情報
カインを街まで運んだシオンの体は、全てが痛んだ。家族を失った精神的疲労も、今まで感じたことがないくらい重い。
それでも休むことなく、カインが寝付いた後、シオンは街へと出かけた。
しかたなくとはいえ、軍人を殺しているのだ。追手は当然のようにあるだろう。ただアルストカリア家へ逃げ込むだけでは、捕まってしまうかもしれない。何故襲われたのかを、早急に知りたかった。
濃い灰色のマントを身につけ、治安のよくない通りを歩き、情報屋を探す。
道端に座り込む者に金を握らせながら辿りついたのは、薄暗い酒場だった。店名が書かれていただろう看板は風化し、僅かに文字の一部が見えるだけで、ただの木の板になっている。
シオンはフードを深くかぶり口元を隠すようにして、店に入って酒を注文する。
妖しい格好ではあるが、周りの者は誰も気にしない。薄暗い酒場にいる人間は、同じように、自身について探られたくないからだ。
店内を見渡し、カウンターの端にいる男の隣に座る。
「情報が欲しい」
フードをかぶっている上に前髪が長く、猫背で酒を飲んでいたので顔は分からなかったが、目当ての人物のはずだ。桃色の髪の男など、そうはいない。
「随分とぉ、若そうなお客さんだぁ。なぁにが知りたいんだい?」
少し話しただけでも、まともに話が出来るのか疑わしい口調だった。
金は出さず、一枚の紙を渡す。軍人が身に着けていた紋章の写しだ。
「……なぁに、このぶぅっさいくなぁ、羽つきの豚ちゃんは?」
男の台詞に、シオンはぐっと拳を握りしめた。
簡単に写したものだったが、昔から絵の苦手だったシオンは、綺麗に写すことは出来なかったのだ。
「それは、鷹だ。羽の広げた鷹の後ろに、二本の細い剣が交差している。黒鷹の頭上には王冠があり、彫られている台はひし形だった。縁には複数の花弁が絡み合うようにあった」
「鷹……鷹なんだぁ、この豚ちゃん。イイ絵心だねぇ、おもしろぉい」
「お前の感想など聞いていない。その紋章はなんだ?」
「フィロディアラン聖王国の親衛軍のものだねぇ」
「親衛軍。ということは、国王または女王以外は動かせいない」
「だねぇ」
シオンは袋から金を取り出し、男の前に置く。握って取り出したそれは、小さな山になる。
「今、聖王国はどうなっている? ここ最近で何か変わったことは?」
男は金をしまいながら、小さく笑う。
「おもしろぉい質問だねぇ。さっきの豚ちゃんといぃ。ま、お客様の事情にはぁ、立ち入らないけどねぇい。最近かぁ。最近かどうかは分からないけどぉ、数ヶ月前に、アルストカリア家の当主が変わったよぉ。すっごく突然だったんでぇ、次期当主を正式に決めてなかったんだ。それを理由に領地をけっこう没収されてぇ、あとを継いだ若い当主は大変だろうねぇ。王家と貴族は対立気味だからぁ、もっと嫌がらせがあるかと思ったけど、それでおしまぁい。でも、前アルストカリア家当主は他殺とか暗殺とか、変な噂もたったんだが、たたなかったかもぉ? どうだろうねぇ」
突然ということは、大きな病気もなく、どこかに出かけもしなかったのだろう。
シオンは自分たちを襲った軍人のことを思い出し、アルストカリア家当主が暗殺された可能性が高そうだと考える。
それと同時に、アリシアがかつて愛しただろう男性は、もういないのだと知った。
「今の当主について」
「三十くらいの若い当主だよぉ。名前はサイファ・リュード。腹違いの弟と妹がいてぇ、弟は正室の子供で、妹も貴族の母親がいるんだけどぉ、本人は平民のこどもぉ。そういうのって、いろいろめんどそうだよねぇ」
アルストカリア家以外の当主や力関係なども聞き、一拍置いて一番に聞きたかったことを口にする。
「王族について」
「女王の名前は、ティネケ・エイルだよぉ」
男は言葉を切ったまま、先を続けない。
シオンは手袋をした指で先程より少なめの金をつかみ、男の前へ置いた。
「今の女王は、前国王の妹なんだよぉ。女王にも弟がいるねぇ。この人が第三位王位継承者。それと女王の娘二人。こっちは第一と第二ねぇ。あとは前王の息子で第四王位継承者。王位継承権をもつのはぁ、こんな感じ」
一度話を切り、金色の酒をあおってから、また話しだす。シオンも酒を一口飲んだ。
「前の国王は短かった。あんまり短かったからぁ、これもよからぬ噂が、ねぇ? でもぉ、国民からしたら、良かったのかなぁ。今の女王様、政治の策略も随一、らしいしねぇ。実際、聖王都付近は前よりずっと良くなってるよぉ。格差は、広がってる気がするけどねぇ」
男はまた話を止めて、今度は指で机を叩く。もっと出せば、話すことはあるということだろう。金を置く。
「最近、王家と七大貴族が、走り回ってるよぉ。特に、アルストカリア家がねぇ。何かを探してるのかなぁ、よく検問をしてるみたい。何かまでは分かんないけどぉ、きっと凄いものなんだろうねぇ。それで、検問をするっていうことは、旅をしている人間を探してるのかぁ、旅人が持ってるモノの可能性が高い、かなぁ」
旅人が持っているモノと聞き、シオンの頭にブローチが浮かんだ。
断片的な情報で安易に線を引くのは危険だと分かっている。それでも、もとはアルストカリア家のものだが、自分のものにしたい女王が、軍人へ奪うように命令をしたのではないかと考えてしまう。もしそうなら、それほど重要なものだろう。
宿に置いてきたブローチが気になった。
「そうか」
少し落ち着きをなくしながら、席を立とうとする。
「待って待ってぇ。あれだけの情報じゃぁ、さっきのお金、貰いすぎだもの。王族の中に、レイヴィーン・エルデストっていう名前の人がいるのぉ」
男に強く手首をつかまれ、席に戻る。振りほどくことは簡単だったが、目立つことはしたくなかった。
「名前からするに、第四王位継承者か?」
「まあねぇ。この人ねぇ、よく城下町に出て、気さくに周りの人に声かけるからぁ、人気はあるみたい。でもさぁ、それと同時に変な噂もあるよぉ。聖王都で大事が起きる前、必ず彼がいなくなるって。噂の真偽はともかくとしてぇ、噂される時点で、怪しいよねぇ。実際、噂通りのことは何度か起こってるしぃ」
何が可笑しいのか、男は小さく笑いながら、初めて顔をあげた。桃色の髪以外はなにも特徴のない顔だ。そのはずなのに、やけに印象深い瞳。意志の強さが見えるからなのかもしれない。
こちらの顔を覚えられないようにと、シオンは視線をそらす。
「で、その王位継承者様がねぇ、今はお城にいないらしいよぉ? 噂が本当なら、何かが起こるかもねぇ。近いうちに」
主人公、これから本格的に巻き込まれていきます。