その七
グロリスの鞄を手にそっと部屋の窓を開けます。そこにはシグくんの小さな影が。
時刻は夜中の……何時かな? 今時計がないからよくわかりませんが、まあとりあえず夜中です。お城はどこにも明かりが灯っていません。
「皆は?」
「安心しろよ。絶対に起きてこないから」
「そっか、わかった。書置きとかしといた方がいい?」
「大丈夫。そこらへんはオレがやっといた」
えっへん、とシグくんは胸を張ります。クソッ、かわいい。たよりになるな~。おじいちゃんだなんて考えたくないや。
「それで、どうやって出て行くの? シグくんがドラゴンに変身してあたしを背中に乗っけてくれるの?」
「うん」
よっしゃキタコレ。喜びの舞をしたいところですが、今は冷静に行きましょう。冷静に冷静に……ぐふふ。
「……。やましいこと考えてるならこっからロッククライミングの要領で降りてもらうけど……」
「ひいっ! 滅相もございません! なんにもやましいことなんか考えてませんよ! だってあたしドラゴンに乗るのとか初めてなんだもん! まずドラゴン見れるとかありえなかったし!」
シグくんは苦い顔でジト目になってます。フッ。慣れてるさ。
「まあいいや。取り合えず行こう」
「うん!」
さあ! いよいよシグくんの真の姿が拝められますよ! どんなのかな~、ちっちゃいと嬉しいな♪
シグくんはベランダの手すりの上に立ちました。普通なら危ないと止めるところですが、シグくんは平気そうな顔で実際全然ふらついたりしてません。すごいな~。
じーっと見ていると、シグくんの身体がふわりと浮き上がりました。一瞬シグくんの身体が光って、次の瞬間にそこにいたのは、銀色の龍。長い尾はベランダから外に垂れ、大きくコウモリを思わせる翼は折りたたまれながらもはっきりと存在を主張し、大きいながらも不自然さはまったく感じないシャープな頭部は優美にしなった長い首に付き私を見ていました。
「わあ………」
思わず感嘆の声が漏れました。想像していたよりも大きい、というか長いけど、銀色の鱗が月の光を映してとても綺麗です。
『どうだ、驚いただろ』
テレパシー、でしょうか。頭の中に声のようなものが流れてきました。声のようなもの、というのは、その伝わってきた声に音程などが付いていないのです。無音の言葉。不思議だ……。
『もたもたしていても始まらない。行くぞ』
「は、はい……」
うっはあ、緊張する~……。
私はシグくんの硬い鱗に手を付きました。あ、思ってたよりあったかくてスベスベ。滑り落ちたりしないかな? ちょっと不安。
『さっさとしろ』
「あっごめん」
そうだった、今から城を抜け出すってとこだった。急がなきゃこの巨体は目立つ。巨体というかただ長いだけなんだけど絶対目立つ。
私は苦労しながらシグくんの背中に乗りました。そんなに高い訳じゃなかったんだけど、こんなの私めったに経験してないんだからね。仕方がなかったんだよ。
私がちゃんと乗ったのを確認するやいなや、シグくんはすぐに浮かび上がりました。すごいよ! なんかこんだけの翼だし動かしたらけっこう風とかおこるんだろうな~と思ってたんですが、全然そんなのおこらないんです! 無音無風! ちょっと感動しました!!
「わああっ……!」
ドラゴンに乗るなんて、たぶん風とか寒さとかでツライんだろうなという現実的な想像は打ち砕かれました。快適です。すごく快適です。そよ風が良い感じ。
気がつけば、遥か下にお城の屋根らしきものがありました。うっわー、お城広い! 上からでもわかる広さ! よっぽど裕福な国なんでしょうね~。
『リコ、目的地はどこだ?』
「あ、えっと、……エル? エルなんとかってとこの図書館なんだけど……」
『エルフェウムだな。少し距離があるし、今日は疲れただろ? しばらく寝ておけ』
「ううん。しばらく見てたい」
『好きにしろ。ゆっくり飛んでやるけど、この時間何も見えないぞ』
「けっこう見えるから大丈夫。ありがとう」
言ってくれた通り、ゆっくりとした速度で進み始めました。遠い地面がゆっくりと過ぎていきます。城の城下町は夜中のためか人通りもなく沈黙しています。たまにちらほらと光が見えるくらい。でも、現代日本とは明らかに異なる建物や雰囲気は見てて飽きません。映画でみるような中世風の屋根が連なっています。しばらくすると平原らしき開けた場所が続きます。これも、日本なんかじゃ絶対見れない風景。たまにちらほらと何かが動いてるのは、モンスターか何かかな? 会いたくないね……。
続いて、地面を見下ろすのをやめて正面を向いてみました。シグくんの長い首の先についた細い頭と、地平線が見えます。地球……じゃなかった。星の丸みが見えます。夜空はよく晴れていて、月は……3つある!? それぞれ欠け具合のちがう、白い月と黄色い月と緑色の月……。
「ねえ、月が3つ出てる」
『おまえがいたとこにはなかったのか?』
「うん、なかった」
『そうなのか。白い月がリスティア、黄色い月がネスティア、緑の月がアスティアと呼ばれている。それぞれ女神の名前なんだ。リスティアは生命、ネスティアは繁栄、アスティアは豊穣。それぞれに教団がある。神々の頂点に立つのがルネオリーク。月の三姉妹は彼から生まれたとされているんだ』
わ~、ファンタジ~……。嫌いじゃないぜ。
「すごいね。ほんとにいるの?」
『ああ。少なくとも我らはそう考えている。神力の存在もあるし、何よりグロリスはルネオリーク様に会ったらしい』
「おお……。だ、だったらさ、怒ったり、されないかな……」
『怒る?』
「いや、だってさ、ほら、グロリスは……」
『ああ。大丈夫だろう』
「え?」
『かなりちゃらんぽらんな方らしいから』
「へ……」
へ、へえ……。神様も、いろいろとあるみたいですね~。あと、ますますグロリスがすごい人だったんだなーと感じましたとさ。
ん? 月と言えば、たしか魔王探しの期限を設けられていたような。
ええと、たしか三ヶ月だったよね。こっちに来てラメントくんに会ってから、えーと……そう、たしか四日経ってるはず。
「ねえ、この世界で一ヶ月ってどのくらい?」
『そうだな。三十日くらいだ。……期限でもつけられていたのか?』
「うん。三ヶ月」
『そうか』
ひょっとしてと思って聞いてみましたが、そんなに時間の概念とかは変わらないみたいですね。うーん、そう考えるとけっこう時間はある気がしてきた。三ヶ月って、なんか微妙な長さじゃない? ラメントくんけっこう譲歩してくれてるのかな。
『三ヶ月後……。ラスティアが昇る月か……』
「ラスティア?」
『魔の月と呼ばれる赤い月が昇る月だ』
「わー、なんか物騒な感じがする」
『人間はその月の間、外に出ることはしない。魔物の力が強まるからな』
ますますファンタジー。
『しかし、我はラスティアも嫌いではない。綺麗だぞ』
「へえ、赤い月、か~……。ラスティアも女神様の名前でしょ? なんの女神様?」
『魔を司る女神だ』
「なんか、人間に怖がられそうだね」
『ああ』
頑張れ、女神様。めげるな女神様。
それはそうと、そろそろ疲れて来ましたね。私はシグくんの背中に寝転がりました。星がゆっくりと過ぎ去っていきます。わあ……やっぱり地球にいた時より星の数が多いです。綺麗……。
『疲れたか』
「うん。もう寝るね」
『ああ』
私はそれからしばらく星空を見上げていましたが、規則正しく上下に揺れるシグくんの上でだんだんと心地の良い眠りに引き込まれていきました。
頭上には数多の星と三つの月。
この世界の本当にいるらしい神様方、どうかグロリスを死なせないであげてください。
グロリスはきっと今までたくさんいいことをしてたんだと思います。
いけないことをしたと責めないであげてください。
彼は一生懸命だったんです。
だから、無事にラメントくんとグロリスを見つけ出せますように。
なんとなく、眠る前にそんなことをお祈りしていました。
神様が本当にいるだなんて実感とかないけど、いるなら活用したいじゃないですか。
さて。
おやすみなさい。