その五
グロリス=リコ=エンベルハイム。その名は、今はこの身体に不在であるグロリスに与えられた名前です。この世界のこの国では平民は姓を持たないそうで、これでグロリスは平民からランクアップして貴族様たちの仲間入りをしたわけですね。エンベルハイムだなんて、なかなかかっこいい名前じゃないですか。なんか昔の偉人の名前から取ったらしいですよ。疲れててあまり聞いてなかったのでよくわかりませんが。間に挟まってるリコってやつは、グロリスの幼名です。この国では十五歳で成人すると、生まれた時に付けられた名前を変えるんだとか。成人後の名前・幼名・国から与えられた家名、というのが貴族の名の型なんですって。え? どうしてグロリスのことを何も知らない私にグロリスの幼名がわかったかって? そりゃーもちろん適当に言ったに決まってるじゃないですか。だってグロリスが住んでたとこの人たちは皆死んでしまっているんです。きっと大丈夫なはず……! と信じたい……。
さて、名前の説明はこれくらいにして、回想に戻りましょうかね。
私たちはテレポートで王都にパッと移動してきました。すぐ目の前には空っぽの豪華な椅子が。どうやら王座みたいですね。まだ朝早いからいないみたいです。異変を察してガチャガチャとゴツイ鎧を鳴らしながらやって来た衛兵たちに、貴族のアミアリスが慣れたように事の経緯と国王への謁見の予約をしてくれました。アミアのおかげで何もしなくて良かった私は、ホッとしてアミアを「すごい」と褒めました。すごく喜んでくれましたよ。これでも上級貴族の端くれですって誇らしげでした。なんか顔真っ赤にして照れてて微笑ましくなりましたよ。……アミア、家宝を強奪し家出した身なんですけどね。まあ魔王討伐の一員なのでその辺はなんとかなるでしょう。正確には討伐しきってないですけど。
なんかこの時王様たちは起床の時間だったらしく、身支度と朝食の時間を取るとの事で二時間ほど応接室で待たされました。二時間だよ、二時間。どんだけ時間かけるんだよと思いましたが、アミアが言うには早くて驚いたそうです。なんか勇者一行が帰ってきた事はどんな公務よりも重要なことだとかで、特別にあらかじめ決まっていたスケジュールに割り込ませてくれたとか。今日はなんとかって国の使節団も来てたんですって。それを考慮し感謝しろ的な事を大臣らしき人が言ってましたが、私は取り合えず朝食は外せないという王族に感心しておきました。現代日本なら朝食なんか後回しになるよ!! たぶんだけど!
「なあ、これから皆はどうするんだ?」
待ってる間、私はふと思って聞いてみました。話によると、褒美としてそれぞれに大金とそれ相応の地位を与えてくれるそうです。国の役職についたりですかね。私はこれから一人で魔族の残党の討伐を名目に各地を回り、ラメントとグロリスを捜す予定です。まだ誰にも言ってませんけどね。それに、皆のことも知りません。鉢合わせになるのも面倒ですし、聞いてて損はないと思ったのです。そして何より、暇でした。
「俺は特にやることもないから魔族狩りをしたい。軍に入れと言われれば入るかもしれないが、人を斬るより魔族を斬る方が性に合う」
フロストさん、怖いです。
「……まだ恨みは晴れない、か?」
「まあな」
私の言葉に、フロストは冷たい笑みを浮かべながら首を竦めました。こ……怖ぇ……。カーティルは少し複雑そうに寂しげな表情を一瞬だけ浮かべました。そりゃそうでしょう。彼女には魔族の血が流れていますからね。
「……わしは、魔族と人間のハーフの地位向上の為に動いていくつもりじゃ。旅の途中、散々見てきたからな」
私は見てきていないので全くわかりません。でも、みんなの暗い顔と重い空気がどんな状態だったのかを悟らせてくれました。フロストは無表情でカーティルをチラ見すると視線を床に落とします。さっきの発言を申し訳なく思っているのでしょうか。しかし私のオメデタな頭には、フロカーがポンッと出てきていました。いいんじゃないですかフロカー? すれ違う心ですかひゃっふー? とりあえず私よ、日本人らしく空気読め。それにカーティルはグロリスに想いを寄せているんだった。
「私は……私は、国に帰って、教会に、戻ります……。魔族との、戦いの傷は、まだ、色濃く残っています。私たちは、神の名の元に、救済を、施さねばなりません、から……」
ミレイアは涙目でプルプル震えながら私を熱い視線で見てきます。「グロリスさんと一緒に居たい!!」とでも叫んでいるのでしょうか。だがしかし、冷たい私はそれを無視してアミアに視線を移しました。アミアは今にも涙を零してしまいそうなミレイアを見てから目を伏せると、しっかりとした意志を持った瞳で言いました。
「アミアは……そうですね。わたくしは、ちゃんと家に帰って親に謝りますわ。でも、昔のわたくしのように家の言いなりになったりはしませんわよ。貴族の腐った選民思想を叩き斬ります」
あれ、こっちは結婚してくださいとか言うと思ったんだけどな。二人の間には暗黙の了解でもあるのか? 長い旅の間に友情が芽生えたとかそんなのかな? というか、私の予想では女性陣からははっきりと「連れてって」とか「一緒に行こう」とか言われると思ってたんだけどな……。予想、外れちゃった? ちょっと寂しかったりする。
「オレは……まだわかんないや。どうせなら、みんなとずっと一緒にいたいけど」
「…………」
シグとネリアは困ったような顔で言いました。私はシグたんの今の台詞を携帯に録音したいなと思っていました。ホントにシグたんかわゆす。
「良いではないか。子供の可能性に限りはないからのう」
可能性、か。そういえば、私はたしか死んだはずです。お母さんたち、どうしてるのかな……。
「グロリス様は、どうするのですか?」
「俺? 俺は……」
魔王を捜しに行くと言おうとしたところで、王様たちの準備ができたとの知らせがやってきました。
*****
「勇者さまあああああ!!」
「ぎゃふぅ!?」
謁見の間に入ったとたん、私は何者かにタックルをされました。
「勇者様!! よくぞご無事で戻られました!! とっても嬉しゅうございます!!」
そう、彼女こそ冒頭の勘違い女。忘れたでしょうからもう一度紹介しましょう。このクランべリウム王国の王女、アマリリス=フィナ=クランベリウムです。この人に比べれば、アミアの相思相愛なんたらなんてかわいらしいもんですよ。
「はっ!! やだ、私ったら……。申し訳ありません、勇者様。つい……」
アミア達がすごい目で睨んでいるんですが、余裕でスルーしてますね。まあ、なんか王女様とかめんどくさそうだし、ガン無視するつもりですが。
王女はすぐに離れてスッと背筋を伸ばすと、これぞ王族の鑑とも言うべき雰囲気を醸しながら王の隣の席に座りました。微笑ましげな表情の王様は、王女に軽く頷いて私たちに向き直ります。
「よくぞ戻られた、勇者よ。さっそく報告せよ」
少し間が空きました。皆が私……グロリスの言葉を待っていたのです。しかしながら、私はグロリスではありませんし旅の内容のようなくわしい話まではっきりとはわかりません。ここで出任せ言って仲間に怪しまれたら嫌じゃん? 私はアミアにそっと目配せしました。白の中に入ってから、貴族のアミアにそこらへんの信頼を寄せている私です。アミアは視線に気付いてくれたのか、王様たちに恭しくお辞儀をすると話し始めました。
ん……あれ? 一瞬悲しそうな表情をされた気がしないこともないけど……?
「わたくしたちはまず、ディグリス山のミレーン湖に魔界への入り口を発見いたしました」
アミアがすらすらとそれまでの経緯らしきものを話してくれました。なるほどなるほど? まず魔族たちが集まっているところを一つずつ潰していき、総隊長なる者から魔界への入り口のことを聞き出したんだとか。魔界は岩と砂だらけの荒廃とした世界で、空が赤いんですって。まさに魔界ですね。で、入ってすぐに魔王城が見えたので、ずんずんと攻略していき魔王の元にたどり着きました。そこに構えていた魔王と数日間(!)戦い、仲間たちが気を失っている間に勇者グロリスは魔王を倒しましたとさ……。
「……こうして、グロリス様は魔王を見事倒しました。わたくしからは以上です」
うん? あ、あれ?
「…………」
アミアを見ましたが、そのまま王様たちを見ているだけで私を見向きもしません。他のみんなからも異様な空気を感じます。私は背中に嫌な汗が伝うのを感じました。なんで? どうして魔王はまだ死んでないって言わないの? いや、別にこれでいいんだけどさ、なんか、空気が違うんだよ。そういえば、なんか今朝から違ったような気がしてきた……。
「なるほど。ふむ、それでは、もう我が民たちが魔族の恐怖に怯える必要はなくなったという訳じゃな」
「畏れながら。魔族は未だに多く生息しています。それら全ての対処をするまでは問題が無くなったとは言い切れません。そこで、提案があります」
フロストが改まって言いました。
「私たちに魔族討伐の命をお下しください。我々の力を持ってすれば、そこらの一般兵を使うよりもより効率的に事が進むでしょう」
「えっ」
「フロスト、貴様……」
私は思わず声を漏らしました。カーティルも呆れ顔です。だってそうでしょ!? 我々って、私とかシグとか、このパーティのこと言ってるんでしょ!? みんなそれぞれ道を決めてたっぽいのに、何を言い出すんだね君はああ!! それじゃあ単独行動できないでしょう!!?
「……それもそうじゃな。では、引き続き頼むぞ」
OK出しちゃうんかい!!
「さて、この話はこれくらいにして」
それから私たちはこれから貰い受ける勲章やら称号やら階級やらの話と、表彰式とかパーティーとかの打ち合わせをしました。これがまた長かった。王様、絶対お祭り大好きだよ。キラキラしてたもん。
そうして、私たちはそれから数日間王様とかに連れまわされたのでしたっと。