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葛藤

 カインの傷は深かったが、さすがはアルストカリア家の専属治癒術師。次の日にはほとんど治っていた。しかし消耗した体力までは取り戻すことができない。

 食事と着替え以外はほとんどベッドとすごし、カインはシオンとほとんど話すことができなかった。

 しかも姉は今日、王宮に行くらしい。

 朝早くから身支度を整え、もとから美しかった姉がさらに美しくなっていたが、顔色は濃い化粧でも完全に隠せないくらい悪かった。

 事件があってからすぐに聖王都に向かい、その途中でカインの傷を治療し、野宿ではずっと見張り番をしていた。こちらに着いてからも、自分をベッドに寝かせて一人、走り回っていた。そして、アルストカリア家へ行ってからも、何かをしていたみたいで、休んでいない。

 倒れていないほうがおかしいくらいだ。

 いつも姉はそうだった。家族を最優先させて、自分はいつも後回し。頼ってくれなかった。

 いや、違う。頼らないのではなく、頼れないのだ。自分が弱いから。体術は全くかなわないし、商売も自分よりずっと上手かった。学問にいたっては足元にも及ばない。

 昔は、そんな姉が自慢だった。いつも守ってくれるということが、嬉しかった。今はそれが歯がゆい。自慢なのは変わりないが、守られるだけでは嫌なのだ。それなのに、結局は守られてばかり。

 カインの目頭がじわりと熱くなる。その時、ノックが聞こえた。


「は、はい!」


 急いで目をこすり返事をすると、サイファの執事である、ジェダイトが入ってきた。


「失礼致します」


 扉を開ける時も閉める時もお辞儀をする時も、ジェダイトの動作はキレイだった。

 それもそのはずで、ジェダイトは貴族らしいのだ。というより、この屋敷で働いている人間は、全員が貴族らしい。

 そのことに、カインは驚いた。貴族は偉そうで踏ん反り返っていて、人をこき使うものだと思っていたからだ。しかし、大貴族の屋敷では貴族を使うのが当たり前らしいのだ。平民は働くことさえ許されない。

 それなのに、客人として訪れているカインには、まるで階級が逆になったかのように接してくれる。理由を聞くと、自分の仕事に誇りを持っているから、らしい。

 意味はよく分からなかったが、貴族に対して嫌な印象しかなかったカインにとって、ジェダイトの存在は大きく、同時にとても好きになった。


「術を施す時間です」

「体調はどうですか?」


 真っ白の、治癒術師のみが着衣できるという服を着た、初老の男性。この人も貴族だったが、村の優しいおじいさんを思い出させる、穏やかな人だ。


「朝かけてもらってすぐはちょっとだるかったけど、今は平気。傷もほとんど残ってないよ。もう大丈夫だと思うんだけどな」


 上着を脱いで、傷があった腕を見てみる。はじめは肩口から肘下までぱっくりと赤黒く開いていたのが、今はうっすらと桃色になっているだけだ。

 しかし、治癒術師は術をかけ始める。淡く温かい光が腕を包み、気持ちがよかった。


「一般的な治癒術は、患者の体力を使って傷の治癒力を高めます。術の後に気だるさが残るということは、まだ完全ではないのですよ。ですが、さすがお若い。あれほどの傷がもうほとんど完治されているのですから。術も今日の夜までで大丈夫でしょう。どうですか?」

「……うん、朝よりしんどくない」

「そうですか、それは良かった。明日には今まで通りの生活に戻れますよ」

「そっか。あのさ、姉ちゃんのほうは大丈夫?」


 この質問には治癒術師ではなく、ジェダイトが答えてくれた。


「シオン様の症状は怪我ではなく、過労からくるものです。薬師が薬を煎じ、料理人が体に良いものをお作りし、美容師が緊張をほぐしております。今は大丈夫だと申し上げられませんが、本日の謁見が終わりゆっくりと休養されれば、健康状態も戻るはずです」

「今は、辛いんだ」

「申し訳ありません」


 深々と頭を下げられて、カインは焦る。


「ちがっ、ジェダイトは悪くないよ! 悪いのは、俺だ。姉ちゃんにばっかり、無理させてる」


 また、目頭が熱くなる。泣くわけにはいかないので、ぐっと堪えて、うるんだ目を見られないように俯いた。


「それは違いますよ。大切な人のために頑張ることは当たり前のことです。貴方のお姉さんは、無理をしているとは思っていないはずですよ。むしろ貴方がいるから、お姉さんは頑張れるのでしょう」


 治癒術師が優しく諭すようにいってくれるが、それを素直に聞くことはできない。どんなふうに理由をつけたとしても、姉が自分より多くのモノを抱えているのは事実だから。

 今も王宮で辛い思いをしているのではないか、心配で堪らなかった。


カイン編は短くなるなぁ

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