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ALIVE  作者: 瀬底そら
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砂の章1 思惑

砂の章1 思惑



 「ねぇ、聞いた?なんで、剣士がまたFASTAに入ってくるのかなー。」

 紅茶色の髪をいじりながら、小柄な女は不機嫌そうに口を尖らせた。彼女の右手には、ちょうど剣の柄のような長さの銀色の棒が握られている。着ている服は砂まみれで、鮮やかな緑色のフード付きコートを妙なコントラストに染めている。

「まぁ、怒るんじゃねぇよ。別にお前がクビだとか、そんなんじゃねぇんだろうが?」

後ろから長身の男が声をかける。しかし女は八つ当たりをするかのようにFASTA専用エリアに入るためにアイスキャンを行い、ドアのノブをがちゃがちゃとひねる。

「だってさ、気になるよ。」

「どうせ、あの副総監の奴が決めたんだろ?いちいち文句言ってたら、身がもたねぇ。」

男が呆れたように言うと、女はきっ、と男を見据え、ぷいっ、と顔を背けた。

「いーよね、シンは。あたしの気持ちなんか、わかるわけないよね。」

開いたドアをぴしゃり、と閉め、シンと呼ばれた男を締め出して、女は中へ入っていく。

「おい、ユキ、待てって……。」

苦笑いを浮かべて、シンは言った。


 世界最強の部隊、FASTAには、女剣士がいる。


 ユキは苛々しながら自室のドアを開けると、わざと派手な音をたてて閉めた。

 彼女はFASTA唯一の剣士だった。キュアベースで最高の地位にある防衛部隊のチームであるFASTAでは、基本規律としてポジションが重なることはない。格闘、狙撃、剣術といった各種攻撃方法のうち、防衛部隊で最も力がある者がFASTAに名を連ねる。つまり、彼女はキュアベース最高の剣士だということだ。

 FASTAの歴史的にも女で戦闘員というのは彼女一人だった。FASTAをサポートする通信要員や専属の医療要員ですら、女だったことは数少ない。ユキは小柄ながらも剣術に長け、何より戦闘における度胸だとかそういったものは男にも負けないと評価されていた。

 それだけではない。彼女が最高の剣士である理由は、もう一つある。


 パイロノイド、という言葉がこの世界にはある。

直訳すると「火薬人間」だ。

 パイロノイドとは生まれつき遺伝による、もしくは幼い頃に受けた何らかの影響で自ら炎を起こさせ、それを操る力を持つ「生物」のことである。その特殊性によって人間としては認められず、「亜人間」という位置づけで定義されている。

 かつてパイロノイドはその能力から恐れられ、差別されたことで、世界のとある場所で集落を作って暮らしていたらしい。しかしオメガの襲来が始まり、彼らは火のオメガではないかという疑いのもと、狩られていったと言われている。パイロノイド達はその恐るべき力で反撃し、それにより人間達にも犠牲者がでたため、互いの憎悪は膨れ上がり、最終的には全世界の防衛部隊の攻撃を受けて滅んでいったそうだ。

 だが、火のオメガは別にいたという話もある。パイロノイドを優に上回る炎の力を持つ者は自らをオメガと名乗り、防衛部隊に多大な被害を与えたのだという。だが、そのような真実を知っているのは防衛部隊だけで一般居住区の人々は知らない。パイロノイドとは、おそるべき能力を持つ亜人間であり、憎悪の対象であるだけだ。


 ユキは今となっては絶滅しているパイロノイドの一人だと言われている。なぜ彼女が生命を永らえているのか、その理由はおそらくキュアベースにとって彼女が素性を表さない限り、「害でない」からだろう。

 出生はよくわからない。まだ言葉もはっきりしないくらいに幼い頃に、当時のキュアベースの総監に拾われたのだという。当時の総監はすでに引退し、防衛部隊とはまったく関係のない一般居住区に住んでいる。


 彼女の炎を起こさせる力は、防衛に非常に役立った。彼女は炎を自在に操り、障壁にし、剣にすることさえできた。彼女が常に持ち歩いている丸い円柱状の金属棒は火焔剣の柄なのである。発動させない限りは、人を傷つけることもない。彼女の剣は敵の身を焼き切ってしまうことさえ可能だった。


 実際、先日の水のオメガと地のオメガの襲来時に運悪く副総監の視察護衛に出ていたが、一報を受け取るとすぐに戻り、水のオメガの攻撃を無効化させ続け防衛部隊の負担を大きく軽減した。


 「なのに、なんで?」

 不満顔でユキは呟いた。FASTAに同じポジションの人員は一人とするのが規則だったはずなのに。剣士は自分ひとりで十分なはずだ。シンが言ったように、副総監の都合なのだろうか。確かに、副総監との関係はよくない。しかし、それだけでは自分のプライドが許せなかった。

(役立たず、とでも言うの……?)

 障壁や火焔の剣を扱うには、パイロノイドと言えども、非常に大きい精神力がいる。人間に例えれば、ひどい頭痛を持ちながら指先の作業をするような疲労を感じるものだった。戦闘中は緊張や集中でそこまでの疲労を感じないが、戦闘後の消耗は一番激しい。あまりの疲労で倒れてしまったことさえある。


 ユキはそれを出し惜しみせず、防衛に使ってきた。パイロノイドの真実を知る者から悪意ある言葉をかけられても、聞こえないふりをして剣の腕や運動能力も訓練を重ねてきた。

(なのに?)

FASTAに剣士は一人でいい。ユキは長い睫毛を閉じると、疑問を払拭するために眠りにつく。


 「おい、聖、いいのかよ?」

煙草の煙を吐き出しながら、シンは書類を捲る男に声をかけた。聖と呼ばれた男は手を止めると、書類を机に放り投げる。

「ユキがえらく気にしてるぜ?」

「わかってる。俺やって、変やと思ってるねん。」

 キュアベースより北の山岳地帯にあるニシグルベースで育った彼は、その地特有の訛りのある言葉で言い返した。もう転任してきて10年以上が経つが、彼の訛りは抜けない。

「FASTAに同じポジションは一人ってのは、規律にもある。そやし、ユキはどう見ても一流の剣士やで。男にも負けんし、俺やって本気で戦ったら勝てる自信ないわ。これがただの上の連中の我侭やとは俺やって思えん。」

 聖はFASTAのリーダーだ。上層部からの指名も大きかったが、それ以前にFASTAのメンバーからの信頼も厚い。責任感があり、優しく、何よりも仲間想いの彼にも今回の判断がどこから生まれたものなのか、いささか疑問だった。シンは聖の10年来の親友であり、切磋琢磨するライバルでもある。

「まぁ、俺も俺なりにどうにか探ってみる。その、転任してくるラピスって奴が悪いわけじゃねぇし。最近オメガの来襲率が上がってるのもおかしいぜ。絶対なんかあるに違いねぇ。」

 聖が放り投げた書類に目を通しながら、シンが言う。細かく記載された経歴はなかなか立派なものだ。

 聖は小さな溜息をつく。FASTAはキュアベース最強の部隊でありながら、総監や副総監といった上層部とは意見の食い違いが多い。その傾向は聖とシンとユキがFASTAの中心にあるようになってから、特に顕著だ。これでまた新たな火種がついたのに間違いない。

「とりあえず、明日そいつも含めて話せなしゃーないやろ。」

煙草の火を消し、シンは静かに席を立った。聖はそれを見送ると再び書類を手にとって、大きな溜息をついた。



 砂漠の大地に、赤い太陽の光がゆっくりと射した。

 キュアベースは過酷な砂漠の中では意外なほどに巨大なオアシスを中心に造られた居住空間だ。大きなシェルター状の建造物で、砂漠には不釣合いなガラスのような光を反射している。シェルターを中心に周りに電気塔や通信塔が立ち並び、それを保護するように高い壁が張り巡らされている。

 カーテンを閉めていても何となく感じるこれまでと違う空気が気になって、ラピスは目を覚まさせられた。ラピスには客人向けの部屋があてがわれていた。カルアベースに度々訪れる要人の警備をやっていた頃、部屋の外から見ていた豪華絢爛なその部屋に自分が案内されるとは思ってもいなかった。無駄に広いベッドに、ふかふかの敷物。この部屋に至っては、まるで高貴な身分の女性が使うような豪勢な浴槽までもがある。一人で使用することは考えられていないつくりだった。


 FASTAへの正式な入隊は、今日の1200時から行なわれる入隊式で告げられることが昨晩の案内で告げられていた。部屋に備え付けてあるウォーターサーバからコップに水を入れ、一口口にする。カルアベースの水よりもまろやかだ。少ない荷物の中から、カルアベースの正装を引っ張り出す。カルアベースが極寒の地だからか、厚みがあり正直なところごわごわして動きにくいそのジャケットには戦闘に不向きなフードまでついている。窓を開けると強烈な光が差すこの地でキュアベースの正装が配布されるまでは我慢するしかない。

 正装に着替えて、カードキーを通し、外に出ると辺りは静まり返っており人一人いない。隣の部屋の前まで行くのにさらに認証を必要としている。約束の時間まで02時間弱だ。ラピスは暇つぶしにひたすら左の方へ進んだ。突然現れた広いロビーには上質なソファと机、そして書物の詰め込まれた棚がある。肖像画が飾られているが、誰だかわからない。

「あれ?」

不意に前方から声がした。そこには見たことのある女の姿があった。

「きゃっ、ジュリスト先輩!」

ハニーブロンドの巻き毛が揺れる。しかし、心の中で舌打ちをするほどラピスはその女が苦手だった。

「おはようございマス。先輩がこっちへ来られるって聞いていました。私、本当に嬉しいですっ!」


 彼女の名は、イーシス=ソワール。カルアベースからラピスより先に転任してきたのだった。戦闘員でなく医療班の一員であり、現在甚大な被害を立て直している最中のキュアベースの医療に従事する目的だった。今も医療班らしい白衣をまとっている。誰が見ても美人の部類に入るような女だ。

「先輩、今、お暇なんですか?私、今お客様に薬を届けにいくところなんです。」

碧眼の瞳をきらきら輝かせて、イーシスは言う。ラピスは無言で彼女を遠ざけた。

「先輩、待ってくださいっ。」

後ろで何か言っているイーシスを置いて、自室へと戻る。何も話したくない。イーシスを見かけると一気に気分が重くなる。過剰な好意を自分に寄せる女は彼には苦痛でしかない。


 (そうか、あの女もこのベースへ転任していたんだったな。)

 部屋に帰った後もラピスはうんざりしていた。再びベッドに寝転がる。そしてすぐ近くに立てかけてあった剣を手に取った。

(ユーナ……。)

心の中で呼ぶのは、あの日、闇のオメガに殺された少女の名前。そしてこの剣は、彼女の形見でもある。


 彼女は世界でもっとも西にあるベース、タイラーベースよりもさらに北西に里があると言われているリキの一族の娘だった。

 リキ族にはある伝説が残されている。それは遺伝を伴わない瞳の色に関するものだ。そもそもリキ族の瞳の色は一般的にはグレーなのだが、まれに翠の瞳を持って生まれてくる者がいる。

 リキ族の伝説の英雄がまれに見る翠の瞳の持ち主であったことから、その瞳を持つ者は世界を救う者だと現在も信じられていた。リキ族は手先の器用な人々で、彼らの作る芸術品は世界的にも高い評価を得ていた。翠の瞳を持つ者は、その一族が誇る4の武器を受け継いでいく使命があった。

 ユーナはカルアベースに移住していたリキ族の父母から生まれた。彼女が翠の瞳をもって生まれてきたのを周囲の者は運命だと感じたに違いない。なぜなら、父は若くしてカルアベースの総監となった豪傑だった。そして彼女は一族の4の武器のうちの1つ、キャリバーンという名の大剣を受け継いだ。なぜ女性に不向きな大剣を、という意見もあった。他にも翠の瞳を持ったリキの一族がいたからだ。そういった意見は里の最高権力者である占い師によって封じられた。彼女こそが、剣を手にすべき者、という占いの結果がでたのだという。


 あの日、ユーナが死んだ日。

 父であった総監は、その剣をラピスに渡した。ユーナから伝説を聞いていたラピスは戸惑い、初めは受け取りを拒否した。彼はリキの一族の出ではないし、ましてやその伝説の翠の瞳の持ち主でもないからだ。しかし、総監は彼に剣を託した。

(いつか、必ず仇を討って、キャリバーンをユーナの元へ。)

このことだけを目標に、今まで生きてきたのだ。

あの日から感情を殺し、たった一人で。


 「おい、もう1200時過ぎてんで?新入りはどないした?」

 聖はFASTA専用ロビーの掛け時計を見て、赤毛の少年に問い掛ける。

「いや、僕もちょっとわからないんですよ。さっき部屋に連絡してみたんですが、音信不通で……どうしましょうか?」

聖は少し何かを考えていたが、一つ大きな溜息をつく。

「しゃーないなぁ、アレックス、ユキに迎えに行け、て言うてきてくれるか?」

「えっ、は、はい、言ってきます!」

アレックスは急に言葉を詰まらせながらもユキの部屋の方へ駆け出す。一番年下の彼はまだFASTAに入隊したばかりだ。彼は8歳年上のユキに強い憧れを抱いていた。それはあまりにも明らかで、ユキが気づいていても全くおかしくないほどだった。シンのからかいの対象にもなっているほどである。

 アレックスは憧れの人と話す自然な口実ができたことで舞い上がっていた。


 「なんであたしがそんな奴を迎えにいかないといけないのよ。」

 ユキは聖に食ってかかった。それもそうだろう。昨日の疑問もまだ晴れてはいない。機嫌もよくない。年下のアレックスに怒りをぶつけても仕方ないと判断したのか、聖には強い口調で責め立てる。

「頼むわ、そんな怒らんと行ってきたってくれや。迷子になってんのかもしらんやろ?」

聖は優しい口調でなだめる。がっちりした体格がやけに小さく見えた。

「もう、仕方ないなー。」

聖に頼まれると最後までどうしても逆らえない。それは彼の天性の持ち味であり、長所であった。ユキはふくれたままロビーを出て行く。

(FASTAに二人目の剣士はいらない・・・・・・)

ユキの背中が無言の訴えをしているようで、聖はその背中をじっと見つめた。


 先刻からドア越しに何度呼びかけても返答はなく、あたりを捜索しても誰もいないことに、ユキの心の中で怒りが増長する。

「つくづく、腹が立つ人!」

ドアに蹴りを入れても、ドアは開くわけがない。重厚な客人用の部屋のドアはゴン、という音を立てるだけだ。ユキは腰に差してあった円柱状の金属棒を手に取った。それを一振りすると、赤く輝く剣が伸びる。火花がちらり、と揺れ、少し辺りの気温が上がった気がした。

「これで起こしてやるわ。」

独り言を呟き、ユキはドアに向かって火焔剣を振るった。ジジジ、という煙を上げて取っ手が焼き切られて、木の焦げる匂いが辺りを立ち込めた。

 激しい苛立ちからかあっさりとドアは壊れた。ユキが一瞬目を伏せると剣はゆっくりと消える。ドアを手で押してユキは客室に立ち入ろうとしたが、すばやい動きでしゃがみ、再び不可思議な剣が生成された。

ユキの頭上をひゅっ、という音と共に何かが走った。

「誰だ?」

鋭い動きでラピスが鞘に入ったキャリバーンを構えていた。しゃがまなければ、剣は確実にユキの身体に食い込んでいた。ユキはラピスを強い視線で睨みつけると、剣を向ける。

「やるの?」

 自分の剣を避けたのが女だとわかり、ラピスは意外そうな表情を向けた。今なお、きつい視線を投げかけるユキは激しい苛立ちを隠しながらラピスに言う。

「もう入隊式の時間なんですけど?わかってます?」

無言でラピスがうなずくと、ユキは剣を消した。ラピスはその剣に少し驚いたものの、それよりもさっき自分の攻撃をかわしたことに感心していた。

(世界最強と呼ばれるFASTA、ここに入れば、ユーナの仇を討てる?)

その可能性が少し見えた気がしたのだ。


 ユキに無言で案内された式場は、たった一人の入隊式に対して大げさすぎるほどの人数が集まっていた。カルアベース屈指の剣士であったラピスへの対応は、総監や副総監も含め多くの上層部からの歓迎であった。激励や期待を寄せる言葉にうんざりしながらも、手前だけはいい言葉を返していく。

 それに対し、FASTAのメンバーの表情は険しい。すでに剣士がいるのにさらに剣士を補充する規律破りを普段口うるさい上層部が犯している。さらに入隊式に遅れたのにもかかわらず、あのちやほやぶりを見せつけられているのである。怒りを無表情に隠すユキ、あからさまな呆れた表情を見せるシン、人がいいなりにも納得できない聖、異様な雰囲気にとまどうアレックス。前回の襲来で負傷し、治療中でこの場にいない女を除いた皆が、すっきりしない感情を揺らめかせている。


 ラピスもこの異様な雰囲気を感じないわけがない。

横目でFASTAのメンバーを伺うものの、癖のありそうな者ばかりだ。しかも先刻にドアを潰し自分に対して剣を向けたあの女までいる。世界最強の部隊は、ただ気が荒いだけのならず者なのだろうか。

(こんな奴らに、何がわかる?)

あの日から自分が抱えてきた、救いようのない苦しみ。仇を討つことだけがすべてである自分の生き方が、ただの戦闘者にはわかるわけがない。

(肩書きはどうでもいい。俺はユーナの仇を討って、そして、)

(そして、カルアベースに帰ろう。一生をユーナの傍で終えよう。)

亡くした恋人と過ごした極寒の地に向けて、ラピスの想いはまだまだ読み上げられる辞令を聞き流しながら馳せられていた。



 長い入隊式がやっと終わった。ぞろぞろと列をなして式場から出て行く上層部を見送ると、そこにはラピス一人とFASTAのメンバーが対極に立っていた。重い空気が間に感情の壁を作り上げているかのようだ。

「……なんや、皆黙ってやんと。」

一言目を発したのは、何とかこの空気を断ち切らんとばかりに訛りのきつい言葉で話し出した聖だった。

「まぁ、一旦部屋戻ろうか。」

続きの言葉が見つからないのか聖は全員をFASTA専用のエリアへ帰ることを促した。


 FASTA専用エリアへはアイスキャンがないと入ることができない。ラピスはなぜか親切に対応してくれる聖に言われて初めてその場所へ入った。そこは想像以上のに整った施設で、円形状のロビーともいうべき広間の先にはそれぞれの部屋と思われるドアが並んでいる。壁にはぎっしりと書類やら並び、事務作業用の机の上にも書類が重なっている。

「アレックス、なんか飲み物いれてーな。」

アレックスは元気に返事をすると入り口のすぐそばにある共用の小さなキッチンに向かう。

 ユキはラピスに背を向けてさっさとソファへ移動し、シンはゆっくりとその長身を揺らしながら歩いていく。ラピスはその様子を伺うしかない。聖はユキとシンがソファに移動し、何か話しだしたのを確認するとラピスのすぐ隣に立った。

「ええか、とりあえずやけど、あんだけ上層部が至れり尽くせりの対応をしとるあんたの何がすごいんか、俺らはまだ納得しとらん。」

小声で自分を見るのでもなく、聖はラピスに話しかける。

「せやけど、俺はあんたをFASTAの一人やと認めたる。あんたに罪はないからな。せやから、早いとこ、あいつらを納得させてや?」

人柄の良さそうな温和な目がラピスに向けられる。そして聖は少しだけうなずくと、ソファに向かって歩き出した。


 元々、ラピスは自分から話をするタイプではない。促された自己紹介も、あまりにも短い言葉で終わってまい、黙り込んだラピスを見て、リーダーである聖は仕方なしに書類にあるプロフィールの話題をふる。しかしその内容はカルアベースでは本当にオーロラと呼ばれる超常現象が見られるのか、だとか、特に戦闘などに関係のないようなことばかりだ。

 ラピスはFASTAの中ではまだ何となく好感の持てる存在である聖からの質問だからこそ、一言二言答えたのだった。


 オーロラの話を聞き満足したのか、聖は続いてFASTAに元々在籍しているメンバーを紹介し始めた。

 まず聖はさっきから飲み物を出している赤毛で眼鏡の少年を呼んだ。少年は緊張したのか、真っ赤になりながら、自己紹介を始める。

「ア、アレックス=カルロー、19歳です。その……一応、エンジニアをやっています。あの……上層部との連絡は僕にお願いします。それで……今はマリフさんが怪我をされているので、他のベースとの調整もやっています。はい、あの、よろしくお願いします。」

そして、緊張のため喉が渇いたのか、一気に飲み物を飲み、むせてゲホゲホと咳き込んだ。その様子をくすくす笑っていた男が次に指名された。

 「シンジャーク=A=スバリー。通称シンと呼ばれてる。今のうちに言っておくが、俺は上層部とはひどく仲が悪ぃ。俺の前で、上層部のイヌになるんじゃねぇ。以上。」

その浅黒い肌から、ラピスはシンがユーナと同じリキ族の血を引いているのだと直感した。しかもシンの鋭い目つきは、ユーナと同じ翠の瞳をたたえ、ギラギラと光っていた。

(こいつも、世界を救うと言われている者なのか……。)

世界を救うと言われながらも、死んでいったユーナと同じ翠の瞳はラピスの心をまた、故郷に馳せさせる。

 次に指名されたのは、ラピスに剣を向けたあの女だった。

「……ユキです。あたしも今のうちに言っておくけど。」

一度言葉を切って、彼女は次の言葉を強調した。

「あたしは、あんたをFASTAの剣士として、認めないから。」

「まぁまぁ、」

聖がその言葉に割って入る。こういう事態は勿論予測できていた。何しろ、ラピスのFASTA入隊を最も気にしていたのは、ユキだったのだからだ。

「ほんで、俺やけど、俺は霧峰聖。一応リーダーをやってるからな、なんか困ったことやらわからんことがあったら言ってくれや。あと、も一人、マリフっていう女の子がおるんやけどな、今怪我しとって治療中やから、また後で紹介しにいこか。」

ユキの話を無理矢理終わらせて、聖はふう、と溜息をついた。

「ほんなら、一旦は解散にしよう。ラピス、やったな、あんたは俺にちょっとついてきて。部屋とか用意せなあかんからな。」


 (あの女、何をそんなに苛立つ必要がある?)

 ユキの一言が、ラピスに少なからず疑問を抱かせる。聖を除いたFASTAのメンバーが、それぞれの部屋や任務に帰っていき、ロビーは静まり返っていた。

(入隊式の時間に遅れたことがそんなに気に入らないのか?)

無言でユキの去った方を見つめるラピスに、聖が言う。

「気になるんか?」

それは冷やかしの入ったようなものではなく、真剣な眼差しだった。

「いや。」

気にならないわけではない。何となく、彼女の存在が自分のFASTAにおいての生活に不安の影を落としかけることになるのではないだろうか、とふと考える。しかし、そんなことはまだ入隊したばかりのラピスが、リーダーである聖に伝えるべきことではなかった。

「そうか?……まぁええ。あいつらの説明でわからんとことかあったら、俺に聞いてくれな。答えれることは答えたる。そしたら、今日は俺があんたの部屋とか、キュアベースの構成とか、緊急時のこととか、いろいろ必要なことを案内するからな。早めに覚えてな。」

聖は再び温和な笑顔を見せた。そこには、彼が何故リーダーなのかを物語るような力強さが感じられた。


 ラピスは聖からその日一日、オリエンテーションを受けた。

まず、自室となるロビーから直結の部屋。そして、キュアベースの構造について。

後一人のFASTAのメンバーであるマリフというエンジニアが現在治療で滞在している医療棟や、上層部のいる地上4階のこと、防衛部隊以外の一般居住区のある地下部、その他のフロアや立ち入り禁止区など、一日ではとても覚えきれないものだ。

「あのな、一日で覚えるのは無理やと俺も思うねん。せやけど、ここだけは覚えてくれな。」

聖はラピスをなるべくリラックスさせようとしてか、それともその人柄からか、ラピスにとっては心地よい待遇をしてくれたのだが、この時ばかりははっきりした口調だった。それは、地図上に示された立ち入り禁止区の説明だった。

「地下4階……ここは一般居住者もFASTA以外の防衛部隊も存在を知らん。ほんで、上層部によって立ち入りが禁止されとる。」

「なぜ?」

ラピスの反射的な質問にも、聖は首を横に振った。

「俺もわからん。せやけどな、ここだけは行くな。昔、ちょっとした出来心で、行った人がおったんや。それは、俺の先輩にあたる人やってんけどな。その人は、もう普通の状態で帰ってこんかったんや。」

最後の方は、聖が声をひそめた。それは思い出したくない過去を思い出したかのようだった。

「普通の状態?」

(死んだ、ってことか?)

 ラピスは直接的な表現を避けた。聖はさらに声をひそめた。

「言うたら、精神的にやられたみたいになってな……俺にはわからんけど、あそこには何かあるんやと思う。せやから、FASTAの一員としても、あんたには行ってほしない。わかるやろ?絶対に行ったらあかんで。」

聖はそこまで言うと、地図の立ち入り禁止区に大きくバツ印をつけた。彼の有無を言わさぬ説明に、ラピスは理解を示すしかなかった。


 「そしたら、何か聞きたいこととかある?あるんやったら遠慮せんと聞いてくれや。」

聖は地図を折りたたみ、ラピスに手渡した。

「……なぜ俺を認めた?」

ラピスは聖に質問を返す。それは、ラピスにとって自然な疑問だった。それを聞くと、聖は自嘲気味に笑う。

「俺はな、リーダーやからな。」

その顔は一種の誇りに満たされていた。

「今、あいつらがあんたを気にいらんのは、上層部の規律破りと、ユキのポジションが関係しとる。FASTAに剣士っていうポジションは普通は一人だけなんや。それを頑なに決めた上層部がいきなりこれやろ?それは、確かに俺も気に入らん。せやけど、何度も言うけどな、転任してきたあんたに罪はないやろ?あんたは、言わば、この前のオメガの襲撃でボロボロになったキュアを守るために転任してきたわけや。せやから、あんたに八つ当たりしたところで、何の得にもならんってことや。」

(頭が、いいんだな。)

 ラピスは聖をそう見た。FASTAはただ気の荒い戦闘者ばかりの集団ではないようだ。それはラピスにとっての人生の目的を達成するためには好都合だった。

「まぁ、とにかくやけど、あんたの実力は俺らにはまだわからん。せやから、もしかしたら俺が今言ったことも撤回されるかもしらん。ただ、あんたはカルアベースでもなかなか剣士やってことやし、俺は結構期待してるで。」

聖は明るく言う。

(それが、ユキの負担を減らすことになるんかもしらんしな。)

 ラピスの思考の届かないところで、聖は別の思惑を抱えて少しだけ表情を曇らせた。



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