その二
さて、回を跨ぎましたが、回想はまだまだ続くのです。
少年に取り込まれて、確実に死んだと思った私ですが、目が覚めました。
目の前には、四人の美女と一人の青年、一人の男の子がいます。皆さんが歓声をあげました。口々に何か言い、女性陣は私を取り合って抱きしめました。巨乳ちゃんの時は窒息死しそうでした。
そんなことより……身体が、動かない。なんか、ふわふわする。女性陣の苦しい抱擁のせいだけじゃなくて、本当に、キツイのです。
「やめろよっ!!」
苦しむ私を助けてくれたのは、男の子でした。声変わり前の高い声で怒鳴り、女たちを払いのて私の上体を抱きます。
「わかんないのか!? グロリス兄ちゃんは重症なんだよっ!!」
は? 誰それ。私は莉子ですが? それに、女なので兄ちゃんにはなりませんよ。男に間違えられたことすらないからね?
「そうでしたわね……申し訳ありませんわ」
「傷は治しましたが、まだ安心できません。一刻も早くどこかで休むべきです」
「うむ。ミレイア、他の者の治療も頼む」
「もちろんです」
素直に謝った黒いゴスロリの巨乳ちゃんが素直に謝り、私の状態を冷静に判断した僧侶姿の巨乳眼鏡っ子が妖艶な真っ赤な美女に言われて頷きました。もう一人、銀髪おかっぱの少女は無言で心配そうに眼を潤ませて私の手を握ります。みんな、ボロボロです。
「シグ、背負えるか」
剣士らしき青年が男の子に聞きます。というか、男の子……シグはどう見ても10歳前後にしか見えません。それなのに、この人はなぜそんな冗談を言うのだろうかと思いました。
「できるよ」
「無理はしないでくださいね。あなたも、軽症だったわけではないのですから」
「子ども扱いかよ。今更じゃん。へーきへーき!」
シグはミレイアに笑いかけました。きっと屈託の無い笑顔を浮かべているのでしょう。シグの顔をはっきり見たわけでもないのに、はっきりとその顔が見えました。茶色い髪の、そばかす顔のかわいらしい少年でした。
私は何か声をかけようとしましたが、疲労のせいかまったく声が出てきませんでした。男の子の小さな背中に背負われたころには、意識が半分飛んでいました。
「急ぐぞ」
「はい」
「ええ」
私を見た剣士さんたちは心配そうに、あせったように言い、動き出すことには、意識を手放してしまいました。
そして私は出会いました。勇者ことグロなんとか。……グロリス、という少年に。
*****
黒い世界で、グロリスは私の前に降り立ちました。鎧もマントも身に着けていない、いたってシンプルないでたちです。
どこまでも悲しげな顔の少年に、私は言葉をぶつけました。
「私に、何をしたの……?」
自分の声には、戸惑いと恐怖の色が色濃く混ざっていました。
少年は少し目を伏せました。
「俺は、君に……俺が助かるために、君の魂を使わせてもらった」
「……え?」
全く、意味がわかりませんでした。
「まず、俺の話をしよう」
グロリスは、語り始めました。
彼の世界は“魔王”という存在に侵され、危機に瀕していたこと。彼の家族を殺され、故郷を壊され、彼は魔王に復讐を決意し、国をまわって強くなる間に世界の悲惨な現状を目の当たりにし、さらに魔王討伐の決意を固め、仲間を増やしていったこと。そして、ついに魔王のもとへたどり着き、魔王を瀕死に至らしめたが、止めを刺すことができなかったこと。瀕死状態に陥りながらも力不足のために魔王に止めを刺すことができなかったグロリスは、自分の身体と力を回復さするために、禁忌に手を出してしまった。
その禁忌の術というのが、“天界”という、いわゆる死後の世界へ向かっている魂の中から使用者の魂と近いものを引き寄せ、その魂を取り込むことで自らの力を治癒し増幅させる技なのだそうです。
そう。その“使用者の魂と近いもの”だったのが、私だったのです。
そして再度立ち上がった少年は、苦戦したものの魔王を追い込みました。それでも、魔王の力は強大で、魔王は、少年を弱らせるために一度融合した私とグロリスの魂を無理やり引き剥がそうとしたそうです。そして少年の魂を永遠の苦しみの中に封印しようとした……。それでもなお少年は抵抗し、弱りきってしまった魔王を最後の力を振り絞って封印しました。
結果を言うと、魔王は封印されました。魔王の脅威は、過ぎ去ったのです。でも、少年は……グロリスと、私は、魂の形を歪めてしまいました。
つまり、魔王の無理な力技によって分かたれた私たちは不完全な状態なのです。グロリスは、魔王に魂の半分を封じ込められました。残った半分の半分を、魔王を封じ込めるのに使い、消してしまいました。私は、無傷ではないものの、磨り減った状態の魂をグロリスという他人の身体に閉じ込められました。その磨り減った部分に、グロリスの魂が入り込んでいるのです。
「君には、本当に申し訳ないことをしてしまった」
グロリスは、まるで私をその手で殺したとでも言うように自分自身を責めました。うん、まあ、でも、
私はどうせ死んじゃってるんだから一緒だろうに。
「つまり、グロリスさん? は、世界を守るために、思わずやってしまった、んですよね? だったら、仕方が無いんじゃないですか? そもそも、私は要するに、二度目の人生を与えられたってことでしょう? 全然平気ですって! だから、そんなに謝らないでください。逆に困ります……」
「どうして……転生、できないんだぞ? 知らない人間の知らない身体に放り込まれて、知らない世界に放り出されて、知らない人間関係の中に放り込まれるんだぞ?」
「え…………はい?」
「俺は、もう身体を制御できるほどの魂の力を持ってないんだ。俺……グロリスの身体に入っている魂の割合は君のほうが多い。これから“グロリス”という“男”として生きていくんだよ。言っとくけど、俺をとりまく人間関係は単純かつ複雑だ。君はたぶん、ついていけない」
「へ……?」
「そしてたぶん、命を狙われた時、君じゃ俺の身体を制御することは不可能だ」
「え……?」
グロリスはそこまで言うと、疲れたかのように深く息を吐き出しました。顔色もすぐれません。ひょっとしたら、魔王との戦いが響いているのかもしれません。
「……君は、平気か?」
「え?」
「今の身体に拒否反応は出ないか?」
今の身体……つまり、グロリスの身体ですよね。拒否反応、といわれても……これといった何かは感じません。
「大丈夫です」
「そうか。なら、よかった」
気遣わしげな顔をフッと緩めたかと思うと、少年はまたすぐ顔を曇らせて言いました。
「君に、頼みたいことがある」
「なんですか?」
彼は悩みながら言いました。
「俺は、君を、転生のサイクルの中に還したい」
「転生の、サイクル?」
「万物の生命は、地上に生を受け、死ぬと、その魂を一度“天界”へ還して浄化し、また地上に転生する。これのことだ。君が俺の術に反応し、死んだはずなのに今ここにいるのが、それが真実であるという証拠だ」
「はあ……」
「魂というものは、その摂理にしたがって在るものだ。これに背いている俺たちに、“世界”が黙っているはずはないんだ。何がおこるかわからない。そんな危険な状態に、俺は身勝手な事情で見ず知らずの君を巻き込んでしまった」
「そんな! それは仕方の無いことですって!」
「いいや、君は平和な世界から来たんだろ?見えたぞ、記憶。なのに、俺は、君に殺傷を強いてしまうかもしれない……」
「えっ……」
少年の言葉にはたしかな、暗い重みがありました。
少年は、グロリスは、私に深々と頭を下げました。
「俺が、君がこっちで“グロリス”として生きていくために全力で補佐する。でも、それだけじゃ不十分だ。歪み、ボロボロになってしまった魂を元に戻し、転生のサイクルに還すために、力を貸してほしい」
私には、彼の頼みを受け入れる以外に選択肢はありませんでした。だから、私は二つ返事で彼に頷きました。
「………はい。よろしくお願いします」
でも私は、それが大変な道になると、きちんと理解していなかったのです……。