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優しい姉

 カインは呼吸が苦しくて目を覚ますと、見覚えのない天井がぼやけた視界に広がった。

 昨日は宿をとっただろうかと、不思議に思いながら起き上がろうとする。しかし腕に激痛が走り、うめき声をあげてベッドに横たわる。背を曲げ、痛みが過ぎ去るまで浅い呼吸を繰り返す。

 しばらくすると酷い痛みはさったものの、腕は熱く、頭は重い。全身がだるかった。


「ねえ、ちゃん……」


 ほとんど無意識に、シオンを呼ぶ。返事は返ってこない。

 外から聞こえてくる笑い声や生活音があり、部屋は決して静かではないはずなのに、冷たく感じられた。


「姉ちゃんっ」


 自分以外いない不安と悲しさに、カインは必死に声をあげる。


「どうしたの、カイン?」


 シオンが少し慌てたように扉を開けて姿を見せた。手には皿を持っている。


「ねえちゃん……」


 大好きな姉の姿に安堵のため息をつき、カインは微笑んだ。

 シオンもそれに頷き返してくれたが、血の気がなく、濃い疲れが見えた。


「ここ、とうさん、どうして……」


 今の状況を確認したい気持ちと、悪夢のような出来事をおぼろげに思い出してきたのとで混乱し、カインはまともに喋れなかった。


「今は安静に」


 シオンが冷たい手をおでこにあててくる。


「熱いな。これ、宿の人がつくってくれた食事。あんまり食欲ないかもしれないけど、これ食べてから薬飲もう」

「……うん」


 シオンから差し出された食事は、キノコ類と干し肉、米を煮詰めたものだった。カインの大好きな山菜のおかゆだが、食べたいとは思えなかった。それでも食べなければ消耗していくばかりなので、無理をして飲み込む。

 かなり時間をかけて食べきると、水と薬が差し出された。それを飲むと、シオンが腕の布を新しいものに変えてくれる。


「ごめんな、姉ちゃん」

「謝ることなんてないよ。ほら、もう寝て」


 手当が終わると、毛布をかけられる。


「俺たち、は、助かったんだよ、ね……俺たち、だけだけど」


 カインは自分の言葉で、溢れそうになる涙を必死でこらえた。


「そう、だね。でも、カインだけでも、生きててくれて、よかった……皆いなくなってたら、あたしは……」

「うん、うん、俺も、姉ちゃんがいてくれて……」


 怪我をしていない手に、姉のそれが重ねられる。カインは弱弱しく握り返しながら、冷たい恐怖を感じさせる言葉に、心の底から頷いた。

一人生き残っていたら、大切な人たちのあとを追っていたかもしれないと。


「でも、怖がらせた、よね……」

「え、姉ちゃんが? なんで?」

「だって、あんなの……あたしは、人を憎いと思うだけで……簡単に……」


 シオンは自分の掌を見つめ、何かに耐えるように唇をかみしめている。人を傷つけ、自分が傷ついているのだろう。昔から優しい姉の指先は小さく震えていて、それを止めるように握りしめた。


「ちがうよ、俺を守ってくれただけだ。姉ちゃんは、簡単に人を傷つけたりしない。それに、俺がそばにいるから。俺が、絶対、姉ちゃんを悲しませたりしない」


 薬が効いてきたのか少し瞼が重いが、それを堪えてじっとみつめる。言っていることすべてが真実だと伝えるように。

 泣きそうだったシオンの顔が驚いたようになり、すぐに陰りが消えた。けれど、少し悲しそうなことが、気になった。


「ありがとう……カインは、優しいね」

「ねえちゃんのが、優しいよ……」


 いつも自分を顧みず助けてくれた。自分より大きな大人相手でも、厭らしい貴族相手でも、凶暴な野獣相手でも、いつだって守ってくれたのだ。今回も、守ってくれた。カインにとってシオンは、とても優しく誇らしい姉。

 言葉にするのは照れ臭くても、きっとそれは伝わっているだろう。


「優しいのはカインだよ。あたしが怖いのは、カインに嫌われることだから」


 どういう意味なのか分からなかったが、自分が姉を嫌うはずがない。そう言いたかったが、しゃべるのも億劫なほどの眠気が襲ってくる。握っていた手も力が入らず、ベッドへと置かれた。


「カインは、あたしが守るよ」


 シオンが小さな革袋を握りしめる。中には何か大切なものが入っているようで、シオンの表情は真剣だった。

 これからどうなるのかカインには分からなかったが、シオンに危ないことはして欲しくない。守られるだけでは嫌だと思う。しかし今の自分はどうすることもできず、不甲斐ない自分を責め、楽しかった数日前を思い、少しだけ泣きながら眠りについた。


短めです。

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