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謁見

 シオンの生まれ故郷は、地図にもない、どの国の領土でもない、小さな村だった。村人は全員、闘神・ゼグラナドを信仰する神官であり、何かを守って生きていた。それが何かは、シオンは知らない。村の秘密は成人しないと教えてもらえず、半分にもみたない年齢で、謎の大きな黒い魔物に村が焼かれたからだ。

 生き残ったのはたぶん、シオンだけ。祈りの儀式を抜け出し、森の中で遊んでいる間に、村はなくなっていたのだから。

 その後は心優しい夫婦に引き取られ、穏やかに暮らしていた。母はあまり一緒に生活することなく亡くなってしまったが、二人の息子であるカインと父のロイドがいてくれて、悲しかったけれど寂しくはなかった。

 仕事は家族と一緒に、故郷の特産物を売りに出かけていた。そのため、家にはいつかなかった。

 途中でアリシアとその娘のライラが仕事に加わる。ライラが金髪碧眼だったので、顔つきは似ていないのに、よくシオンのほうがアリシアの娘だと間違えられた。

 シオン自身に、もう血のつながりを持つ人間はいない。サイファから妹になるよう持ちかけられた時、本当に最適な人間なのだと絶望してしまった。

 そしてこれから、その絶望が現実になる。王族や貴族の前で、サイファの妹だと公言するのだから。

 シオンは腹を締め付けるコルセットに苦しみながら、謁見の間に入る。

 そこは簡素であったが贅が尽くされた、趣味の良い空間だった。豪奢ではないものの、ある物すべてが最上級。

 商売をしていたシオンは頭の中で値段を弾きだし、目眩がしそうだった。もちろん、表情には出さないが。

 右の玉座には、この国の最高権力者であるティネケ・エイル・フィロディアラン。その横には、配偶者。王位継承権を持つ者は中央の絨毯を挟んで女王側に。七大貴族の当主はその反対側。古い家名から順に並んでいる。いつもならアルストカリア家が上座だが、今回は謁見する側だ。

 シオンは謁見での位置を頭の中で確認しながら、慣れない靴で転ばないように気をつける。

 ゆっくりと歩いていると、視界の端に、見たことのある顔が入りこむ。勢いよく振り返りそうになるが、手を握りしめてそれに耐えた。

 黄色みの強い短い金髪に、深い蒼の瞳。傭兵のような風貌。髪飾りを買った男だった。

 男のいる位置からして、第四王位継承者であるレイヴィーン・エルデスト・フィロディアラン。

 検問を行っていたのはあの時の男だったのか。自分に接触してきたのは偶然ではなかったのか。笑みを浮かべながら話していた裏では、殺すことを考えていたのか。

 シオンの中で、動揺とともに怒りがこみ上げてくる。いい人だと好意を感じていただけに、その衝動は強かった。

 殴りかからなかったのは、カインを守るためにここにいたからだ。ぐっと堪えて最敬礼をとる。


「面を上げよ」


 艶のある響く美声に促され、最敬礼のまま伏していた顔をあげると、絶世といっても足りないほどの美女。

 二人も子供を産み、若いとはいえない年齢でありながら、妖艶なまでの美しさ。ヒューマニア族ではないのではと噂されても仕方がないほどだ。


「その者が、そなたの妹か。名は?」

「シオン、と申します」

「似ていないの」


 サイファは貴族らしく金髪碧眼で白い肌。シオンは白銀の髪に深紅の瞳、陽に焼けた肌。二人を見て兄妹だと思う者はいないだろう。そのくらい、二人は違った。


「母親に似たのでしょう。これの母親は、赤い瞳をしていたというので」

「そなたに異母兄弟は二人いる。そのどちらも父親似だというに、その者だけは母親似なのだな」


 血族間で婚姻を交わすことの多い王族貴族は、ヒューマニア族での交わりなら優性遺伝だ。相手が平民だろうと、子供はほぼ王族貴族の特徴を持って生まれてくる。

 ライラがそうであったように。


「これの母親は、ヒューマニア族ではなかったようですので」

「何!?」


 サイファの言葉に、程度の差はあれ、ほぼ全員に侮蔑か衝撃が走っただろう。選民意識の強いヒューマニア族の貴族は、他種族との交わりを好まない。それなのに、王族に次いで歴史も力もあるアルストカリア家の当主が他種族と子供をもうけ、さらには国宝級のブローチを贈っていたのだから。


「ほう、我の知るどの種族の特徴も見えぬが?」


 女王もシオンを値踏みするように視線を送ってくる。シオン自身が答えろということだろう。


「申し訳ございません、私自身、とても古い一族であったことしか分かりません。物心ついた時には旅をしていて、母も多くは語ろうとしませんでしたので」


「一見すればヒューマニア族でしかないのですが、これには特異な能力があります。お許しいただければ、披露させますが」

「許す」


 間のない許可の言葉にシオンはサイファを見ると、目がやれと言っていた。痛む頭を忘れようと努力し、周りを見渡す。


「……そちらの花瓶を、ここから動かず、足元まで移動させます」


 たとえ自分の手で動かそうとしても、可能とは思えないほど大きな花瓶を指差す。そうしようと思うだけでいいのだ。それだけで、平民が一生遊んで暮らせるほど値の張る花瓶がふわりと浮きあがり、移動してくる。

 疲労のせいで時間はかかったが、自分の足元まで運ぶことに成功する。しかしそのまま絨毯に置くこともできず、もとの場所に戻す。その間、誰一人、言葉を発することはなかった。


「物質を操る力。たとえ魔術を用いたとしても、ヒューマニア族には到底出来ぬ事でしょう」

「ふふふ、そのようだな。だからこそ、その者の母親だけは邸に迎え入れなかったのかもしれぬな」

「それは、父上のみ知ることでしょう。今重きを置くのは、妹がかの道標を持ってきたこと。そして……妹が何者かに命を狙われたことです。コレは、襲った者が所持していた紋章です」


 取り出したのは、聖王家直属の第一軍隊の紋章が入った勲章。精緻なそれを模すには相当の技量が必要であり、なにより偽物を製造しただけで、一族すべてを打ち首にするほどの大罪だ。ここにある勲章を偽物と判断することは難しい。

 そして、この部隊を動かせるのは、女王のみ。

 ざわつきが広がる。

 シオンはこのブローチが何へと誘ってくれるのか知らされてはいないが、女王とはいえそれを我が物にしようとするのは、あってはならないほどものものなのだろう。

 しかし、女王は顔色ひとつ変えなかった。


「確かに、聖王家直属の第一軍隊の紋章のようだな。これは、最近壊滅したと報告を受けた小隊の物かもしれぬ。のう、レイヴィーン」

「そうとしか考えようがないでしょうねぇ。第一部隊には紋章を持つ者を丁重にお連れするようにと厳命していたはずなのですが、先走った隊があったのか。しかし、あいつらを壊滅させた上に無事に生き残るとは、お強いことだ」

「この問題は一小隊が先走った、で済まされることではないでしょう。妹が偶然にも力を所有していたので無事に道標は在るべきところに帰りましたが、そうでなければどうなっていたことか」

「確かに、その通りだろう。これは第一部隊の落ち度だな」


 落ち度ですむものか、先走ったですむものか! 父さんたちを殺した理由が、そんな言葉で片付けられるわけがない!

 シオンは罵り叫びたい衝動が込み上げてきたが、サイファの妹としては耐えるしかない。

 耐えがたい想いを抑え込もうとしていると、高く甘い声が響いた。


「いい加減になさって! そんなことを言い合う前に、するべきことがあるではないのですか! シオン様はお母様を亡くされたのですよ? それも、この方たちには全く関係のない争いで。まずは亡くなった方に黙祷をささげ、シオン様にお詫びするべきです」


 話を遮ったのは、現女王の第二子であり第二王位継承者。心優しく美しいと噂される姫は、平民の中でも人気が高かった。

 確かに、うわさ通りの姫君のようだった。


「そうだな、姫の言う通りだ。我が同胞であった者が愛した女性に、そしてその場にいた者たちに黙祷を」


 自分の娘に酷く甘い王配にうながされ、全員が目を閉じ、黙祷をささげる。形ばかりのそれで気持ちが収まるわけではないが、激昂を諌める時間ができた。

 けれど、絶妙だったとも思う。サイファが咎めようとしていたまさにその時、だったのだから。故意か偶然か。けれども、貴族たちの中にあった動揺は薄れ、その勢いを利用することはできなくなった。


「話を戻しましょう。道標が見つかれば第一部隊を中心に捜索部隊を編成し、王家にて研究する予定ではありました。が、今回のことからすると、それは相応しくないでしょう。もとよりこれはアルストカリア家の秘宝。我が家にお任せいただきたい」

「それは承諾しかねるな。いくらそれがアルストカリア家の開発したものであったとしても、それだけの力を持つことは許されぬ。むしろ、謀反の疑いをかけられてもおかしくないところ」


 女王の言葉は正しいだろう。しかしそれで引き下がれるはずもなく、サイファは食い下がろうとしたが、レイヴィーンの声に遮られる。


「けどまあ、王家の足並みが乱れていることも確かでしょうね? ここは一つ中立案として、聖王家・アルストカリア家が供に捜索・研究。捜索の補助を武人の名門であるファレノプシス家が、研究の補助を魔術に精通するコルジリネ家が行うっていうのがいいのでは? どこか一つの場所が全部行うってのは、不安を広げますから」


 レイヴィーンの提案から、貴族たちは次々と自分の主張をしだす。


「それならば、我がホームミディブル家は研究に適した施設を保有しております。研究の補助は我が家に任命していただきたい」

「我がブーゲンビリア家はアルストカリア家に次いで歴史ある一族。以前の失態を考えましても、王家とともに捜索・研究するのは我が家ほうがよいかと」

「アンセリューム家は潤沢な資産がある! 捜索だろうと研究だろうと、先立つものが必要なはず!」

「いやいや、ハイドロジア家は……」


 結局、初めにレイヴィーンが提案した案に決まるまで、それまでの倍以上時間を有したのだった。


初めのほうに出てきた男の人は王子様!

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