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ALIVE  作者: 瀬底そら
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風の章3 異形の者

風の章3 異形の者


 「医療部隊はただちに負傷者補助の準備をするように!」

「SEMI-Fは電気塔に向かう準備を!できるだけの守備用意を!」

キュアベースはにわかに慌しく動き始めていた。ほとんど麻痺していた通信棟が動き始めたのだ。ようやく泣き止んだアレックスが目をこすりながら、マリフの横に立った。

「マリフさん……。」

決して全快したわけではないということを示す青白い顔色をしたマリフは、立ち上がったアレックスを見て微笑んだ。

「私は大丈夫だから、手伝ってくれる?」

伏目がちに彼はこくり、とうなずくとマリフの横の席に座った。無線機に誰かが応答を求めている。

「こちらキュアベース通信棟第2無線手」

「おい、アレックスか?俺だ、シンだ。」

無線機の向こうから、聞きなれた声が響く。まだ健在なのが明らかな、FASTA最後の1人の声。

「シンさんですか!」

思わず声が上ずる。この非常事態の中、アレックスの頭から彼の存在はすっかり消えていたのだ。

「おう、何回呼びかけても返事ねぇし、何やってんだよ?ちなみにもうすぐキュアに着くぜ。」

明るいシンの声。彼は他のFASTAのメンバーが戦っていることなど知る由もない。そしてそのメンバーからの音信が途絶えていることも。

「シンくん、マリフです。そのまま待機してください。今キュアに戻ってはいけないわ。」

マリフがアレックスの無線機を手にとり、言う。

「はぁ?っていうよりも、なんでお前がそこに……?」

突然のマリフの声にシンは驚いたようだった。シンは前回のオメガ襲来の時に負傷したマリフを助けた張本人だったのだ。まだ任務につけるほど回復していないのはわかっていた。

 マリフは言うべきか言わざるべきかを悩んでいた。しかし、決断の時が迫っていた。

「シンくん、よく聞いて。電気塔がジンにやられているの。」

「何だと!」

 一気にシンの声のトーンが変わる。

「聖たちはどうした?キュアベース自体は無事なのか?すぐもど……」


プツッ―――


 一瞬全ての灯りが消え、すぐに照明が半減した状態でついた。

「マリフさん、電気塔からの電力が途絶えました。現在非常電源に切り替わっています。」

 SEMI-Fのエンジニアが最悪の事態に気づき叫んだ。最小限の供給となった電気により、シンとの応答をつなぐ輸送車との無線機には電源が入らない。おそらくキュアベース全体、特に一般居住区は停電状態だろう。先ほどまで煙を吐く電気塔の姿が映っていたモニターも一瞬黒くなり、明るさを落とした画面に切り替わった。黒煙のせいか、その姿は非常に見難い。

(お願い、みんなを助けて。)

マリフの顔色が先ほどよりも青ざめている。


 パイプを燻らせながら、ブロンドの髪の女が舌打ちをした。その周囲には黒い衣に身を包み長銃を背負った男たちがいる。それとは違った様子の白衣の人々が慌てふためいて声をあげていた。

「ったく、一体どうなっているのかしら……。霧峰は言うことを聞かないし。」

「ミシェル、一体これはどうなっているのだ?電源が落ちているではないか。」

普段ならば自動で開くドアを手動でこじあけて、白髪の男が部屋に入ってくる。

「……総監。これはよくない状況ですわよ。霧峰とジュリスト、それからあのパイロノイドが電気塔に向かっているにも関わらず、この事態ですわ。」

ヒールの高い靴音が硬い床を叩いて響く。総監は苦い顔をすると、顎ひげを撫でた。

「A=スバリーはどうしたのだ?すぐにここの警備にあたらせたまえ。」

「輸送車の援護に出ていておりませんのよ。ワインの輸送車ですわ。あなたがお気に入りのジョレー・コンテェネも積んでいるはずですわ。」

ミシェルと呼ばれた副総監は苛立ちを募らせながらも、何とか事態を奪回させる案を練っている。しかしFASTAがこの状態である以上、他の策は多くあるわけではなかった。

 「SEMI-Fはどれくらい残っているのかしら?」

「はっ。総勢50名ですが、現在動けるものは30名強かと。」

 黒服の中でも特に小柄な男が大声で副総監の問いに答えた。動けない20名は前回のオメガ来襲で攻撃を受け、未だ治療中の者たちだろう。

「仕方ないですわね。そのうち20名を直ちに4階の警備につけるように連絡しなさい。」

「はっ。」

先ほどの男が威勢良く返事をすると、通信棟に向かって駆け出した。総監は彼の定位置である立派な飾りのついた席につくと、指で机をトントンと叩いた。

「しかし、SEMI-Fの連中は言うことを聞くかね?」

「大丈夫でしょう。FASTAほど、生意気で反抗的ではないはずですわ。……何もわかっていないくせに戦闘力だけは買わないと損だなんて、世の中うまくいきませんわね。」

 その言葉の後、副総監は一瞬顔色を変えた。先ほど総監が手動でこじ開けた扉の向こうから、見覚えのある姿が許可もなく入ってきたからだ。

「何をしておると思えば、こういうことか。」

低い震える声に、総監すら立ち上がる。

「これは……よくいらっしゃいました。」

明らかに身なりのよい、スーツに身を固めたその初老の男は呆れたように周囲を見渡した。


 生物のようにうねりながら襲いかかる稲妻の刃を間一髪で避けようとして聖はバランスを崩した。手をついた瞬間に筋肉を痛めたことに気づき、表情を歪める。

 しかしジンも決して楽な状態ではなかった。横腹に受けた傷から流れ出す真っ赤な血。そのせいか顔色はひどく青ざめており、吐く息も荒い。

「小癪な人間どもめ、まだわからないのか?」

恐ろしく鋭い視線でジンは聖を睨みつけた。

「なぜ私が君たちを滅ぼそうとするのか、気づこうともせずに、何故戦う?」

(こいつは、何を言ってんのや?)

突然発せられた問いに疑問を抱く。聖は不信感を露わにした。

「あんたには、関係ないやろうが。」

利き腕を襲う痛みに耐えながら、ぶっきらぼうに言い返す。

(俺は、大事な人らを守りたいんや。)

言葉にはせず、改めてその想いを確信する。聖にとって、今はキュアベースの危機以上に仲間の命が大切だった。このままでは危険なことも十分理解している。

「人間とは、全く馬鹿な生物だ。馬鹿なりに抵抗する君たちだけでも、ここで私が殺しておかねば、ならないようですね。」

ジンの目には先ほどまでなかった悲しみが宿ったように見えた。


 最早、ジンの片手はその傷ついた箇所にあてがわれてはいなかった。その拳は両手から突き出され、一度に風刃と雷刃が聖を襲う。

 しかし聖も負けじとジンに一気に詰め寄り、大きくジャンプをすると踵落としを食らわせる。衝撃は幾分か的を外れて聖の右足に伝わった。同時に衣服が焦げ付いて、左足に痛みが走る。

「つっ。」

思わず小さく声をあげるほどの痛みに、聖の足がバランスを失い始める。

 ジンは聖の攻撃を頭に直撃させずに辛うじて右肩で受け止めた。肩は動かせず、右腕も動かない。そして、その攻撃された箇所が見る見るうちに腫れて盛り上がっていくのが見える。鈍い音がしたその箇所は、人間と同じならば骨折していてもおかしくない。

 間髪いれずジンは自由な左腕を大きく、ゆっくりと振りかざした。稲妻の力がジンの左半身に集結していく。そしてそれはこれまでのような雷撃の形ではなく、生物を模りはじめた。

 さらに攻撃の態勢に入っていた聖はその姿を認めると思わず立ち止まった。


 きらめく黄金の角。鋭い瞳孔を持つ目。辺りに雷が迸る皮膚。何メートルあろうか、という巨大な胴。聖の出身地であるニシグルベースで子供の頃に読んだ本に出てきた伝説の生物。口元からはみ出ている尖った牙までもが金色だ。

(龍やないか。)

(これが、ジンの正体なんか?)

稲妻の龍を従えて、ジンは呆然とする聖を笑う。龍が咆哮すると、皮膚から放たれていた雷がばちばちと大きく広がった。雷は電気塔の施設をたやすく破壊する。

「不思議そうな、顔を、していますね。これが、君たちとわたしの最大の力の差……。」

ジンが軽く龍を見上げると龍は巨大な牙を聖に向け、空を走り始めた。


 (何だ、今の音は?)

 ラピスは轟音を聞いて視線を前後に動かした。何となく、空気の歪みが感じられる。それは、10年前、闇のオメガと対峙した時の空間に感じたものと似ていた。そっと立ち上がるとキャリバーンを急いで手に取る。


 急激に彼の中に力が湧き上がってくる。

あの時と同じ、自分でも考えられない力。彼女を失った時に初めて生まれた、抑えられない力。

あの時と同じ、渾身の感触が。


 初めて見た異形の生物に、聖は動けなかった。自分目がけて真っ直ぐに襲いかかってくるのを十分理解していながら、足がすくんでいた。底知れない恐怖に思考が停止する。龍はその喉から轟音をたて、周囲の音を奪いながら牙を剥いた。

「最後だ!」

ジンの高笑いが聞こえる。それでも、動けない。恐怖のあまりに、目が閉じられる。


 しかし、しばらくして聖はゆっくり目を開いた。

龍に食いちぎられるなり、跳ね飛ばされるなりしたのならば、もう既に意識はなかっただろう。目前に広がっていたのは、火の粉を散らしながらそびえたつ障壁。そして、真横で息を切らせているのは、見慣れた仲間の影。

「ユキ……?」

龍は炎の壁に悶えて1度距離を取ると、再び咆えた。

「あぶなかった……。」

聖を見上げると、ユキはほっとしたように少しだけ笑った。顔に付着した血は乾いている。聖はその痛々しい横顔を見て一瞬目を伏せた。

「ユキ、無理すんな。俺はユキに守っては、」

「守っては欲しくないって……言うんでしょ?」

言葉の続きを当てられて、聖は黙った。

「でも、あたしは、皆をこの力で守るから。」

火焔剣がユキの手から生まれる。疲弊しているのは見てわかる。それでも彼女は最後の精神力を振り絞っていた。全ては彼女の大切なものを守るためだ。それも、最も大切な仲間を守るために。

(だって、ここで負けたら、皆が殺されちゃうじゃない。)


 剣は激しく炎を渦巻き、障壁はより厚みを増していた。龍は怒り狂って勢いを増し、障壁にぶつかってくる。巨大な龍の2撃目を再びかわせるとは限らない。その先にはジンが2人の最後を見つめている。

「待て、ユキ!」

聖が引き止めるのも聞かずに、ユキは龍に向かって剣を振り上げていく。


 雷と炎が交錯した。

周囲に電熱を走らせ、電気塔自体が揺れ動くような感触だった。火焔剣は龍に当たる瞬間、空に延びるかというほど膨張し、巨大な龍を一撃で焼き切った。

龍は音もなく空気中に分解し、姿を消した。


 

 後に残ったはずなのは、ジンだった。


 一息つく暇もなく、ユキはジンの行方を見渡した。戦いの光景を見ていた聖でさえ、ジンがどこに消えたのかはわからなかった。

「聖、ジンは……?」

思わず聖の方へ振り返ったユキの背後に、現れた男はあの暗黒色のエネルギーを左手に構えていた。


 「死ね。」

呪いの言葉とともに、それは左手から放たれ、障壁を張ったままのユキの身体が宙に舞う。ユキに向かって駆け出し始めていた聖にも同じように、その暗黒のエネルギーが命中した。

(あと、ちょっとだったのに、な、)

全身に走る激痛によって気を失いかけながら、ユキは思った。

(あと、1度、ジンに攻撃できれば、勝てたかも、しれないけど、)


 床に打ちのめされ、薄れていく意識の中でも思考は止まらなかった。無念さで泣きそうになる。視線を動かすこともできないが、辛うじて開いている目は、ジンが聖を踏みつけていることを知らせた。

(ごめん、皆、ごめん。)

ゆっくりゆっくり、筋肉が弱まって瞼が落ちていく。

彼女の視界が失われようとした時、走りよる足音と、ジンの胸を貫く白銀の剣が映った。



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