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ALIVE  作者: 瀬底そら
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月の章1 それぞれの想い

 夜の砂漠にキュアベースからの警備灯の光が差している。疲れきった身体を窓の方へ向け、ラピスはただその光の動きを眺めていた。

(パイロノイド、か。)

生意気で気に入らない女であっても、それがパイロノイドの生き残りであることを知った以上は気にならずにはいられなかった。

 故郷では忌むべき者、とされてきた亜人間がごく身近な所におり、そしてその能力を持たない数人の人間と理解しあい助けあっているというのはラピスには信じがたいことであった。そして、亜人間が世界最強といわれるFASTAに属している、ということも信じられないことだった。亜人間が人間に協力するというのもにわかに考えがたい。それほど溝は深いとラピスは幼い頃から保護者に聞かされて育ったのだ。


 翌日ラピスには何も任務がなかった。FASTAは緊急事態に真っ先に任務に出る。それ以外の時間は各自で腕を磨く、もしくは訓練や作戦会議で指揮を取る、といった以外は自由な時間が多い。エンジニアだけはそうではないようでほとんど一日を通信棟で過ごすという。

 目覚めて彼は1人で苦いコーヒーを飲み、キャリバーンの手入れをしていた。白銀に輝くその剣は材質のすばらしさもあって刃こぼれ1つない。先日の戦闘後、ベース所属の技術師が既に手入れをしてくれていたこともあり、柔らかい布で拭くと輝きは増した。丹念にそれを磨いているとドアを叩く音がした。

「おい、起きてるか?」

聞こえてきたのはシンの声だった。ラピスは剣を鞘にしまうと立ち上がった。

「何の用だ?」

ドアを開いて答えると、シンはにやりと笑った。

「お前に可愛い女の子の客が来てんだけどよ、どうする?」

「帰るように言ってくれ。」

即答した。誰なのかは想像がついたのだ。シンはラピスの様子に少し苦笑いした。

「何だ、お前、息抜きも必要だぜ?それとも他に誰かいるのかよ?」

「……とにかく、そいつに『二度と来るな』と伝えてくれ。」

そう言い放つとドアを強引に閉める。あまりの剣幕にシンは言い返す言葉がなかった



 FASTAのスペースには基本的に上層部以外は立ち入ることができない。そのため、シンはその女と外で話さなければならなかった。FASTA専用エリアから外で出て初めて、シンはその女が想像以上に美しいことを知った。

「悪ぃな、どうしても体調がわりぃらしくってよ。」

金髪の柔らかそうな巻き毛、碧眼のその女にラピスの言葉をそのまま伝えるのはあまりに可哀想だ。とシンは嘘をついた。白い制服に包まれた彼女が治療棟で任務に携わっているのは明らかだった。

「えー、そうなんですか?やっぱりお見舞いのほうがよかったかしら?」

口を尖らせて上目遣いでシンを見上げる。

「あ、私、イーシスって言います。初めましてー。」

切れ長のシンの視線の先と丸い大きな瞳の視線の先とがぶつかって、初めて彼女は自分が何者なのかを告げた。

「私、ずっとずっとジュリスト先輩のことが、好きなんです。でも、先輩ったら、全然相手にしてくれなくって。」

簡単にイーシスは何が目的でFASTA専用エリアにまでやってきたのかを言う。

「私、先輩のためなら、何だってするのに。あなたは私の気持ち、わかってくれますか?」

語尾の上がる口調でイーシスはシンに問いかけた。

「まぁ、わからんでもないが。だけどよ、あいつのどこがいいわけ?」

無愛想で無表情のラピスがここまで恋い慕われているのがシンには意外だった。確かに顔立ちは整っているが、いつもどこか遠くばかり見ているような印象を受けるあの男には勿体無いほどの誰がみても美しい女だった。

「ジュリスト先輩って、すごくもてるんですよー。カルアベースの頃も年上から年下までみんな先輩のことを狙っていて、でも先輩ったら全然相手にしてくれないし。だから一緒にキュアベースに転任になったのは運命だと思ったの。顔も素敵だし、無口でクールなところがすごくいいの。しかもFASTAでしょー?私、絶対、先輩を振りむかせるわー。」

舌足らずな話し方でイーシスは決意を語る。

(あいつ、こんな可愛い子ほおっておくなんて、勿体ねぇ。)

シンにとって、甘えを含んだ女性らしい口調のイーシスというこの女はなかなか好みであった。FASTAの中ではもっとも「遊んでいる」とも言える彼の悪い癖だ。

「イーシスさんだっけ?あいつはダメかもしんねぇけど、今から俺とどうよ?」

一瞬意味がわからなかったのか、キョトンとした表情だったがすぐににっこり笑った。イーシスは首をかしげてシンを見上げる。

「ええー、どうよ、ってどういう意味ですかー?」

「とりあえず、一般居住区でもいかね?」

少なくとも、やることをやるにはここでは無理である。シンは一般居住区でそういったことを済ませるのだ。ほとんどの女は彼が声をかけるとついてくる。それは長身で自信に満ち溢れた表情、防衛部隊エリートであるのが垣間見える身なり、からだ。しかも特定の恋人は今はいなかった。

「ほんとー?私、今日は任務がなくって。」

シンの誘いがどういうものか知らないイーシスは嬉しそうに言う。

しかし。

「またお遊びですか?」

FASTA専用エリア側から呆れたような声がする。シンの顔色が変わって、声をかけた女は小さく笑った。

「もう、いいかげんにしてよね。あたし謝りにいくのはごめんだよ。」

ユキはそれだけ言うと、その場をさっさと立ち去った。イーシスは怪訝な表情でユキを見ていたが、彼女の姿が見えなくなると打って変わって笑顔を繕った。

「今の人、ヤキモチですかぁ?まぁいいです、今日はよろしくお願いします。」

シンは少し口を歪めたが、すぐにイーシスを連れて歩き出した。


 ラピスは気分が憂鬱でため息をついた。今日は朝からイーシスのことがあったからだろう。

(シンはうまく断ったのか?)

ロビーの方をこっそりと伺うと、普段はにぎやかなロビーからは物音もしない。おそらく誰もいないのだろう。時計を見ると、すでに夕方だ。さすがに一日寝ているわけにもいかない。さっとトレーニングの準備をすると、部屋から出る。

 ロビーにはやはり誰もいない。それぞれ何かと用があるらしい。FASTA専用エリアを出て、彼は先日見つけたある場所へ向かった。

 ラピスはあまり人にトレーニングをしているのを見られるのが好きではなかった。静かに誰にも邪魔されずに練習をしたかった。キュアベースには大規模な訓練場が整備されてはいるものの、騒々しいのを嫌うラピスには不向きだった。

 そんな彼が見つけたのは非常階段の踊り場だ。緊急事態でなければ、人一人通らない静かで暗い階段の踊り場は、緊急時に備えて無駄なほどに広い。ラピスがそこでキャリバーンを振り回しても十分すぎるものだった。


 しかし、今日は少し様子が違った。

先客がいたのだ。それも、ラピスが最も苦手とするあの剣士だった。ラピスは階段を降りかけて、彼女に気づき、足を止めた。刃がないのか、彼女は木で作った棒を使っていた。あの、炎の剣ではなかった。

「……誰?」

ユキは誰か来たのがわかったのだろう。背をこちらに向けたまま、棒を振り下ろしながら問い掛ける。さすがFASTAだった。ラピスは見つからないように気配を消そうとしていたし、凡人ならば気づかない。しかしユキは容易い相手ではなかった。ユキの瞳に炎が差した気がした。

 ユキはラピスの姿を認めたが、特に表情を変えもせず再び剣の構えをみせると訓練を始めた。

「何か、用?」

不思議な光景だった。改めてユキの動きを観察すると、剣士の多くに見られる流派を伴った型がない。戦闘時には気づかなかったが、思っていたよりも小さく明らかに戦いには不利なその体格で見事な扱いをみせている。

「剣は、何流だ?」

唐突な質問にユキは目を丸くしたが、汗をぬぐうと休憩なのか、棒を壁に預けた。

「自己流。」

(やっぱり。)

思っていた答えが返ってきた。ラピスはそれなりに剣術については勉強をしてきたのだが、ユキの型はみたことがなかったのだ。

「で、だから何?あたし、忙しいんだけど。」

不機嫌そうなユキをみて、ラピスは自分もおそらく不機嫌そうな顔をしているに違いないと感じていた。

「何をそんなに苛立ってるんだ?」

思わず聞いてみたくなった言葉をそのまま言う。ユキの苛立ちはラピスにはよくわからなかった。自分にその矛先が向けられている原因もわからないまま、静かな怒りをぶつけられるのは嫌なものだった。

 ユキは一瞬黙ったが、重い口を開く。

「FASTAに同じポジションが重なることはないの。今、FASTAには剣士が二人。どっちか弱い方が降格になるに違いない。」

自分とユキのどちらかが降格になる、という話は聞いたことがなかった。

(俺は、急に連れてこられただけだ。)

ユキの苛立ちが少し理解できたように思えた。ユキにとってはFASTAこそが彼女の居場所だからだ。ラピスは後から何もわからないまま連れてこられただけだった。

「いっとくけど、あたしは絶対に譲らないから。FASTAを去るのは、引退する時って決めてる。」

「それは、俺の方が弱い、と?」

(弱いと決め付けられる、っていうのは嫌だ。)

ラピスは顔を歪めた。様々な事情があるにせよ、弱い、と言われるのはいい気がしない。あの日から、すべてを捨てて剣の腕を磨いてきたということもある。

「そりゃ、そうでしょ?あんたに負けるとは、あたしも考えてないし。」

挑発的な彼女の発言に想いがストレートに口から出る。

「俺もあんたに負けるとは考えていない。」

負けじと言い返すと、ユキは少し笑った。

「やるの?」

「いいだろう。」

ラピスはゆっくりとキャリバーンを手にとる。しかし、彼女に怪我をさせる気はなかった。完全に打ちのめしたい、という邪悪な欲望がふと覗いて、すぐにそれは心の奥底に封じ込める。ベルトから鞘を外すとそれに持ち替えた。ユキはそれを見るとさっき壁に預けた木の棒を手にした。

「カルアベース1,2の剣士さまのお手並み拝見、か。」

真剣勝負であることは誰も言わなかったが、それ以外の何でもないことに気づいていた。


なかなか更新できず申し訳ありません、これからも時々更新しますのでどうぞよろしくお願いいたします。

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