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その十


 私の目の前に広がったその街は、今更ながらファンタジーアニメに出てくるものとそっくりそのままのものでした。地球で言う中世あたりの建物たちでしょうか、木造と煉瓦の建物たちからはとてもあたたかみと生活感が感じられます。門を超えてすぐに続く大通りには人が程よい具合に流れていて、商人の呼声が響いています。私が住んでいたところの近くの商店街とは活気の差が凄いです。


「おい、あんまりキョロキョロしてはぐれるなよ」

「わかってますって」


 先を歩いていたシグさんが苦笑しながら振り返ります。まったく。私だって子供じゃないんだから迷子になるほどバカなことはしないっての。


「ところで、さっそく図書館に行くんですか?」

「そのつもりだ。どこか寄りたい場所でもあるのか?」

「あ、いえ、そういうわけじゃないですけど。はやく行きましょうか」


 今の私の最重要任務は図書館へ行ってグロリスに言われたとおり問題の解決を手助けしてくれる人を見つけること。たしか図書館に秘密の扉があって、その向こうにいるんだったよね。秘密の扉って……いったいどんな人が待ってるんだろう?

 と、そんな真面目なことを考えていると、私のお腹から情けない音がしました。再び前を向いていたシグさんがこっちを振り向きます。そのキョトンとした顔に羞恥心がムクムクと込み上げて来ました。は、恥ずかしい……!


「腹へったのか?」

「ううう……ちょ、ちょっとだけ……」


 そういえば今日はまだ何も食べていませんでしたね。って、今思えばまともな食事をしてない気がします。お城にいた時のことだって、緊張やら混乱やらでそこら辺の記憶はぶっ飛んでますよ。ええと、あの時は何を食べたんだっけ? たしかすっごく脂っこいものを出された気がする。あ、フォアグラ?

 シグさんはプッと吹き出すと、腰に手を当てて仕方なさそうに言いました。


「仕方ない。朝飯にするか」

「あはは、ありがとうございます」


 はあ。この身体の本当の持ち主はろくなご飯も与えられてないかもしれないのに、なんて緊張感のない……。申し訳ないです。


「そこらへんの屋台で買うか。何が食べたい?」


 今はちょうど朝市が開かれている時間帯です。そういえば、いい匂いがプンプンしてますね。あああ、ますますお腹の虫がうるさくなりそうです。静まれ我が腹の虫よ。

 さてさて、屋台には何が並んでいるのかな? ワクワクと屋台を見て回ると、ふかした果物っぽいものや美味しそうなパン、肉や魚の串焼きによくわからないものまで本当にいろいろ並んでいます。

 うわあ、どうしようかなぁ、迷うなぁ……。

 一人で食べ物を物色して歩き出した私にシグさんがしっかりと付いてきてくれます。そういえばお金とか大丈夫なのかな?


「あの、いくらまで大丈夫ですか?」


 ちょっと気になって聞いてみると、シグさんはただ苦笑してから言いました。


「おまえなあ、俺がそんなにケチに見えるか? たっかい装飾品を欲しがられるのならともかく、ココは単なる屋台だ。そんなに高いものは置いてねえよ。気にするな」


 うっひょーシグさん太っ腹ー! なんか屋台ってちょっとだけ高いイメージがあるんだよね。いや、そんなべらぼうに高いとかじゃなくて、地味に高いんじゃね的なイメージ。

 でも、そうですよね。旅するぞ! って人が屋台で食べ物一つすら買えないような寂しすぎる財布を持ってるわけないですよね。ずっと旅してたら別でしょうが、まだ出発したばっかりなんですから。

 私は安心して屋台に目を戻しました。さーて、幸運にも私に(性格にはシグさんに)買ってもらえる美味しい食べ物はいったいどれかなー? 

 ……はっ!!


「わああっ!! シグさん、コレがいいです!!」


 うおおおおおお!! 香ばしい香り!! 昇り立つ白い湯気!! キツネ色のボディー!! 想像だけで涎があふれるソレを、私は見つけてしまったああああああ!!! 


「おお、ひょっとしてあんたコレを知ってるのかい?」

「知ってるも何も大好物です!!」

「なんだ、コレは? 俺は知らないぞ……」

「知らない!?」


 なん……だと……。まさか、コレを知らないだなんて、あんた人生損してるよ!!


「コレは、揚げパンですね!」

「ご名答!」

「やったー!!」


 やばい、やばい、揚げパンキタコレ。

 そうです、私は見てしまったのです。この屋台のおじさんがパンを黄金の油にサッと入れる瞬間を。


「懐かしいな~。子供の頃はよく食べてたんだけど、最近は全然食べてなくて」

「ほーう。考えついたのは俺が一番最初かと思ってたんだがな~。あんたひょっとして金持ちの坊ちゃんかい? 油は高いから、揚げ物なんか一般庶民にしょっちゅうできるもんじゃねえだろ」

「へ?」


 え? ぼっちゃん? 


「ああ。王都へ向かう途中でな」

「そうかい。もう少し待っててくんな。すぐ揚げ上がるから」


 あ、やっば。揚げパンの登場ですっかりここが異世界で自分が男だって忘れてた。シグさんから少し圧力を感じます。圧力というか、呆れのようなものですが。今回はシグさんがフォローしてくれましたが、いつどこでボロが出るのやら。今朝グロリスのようにとかなんとかと決心したことはどこへ行ってしまったんでしょう。ちょっと反省。

 それから少し世間話をしている間に揚げパンは揚げ上がり、できたてホヤホヤの揚げパンを私は手に入れることができたのです。


「はいどうぞ。二つで千ゲルトね」

「ありがとうございます!!」

「それなりにするんだな」

「すまんね。揚げ物だからさ」


 おじさんは私とシグさんに紙に包んだ揚げパンを渡しながらニコニコとそんなことを言いました。

 そっか。油って高いらしいね。そしてお金の単位は『ゲルト』っと。頭の中にメモっときましょう。


「儲かるのか?」

「まあそこそこ。ギリギリ赤字にならない程度だな。庶民のちょっとした贅沢になってくれりゃいいんだ。ここも、魔族どもに結構な迷惑かけられたからなぁ。こういう上手いもんがあったっていいだろ?」


 そう言うおじさんは笑っていましたが、どこか哀愁がただよっています。

 この世界の事情はまだ良く理解できていないのですが、ラメントくんの部下さん達が悪行を働いたことは見受けられました。ラメントくんは可愛くてかっこよくて怖いショタだけど、やっぱり恐ろしいイメージのある魔族とやらの頂点に立つ存在です。あんまり不謹慎に萌え~とか思っちゃダメですね。努力します。

 さて、熱々のうちに揚げパンちゃんを食べちゃいましょうか。


「はふ……はふっ、はふっ!?」


 あ、熱いっ!! 死ぬっ!!

 揚げパンは想像したよりも熱かったです。はい。あんまり騒ぐと変な目で見られそうだったので密かに熱さに苦しんでいると、シグさんが見かねたように水筒を差し出してくれました。その残念なものを見るような目で見るのやめてくれたら嬉しいんですけどね。

 今度はちゃんとふーふーしてから揚げパンにかぶりつきますよ。

 サクッ。ああ、いい音。そして、お口に広がるあま~いハーモニー……。


「おじさん、コレ、何か入ってるんですか!?」

「ああ。木苺のジャムが入ってる。どうだ、うまいだろ」

「はい……!」


 ああ、どうしよう。美味しすぎて泣きそう。

 熱さに苦労しながら必死で揚げパンを味わう私の耳に、シグさんたちの会話が入ってきます。


「おたくの坊ちゃん、あんまり気取ってなくていい子だね~」

「ああ、まあそうだな。残念な部分さえ見なけりゃだが……」


 あっという間に揚げパンを食べ終えた私に、シグさんは呆れ顔で自分の揚げパンを二つに割って分けてくれるのでした。 

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