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ALIVE  作者: 瀬底そら
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風の章 終章

風の章 終章



 開いた手が血にまみれている。赤い、人間の血。

倒れているのはどう見ても人間の男。自分と同じ人間。異形の化け物ではない。

突き立てた刃は、ユーナの形見のキャリバーン。

(俺は、何を殺した……?)



 気がつくと砂の混じった生乾きの空気ではなかった。ツンとする消毒液の匂いが鼻をつく。誰かが静かに部屋から出て行く音がし、自分を包む柔らかい感触は最後の記憶が残っているあの固い床とはまったく違う。手が汗ばんでいるのは、今見た嫌な夢のせいだろうか。ラピスは視線だけを動かせて部屋の様子を探った。自分の寝ている


ベッドと備品の入っているだろう棚があり、その上に誰が置いていったのかわからない花瓶にいけられた花がある。ベッドの左側にはキャリバーンが立てかけられてあった。ラピスは探していたものがあったことに少しだけ安心すると、それに手を伸ばそうとする。しかし、伸ばした左腕に鋭い痛みが走り、思わず手を引いた。

 痛みを感じながらも慎重に両腕で支えて身体を起こすと、布団で隠れていた衣類が目に入る。ジンとの戦闘により稲妻を受けてぼろぼろであっただろう衣類は爽やかな青色の治療着に着替えさせられていた。裾から身体のあちこちに包帯が巻かれており、思っていた以上にひどい状態だったのが理解できた。

 ラピスはまだ腫れがひいていない両手をゆっくりと握り締める。

(FASTAにいれば、オメガを倒すことができる。)

世界最強を謳われるFASTAの実力への疑いは、確信へと変わっていた。FASTAにはオメガを怖れず、戦い抜く精神と技量を持った者たちがいるのだ。

(そういえば、あいつの能力は何だったんだ……?)

 共にジンと戦った連中のことを考えていると、ラピスの頭には疑問が生じた。炎の壁と剣を持つあの女は一体何者なのか。戦闘中は考えている暇などなかったが、あれは尋常なものではなかった。

 

 小さく溜め息をついたその男の痛めた足に湿布が塗りたくられていたが思ったほどの怪我でもなく、筋を痛めたのもたいしたものではない。すでに任務に出れるのではと本人は考えているくらいだ。しかし、彼には総監命令による罰則が言い渡されており、一時的に行動の制限を余儀なくされている。彼自身はあまりそれに納得していなかったが、馬鹿馬鹿しくて反抗する気にもならなかった。

「聖さん……いいですか?」

少しだけ扉を開いて、外から声がかかる。隙間から覗いているのは、赤毛の少年だった。

「おう、アレックス。入りー。」

穏やかな笑顔を見せ、聖はアレックスを部屋の中に招いた。アレックスはその表情を見て幾分安心したかのように少し笑って扉を閉めた。

「どうや、みんなは元気になったか?」

「ええ。みなさんだいぶ元気になっていますよ。

「そんな、心配せんでもええやろ。そもそも謝る必要ないねんで。それよか、ユキはどないやった?」

ユキの名前が出て、アレックスは一気に赤面した。聖はそれを見て笑う。

「あんたはおもろいなぁー、ばればれもええとこや。なんでユキが気ぃつかんのかが俺にはわからんわ。」

「ち、違いますってば!」

 首を大げさにぶんぶん振りながら、アレックスは言い返した。アレックスがユキに想いを寄せているのは、誰が見ても明らかだった。任務といえどもユキと話すときはいつもよりも大人びて話そうとしている彼の姿を見て、シンなどはよくからかっている。

「いやいや、いいことやん?言いたいことあったら言うとかな、後で後悔してまうで。」

まるで悟ったかのように聖はアレックスに言う。

「ましてや、ユキやって女やしなぁ。あれでもそこそこ可愛いところもあるし、他の男にとられたらどうするんや?」

とられる、ということを考えたことがなかったのか、アレックスは急に悲しい顔をした。

「……僕、用事を思い出しましたので、失礼します……。」

アレックスは暗い声で扉に向かう。

「アレックス。」

聖は肩を落としているアレックスに呼びかけた。

「後悔するんちゃうぞ。」

(ほんまに、俺らはいつ死ぬかわからんもんな。)

聖は、未来が見えない自分たちを少しだけ恨んだ。彼は今回の戦いでそれを痛感したのだ。これまでのオメガはやってきては攻撃し、こちらが応戦すると去っていくばかりだった。本気で挑んでいたわけではなかったのだ。オメガが本気で戦う姿勢を見せてきた時、FASTAだけでは守りきれない可能性を感じざるを得なかった。

 これからは下部機関であるSEMI-Fにも前線で戦うことを要求せざるを得ない。FASTAに長期間留まっている自分たちも数年先には退任することになる。


 「ユキ、調子はどうよ?」

 ノックもせずに勝手に部屋に入り込んできた男をユキは一瞬睨みつけたが、すぐにそれは笑みに変わった。ユキの左手にはあの火焔剣の柄、右手には柔らかい布が握られている。

「あんた、暇してるんだね。」

皮肉の混ざった言葉を浴びせて、ユキはベッドの上に座りなおした。

「ちょっと柄に傷が入っちゃった。」

ユキは火焔剣の柄についた傷を磨いていたようだ。差し出された手から、それを受け取ると注意深く観察する。

「お前、大丈夫かよ?みんな心配してんだぜ?」

 ユキの場合は怪我や肉体的疲労だけではなく、パイロノイドの能力を酷使したことからくる疲労が大きな問題だった。今、オメガが来襲してもFASTAのメンバーは彼女の参戦は認めないだろう。おそらく、普段通りに能力の制御はできないはずだ。それを上層部は何というかはわからないが。

「うん、随分ましだよ。むしろ、退屈だわ。」

声に力が戻って来ているのは、ユキがいくらかは回復してきている証拠だ。シンは安心したかのように微笑んだ。

「ならよかったぜ。これは俺に任せろ。」

その銀の剣柄はユキにとっては最大の武器である火焔剣の柄となるものだった。予備の短剣はジンとの戦闘で折れてしまって使い物にならない。

「ほんと?ありがとう。」

小動物のような目が喜びで広がる。パイロノイドという苛酷な運命を背負った彼女が一瞬見せるその表情は、何も重荷を背負っていない、例えば一般居住区に住む女のものと変わりはない。

(まぁ、俺らにとっちゃあ、大事な仲間には変わりねぇがな。)


 シンは時々、悲しくて笑いたくなる。

FASTAの中でもっとも任務以外で異性に会う機会が多いのが彼だ。生粋のリキの血を引くシンは浮気者だった彼の父の血を濃く受け継いだのか、たびたび一般居住区に出かけてはそれなりに女性と交際してきた。それは継続したものにはほとんどならなかったが、他のFASTAのメンバーにはないはずの恋だとか、火遊びを経験している。


 幼い頃、父の浮気で苦労していた母親には、「世界を救う者」として生まれたわが子に「女遊びはするもんじゃない」と言い聞かされてきた。しかし、いつ何時に死ぬかわからないという世界に生きている彼はいつの間にか父と同じような行動をとるようになっていた。「オメガを倒す者」という自覚を持ちながらも、シンの心の中には、せめて生きているうちは楽しんでおきたいという気持ちもある。

「何?何考えてんの?」

ぼんやりと考え事をしていたシンにユキが悪戯っぽく話しかける。

「どうせ、また、いらないことして遊んでんでしょ?」

シンの悪い癖は、聖やユキは十分知っている。以前修羅場になり、シンの代わりに聖が謝りに行ったことさえある。

「ああ?うるせぇよ。……これ、すぐ直してきてやるからな。」

シンが手にしている銀の剣柄は彼がその手先の器用さを活かして、リキ族の象徴である特殊な銀を使用し作り上げたものだ。本来ならば一族以外の手に渡るのは許されたことではないが、シンは自分の炎の力を持て余していたユキのために製作したのだった。よく見ればまさに芸術とも言える装飾がされてあり、リキ族の守り神だといわれている梟の彫刻がなされている。FASTAの任務をこなしながら、一般居住区にあるリキ族の鍛冶屋で隠れて製作するのにはかなり苦労した覚えがある。


 しかし、これができてから、ユキも見違えるようにその炎をコントロールできるようになった。リキ族の銀との相性がいいのかもしれない。

「ありがとう。」

早く直してやらないと、ユキも不安だろう、というのはシンにも予想がついていた。

(悩み事の種類が違いすぎるんだよな、)

(一般居住区の女だったら、恋だの愛だので悩んでるのによ。)

シンは手でユキの言葉に答えると、扉を開けてその部屋を出て行った。



 なかなか任務許可が出ず治療棟から出ることも許されない生活にラピスは徐々に苛立ってきていた。しかも自分の世話をしてくれている治療部隊にあの苦手なイーシスがいることがひどいストレスとなっていた。彼女はたびたび嬉しそうにラピスの部屋にやってきては、くだらない話題を吹きかけてくる。彼女が来るたびにラピスは寝たふりをしてやり過ごしていた。

(もう、帰りたい。)

FASTAのロビーにいたほうがよほどましだった。できることならば、誰にも邪魔されない自室に早く帰りたかった。

 コンコン、とまたドアをノックする音が聞こえてラピスは布団に潜り込む。イーシスなら甘い声を出してベッドのそばまで駆け寄ってくるはずだ。だが、部屋に入ってきた足音はいつもの足音とは違った。

「ラピス、寝てんの?」

おかしな訛りの言葉を聞いて、安心する。イーシスでないことが救いだった。

「いや。」

ラピスは起き上がると、珍しい訪問者を見た。もうほとんど怪我のない状態の男は、相変わらずの温厚な笑顔を見せた。

「なんや、寝てるんかと思った。どや、調子は?」

聖は勝手に部屋にある椅子に腰掛けると、ラピスの様子を伺った。

「だいぶよくなった。」

その言葉に聖は大きくうなずいた。そして羽織っているシャツのポケットから1枚の紙を取り出すと、ラピスに手渡す。それは任務復帰を許可するといった内容だった。

「おめでとう。やーっとFASTAも機能回復ってとこやな。」

聖は自分の着ている治療着をもう着ていない。自分の怪我が意外に重症だったのかもしれない。そう思うとあのオメガとの戦闘が脳裏に浮かび、そして疑問が復活してくる。炎を操る、もう1人の剣士のことだ。

(聖に聞けば、何かわかるかもしれない。)

膨らみ始めた疑問は晴らしたかった。

「聞きたいことがある。」

「おお、何でも聞いてな。せやけど、せっかくやし、ここ出てからにせーへん?俺ちょっとしばらくはいろいろ規制されとるから、暇やし、ロビーにおるからそこで聞いてくれな。」

ラピスはその言葉を聞くと、一刻も早く外に出たくなり、ベッドから降りると着替えを探し始めた。


 「で、何やったっけ?」

 久しぶりのFASTAのロビーは、意外にも懐かしく感じられた。それだけあの治療棟での生活が嫌なものだったのかもしれない。よくメンバーが集まっていたソファにはマリフとシンが楽しげに話しながら座っていたが、聖が小声で何か伝えると2人とも席を立った。聖はその後にゆったり座ると、ラピスにも薦めた。

「いや、あいつのことだが……。」

いざとなると名前を口に出すのも嫌になる。おそらく彼女も自分のことをそう思っているに違いない。

「ユキか?」

聖はやっぱり、といった表情で聞き返した。ラピスは無言でうなずく。

「ユキの力を見たんやろ?普通はびっくりするやんなぁ。でも、先にこれだけは言わさせてもらうで。」

真剣な眼差しだった。

「あいつは、俺らの仲間や。あんたも俺らの仲間や。それだけはわかっといてくれや。……で、あんたが知りたいことは、多分パイロノイドの能力やろうと俺は思うんや


けど。」

(パイロノイド?)

あまりにも異常な言葉によって、ラピスは怪訝に思った。


 パイロノイドはカルアベースでは忌むべき存在だった。かつてどこででもあったようにパイロノイド狩りがあった頃、同じようにカルアベースでもそれは行なわれていた。そして、怒りに動かされたパイロノイドたちがカルアべ―スを急襲したことがある。

 ラピスは孤児だったためにそういった施設で育ったのだが、そこにはパイロノイドたちの急襲で親を亡くした者も多かった。自分の親のことはよくわからないが、そういった話を聞いたことがある以上はパイロノイドに偏見があるというのは過言ではない。

「あいつは、パイロノイドなのか?」

「まぁな。あんたも知ってると思うけど、パイロノイドは昔、全滅させられたらしいわ。せやけど、ユキはパイロノイドなんや。遺伝が関係あるんかないんかわからんけど、あの子は捨て子やってんなぁ。それが拾われて、育ててみたら、そうやったって感じや。」

聖は淡々とユキの出生を話した。出生などの話はみな似たようなものだ。防衛部隊のほとんどは孤児や捨て子や、そういった者で結成されている。ラピス自身も親の顔など知らない。

「俺は、オメガかもしれないと思った。」

ラピスは小さく呟く。それは本音だった。あれだけの炎を操り、風のオメガが従えた龍を打ち滅ぼし、人を炎で守ることさえできる。パイロノイドの実物を見た今となれば、納得できることもあるが、あれこそ火のオメガではないか、と一瞬思ったのだ。

「何言ってんねん。ユキがオメガなわけないやろう。それの証拠に、あいつは俺らを守ってくれるやんか。オメガやったら今頃殺されてんで。そやし、火のオメガはな、すでに死んどるはずや。」

それはラピスにとって衝撃的な事実だった。


 聖の話によると、火のオメガである「サラマンダー」と光のオメガである「ウィルオウィスプ」はすでに倒されたという。それも、もう20年以上前に、だ。

 サラマンダーは女性型で、ウィルオウィスプは男性型だったらしい。2体は、キュアベース近くにかつてあった砂漠の集落を襲った際に生け捕られたという。その後はどこかのベース関係者が2体を連行し、処刑されたというのだ。

「オメガがそんなに簡単に?」

「いやー、そう簡単ではなかったらしいねんけどな。俺もようわからんけど、あくまでも敵の情報として得ただけやし。せやけど、生かしとく必要もないやろ。確かこの辺に資料があってんけどなぁ。」

聖は立ち上がると、ロビーの資料棚を漁り始めた。そして棚の奥のほうから、薄汚れたファイルを手にする。それを渡されたラピスは、ファイルの中身を確認する。

「……間違いないのか?」

そこには、23年前に塩田で生計を立てていた砂漠の村で光のオメガと火のオメガが捕らえられ、その後処刑されたということが簡単に記述されていた。ただ、あまりにも簡潔すぎるその説明には現実感がない。8体のオメガのうち、2体がすでにいないという事実はすぐには受け入れられそうになかった。

「書いてある以上は信じてみるしかないやろ。それに、実際な、俺がFASTAに入ったのは10年位前やねんけど、そのオメガには来襲されたことないで。それ以外はだいたいやられたんやけどな。」

「闇のオメガは、ここに来たことがあるのか?」

聖のだいたい、という言葉にラピスは即座に反応した。恋人の仇である闇のオメガを倒すことは彼にとって最大の目的であり、誓いでもあった。キュアベースのオメガ来襲率は他のベースよりも多いということをシンから聞いていたが、闇のオメガ自身のことをもっと知りたかった。

 聖はラピスには珍しい食いいるような反応に少し驚いたようだったが、首を横に振った。

「ここには来たことはないはずや。せやけど、噂には聞くで。あんたのいたカルアベースは確か襲われたことあったんちゃうかった?」

彼にとっては純粋な問いだったのだろう。しかしラピスにとっては、突然過去が呼び戻されたようで眩暈がした。

「ああ。」

ラピスは静かに目を伏せると、動揺を読み取られないように表情をつくり、視線を外した。



 彼女は一般居住区の整備された道を歩いていた。聖がラピスにFASTAの機能回復、と言ったもう一つの理由が同日にユキの任務許可が出たことだった。機嫌よくFASTAのロビーに戻りかけた彼女は聖と一緒にあの男がいることに気づき、来た道を戻った。そして退屈しのぎに一般居住区へ繰り出したのだ。ユキの腰にはあの火焔剣の柄となる銀色で梟の彫刻がなされた棒が差されている。前回の戦いで使い物にならなくなった短剣の代わりがあれば、と探していたが、普段まったく戦いとは関係のない地下の都市にはなかなかめぼしいものはなく、諦めに似た気持ちが浮かんでくる。

(もう、帰ろうかな。)

早くFASTAに戻りたかった。彼女がもっとも安心できる場所がそこであり、そこ以外ではいつもどこかで緊張していなければならない。ばれるわけもないが、パイロノイドだと知られることがおそろしかった。いくら防衛部隊のエリートであり世界最強のFASTAに所属しているといえども、パイロノイドであることが知れ渡ったら自分と同じ種類の人間が受けた迫害が繰り返される可能性は十分ある。

 ユキはゆっくりと地上への連絡通路へと歩き出す。それはまた戦いの日々に戻っていくということだった。



一年以上更新できておりませんでしたが、たびたびアクセスしてくださる方がいることを確認しました。

ゆっくりですが更新を続けていきたいと思います。

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