗り潰していく。

 その瞬く間に佐藤は回転の渦の回転へと、まったく一寸法師のように吸い込まれていったのだった。

 甘く、灰色の石炭を熱したような匂いが教室を漂った。帰るべき場を探しつつ……。その匂いは坩堝が砕けるほどに灼熱し、白く渇き上がったような、荼毘にふした炭酸カルシウムの因果のような匂いであった。灼熱の死であった。

 しかし、教室では授業がすすめられている。ただし、児童の半数が佐藤とともに引きずり込まれて消えていたのだが……。

 糸車は回り、周り、黒檀になって曼荼羅を咲かせていた。

 ――門。

 教諭は満面笑みを湛え、佐藤の課題に満足したような顔をしつつ、やはり物騒であるところの開闢的糸車を窓から投棄した。それはしたたかにも地面に叩きつけられる寸前まで、周囲のあらゆる事象を飲み込んでいった。僕も記憶を啜られて、先刻何を食べたいのか考え巡らした結果をおシャカにされてしまった。残念。

 授業は進む。

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