その一
地面が揺れるほどの歓声。
ヒラヒラと舞い散る色とりどりの紙吹雪。
ああ!! なんたる悪夢!! なんたる悲劇!!
「クランベリウム国王、ブレオハルト=イル=ファルタス=クランベリウムの名において、グロリス=リコ=エンベルハイムに祝福を与える!! グルト暦6年、ここに、勇者誕生を宣言するっ!!!」
うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
歓声で空気がビリビリします。
あああああ、耳が痛いからやめよう? そういうのやめよう?
だれだよそのグロリアなんたらって。聖歌でも歌いだすの? あ、グロリスっつったっけ? 知るかよんな名前。何、勇者って。何、この鎧やらマントやら。コスプレですか? うわ、いった~。
私は知っています。今勇者だなんだ褒め称えられて顔を引きつらせてひくひくしている(必死にキリッとして見えるように頑張っているのです)少年……いや、少女の名を知っています。
少女の名は、藤村莉子。どこにでもいる普通の可憐な女子高生でした。
でした、というのは……悲しいことに、彼女はもう可憐な普通の女子高生ではないのです。そう、たぶん、きっと想像がついているでしょうが……私です。藤村莉子は私です。そして、残念ながら顔が痙攣しかけている勇者も、私です。勇者の性別は男ですが、私は女です。男でありながら、女なのです。
「勇者様、どうかされましたか?」
私の隣に立つ美のつく少女は、この国の王女様です。その名も、アマリリス=フィナ=クランベリウム。
海色の大きな瞳を民衆に向けたまま、やわらかそうな、少し癖のある金色の長髪をかすかに揺らして私に心配そうに問います。
「いいえ、大丈夫です。ただ、はやく終わればな、と……」
「まあ……」
王女は民衆の前で頬を赤らめて胸に手をあててうっとりと私を見つめました。
いやいや……私が一体何を言った?
こんの勘違い女め、私をそんな目で見るな! うんざりだあっ!!
そう、私はこの女に、好意を寄せられているのです。恋愛感情を寄せられているのです。この女だけじゃない……複数の女にです。
しかし残念ながら、私は女です。女なんです。男だけど、女です。
女なんだよおおおお!! 勇者なんかやれるカンジじゃないんだよおおおおお!!
どうしてこんなことになったのか…………話はほんの数日前にさかのぼります……。
*****
「ふんふんふん♪ヅラがとぶ~♪なんちって~」
可憐な女子高生(笑)の私は、ふとしたことからテンションがお亡くなりになられていました。
ふとしたこと、というのは、なんでもありません。ただふと見た先のお花が大変綺麗で、そこにモンシロチョウがひらひらとかわいらしく舞い降りたのです。それに感動した私は、その次に目に入ったのがヅラだろうなと一瞬でわかるような頭をした中年のおじさんだったのに、かわいいと思ってしまうほどに、どうしようもなくテンションがあがってしまったのです。友人たちはそういう状態の私を、いつも苦笑いをして残念そうに見ます。かまうもんかそんなもの。
もともと、その日はとても幸運に恵まれた日でした。まるで幸運の女神様が私のほっぺたにキスを落としたかのような、幸運の続く日でした。雨だったのに急に晴れて虹が見えるわ、宿題をやっていかなかったのに、その宿題の教科の先生がお休みでセーフになったり、前々からかっこいいと思っていた男子と友達になれちゃったり、学食のおばちゃんにおまけをもらえたり、少し人助けをしたら1000円ももらっちゃったりetc
……幸運続きだったから、助けられると思ったんですよ。この、テンションが吹っ切れるほどあがってしまっている状態の私は、普段は絶対にしないようなことでも勢いでやっちゃったりしちゃうんですよ。
私の目の前で、男の子がサッカーボールを追いかけて飛び出して来ました。その先にはスピードを出しすぎている車が……。なんとベタな事故のシーンでしょう。私は一瞬ためらいましたが、次の瞬間には大丈夫だと根拠の無い自信をもって飛び出していました。今日の私はついている。だから、きっと無事に生きて助けられる、と。
しかし、結果がこれです。男の子を突き飛ばした瞬間、全身を信じられないような激痛が走りました。あまりの激痛に驚いて、たぶん気絶したんでしょう。その先の記憶が無いのです。
そして目が覚めたのは、白い部屋でした。
私の目の前に、少年が倒れていました。とても綺麗な顔をした、イケメン種の少年でした。今日友達になれた人と少し似ています。年は私と同じころでしょうか、その人はボロボロの鎧とマントを着て倒れていました。
「だ、大丈夫ですか!?」
私は駆け寄って声をかけましたが、起こそうとおもって肩を少し触れただけで痛そうに呻いて顔を歪めました。
胸のあたりがキュッってなります。その感覚はとても苦しかったです。
「だ、れ……」
誰? と聞いているのでしょうか。戸惑ったように私を見上げます。
「あ、わ、私は、藤村莉子です。しゃべらないで……」
テレビとかでは、こういう場面では必ず重傷者にしゃべるなと言っていましたから、言ってみました。
けど彼は黙らずにいいました。
「リコ……」
「はい、莉子です」
さあ、どうしよう……。私の頭の中はパニックでいっぱいでした。パニックパニックです。パニックさんたちが踊り狂っています。
「女、だな……」
「はい……ごめんなさい……」
あまりに悲しそうに、彼は言いました。悲しそうで悲しそうで、罪悪感で溢れた彼の瞳に、思わず謝ってしまいました。
突然、というほどでもありませんが、彼はいきなり動き出しました。動かないほうがいいと抑えようとする私の手首をつかみ、私にもたれかかるようにして上体を起こします。苦しそうな顔と息遣いに、どうしようもなく苦しくなってしまいました。
「リ、コ……すま、ない」
「え……っ!!」
少年は私に抱きつきました。そして、熱いような、痛いような、普段感じることの無い痛みが私を襲いました。
「い……いやああああああああっ!?」
私はこれまで一度もあげたことがないような声で絶叫しました。痛みは、言うほど痛くありません。痛いけど、絶叫するほどのものじゃないのです。
それなのに私が絶叫したのは、単純に、恐怖からです。
少年は、さわやかながらも力強さも感じられる、とてもかっこいい顔をしていました。体格も、見た目のわりに意外とがっしりしています。普通の女子なら顔を赤らめて喜ぶような、そんなイケメンでした。
それなのに私が恐怖するのは、私が、彼の身体の中に、文字通り入っていくからです。私の身体が、少年の身体の中に吸い込まれていきます。
「いやっ!! いやああああああっ!! 放してええええええええ!!!!」
「ごめんっ……ごめんなあっ……」
リアルな、自分の存在が消えていく感覚が怖くて受け入れがたくて、狂ったように叫びます。彼の搾り出すような謝罪の言葉は私の耳には届きませんし、彼の浮かべている涙も見えません。必死で逃げようとしても少年は放してくれませんし、吸収は止まりません。
「あああああっ!! ああああああああああああっ!!!!」
この時の私は、それはそれはひどい形相をしていたでしょう。叫んで、暴れ、手負いだった少年のあちこちを殴ります。
でも、少年は私という存在を糧にして己の身を回復させていました。
「ごめん……」
限りなく悲しそうな声と瞳で、少年が言います。
私は、見開いた目で少年の苦しげな顔を見ながら、少年の中に溶けました―――