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ALIVE  作者: 瀬底そら
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月の章3 予兆

 ユキは自室のベッドに転がったまま、棚の上にあるキャンドルへ視線と向け、少し意識を集中させた。数秒後、ぽっとキャンドルに灯りがつく。彼女にとってそれくらいのことは簡単なことだった。

 ユキにとって昨日の敗北のショックは大きかった。そのためか、訓練はしたいが部屋からでたくなかった。ふかふかの布団にくるまって、天井を見上げる。

(負けるなんて……。)

火焔剣で戦えば結果は違ったのかもしれない。ただ、技の部分で力の差があったのは認めざるを得なかった。あの男の剣は鋭く、だからといって軽いものではなく、想像以上の重みを備えていた。彼女はキュアベースの中の剣技ではここ数年負けなしだったのだ。それがたとえ聖やシンであっても。目をつぶると涙があふれる気がして、ユキは目を閉じなかった。


 一般居住区の、いわゆる富裕層が多い位置にある酒場にシンはいた。連れているのはアレックスだ。眼鏡の奥の気の弱そうな目は、珍しそうにきょろきょろしている。

 通常、FASTAが連れ立ってでかけることはほとんどない。しかしシンはアレックスを弟のようにかわいがっていて、度々飲みに連れて行っていた。

「シンさん、大丈夫ですか、ここ……。」

暗い照明で不安なのか、アレックスは弱気だ。

「何言ってんだよ、ここは女の子がかわいいから大丈夫だぜ。」

少し酔っているようだ。店の女性は踊り子かといわんばかりの露出したまばゆい衣装を身に着けていて、目のやり場に困ってしまう。

「いや、僕、ちょっとこういうところは苦手ですよ、困りますよ。」

困り顔のアレックスを見て、シンはいたずらっぽい笑顔を見せた。

「そういうんじゃねぇよ。ほれ、飲め。」

無理やりグラスを握らされるとしぶしぶと酒を飲む。喉を通り抜ける液体が熱く感じられる。よくわからないが、きっと強い酒なのだろう。シンは表情を変えずあっという間にグラスを空けた。

「もお、勘弁してくださいよ、ほんとに……。何かあったんですか?」

「ふん、さすが、お前は鋭いもんだ。ってことで、じゃんじゃん飲もうぜ!」

一瞬、シンが遠くを見たのをアレックスは見逃さなかった。何か大切なものを探すような、あまり見たことのない表情だった。


 珍しく、ロビーのソファにはマリフ一人が座っていた。もう夜も遅いが、熱心に難しそうな本を読んでいる。ラピスは素通りしようかしないかを一瞬迷ったが、先にマリフが気がついたのだった。

「どうかしましたか?」

微笑むマリフの顔がとうに亡くなっているユーナの記憶と重なって、呆然とする。心


の安らぐ表情とはこのようなものなのだろう。

「いや、ちょっと喉が渇いて。」

「あっ、じゃあ何か飲み物いれてきますね。」

マリフはすっと立ち上がるとさっさとキッチンへ向かった。彼女と直接言葉を交わしたのは初めてだった。もう断るわけにもいかず、ソファに腰掛ける。『貴族社会の掟』と表紙に書かれた本はカルアベースで目にしたことがあるものだった。

「どうぞ。」

「どうも。」

温かい飲み物は喉の渇きを潤してくれる。マリフはついでに自分の分も用意してきたようで、同じようにすすった。

「FASTAはどうですか?慣れました?」

何となく、邪険にするのはこわかった。無言でうなずくと、マリフはくすっと笑みを見せる。

「今のFASTAは居心地いいと思いますよ。ぐちぐちうるさい人もいないですしね。」

マリフはそのまま何か話を続けているが、ラピスの頭には全く入ってこなかった。さっきの笑みがまるで生前のユーナの仕草と同じだったからだ。顔も声も全く似ていないのに、その動きが記憶を逆流する。

「あら、私何か面白いこと言いましたか?」

「いや、別に・・・・・・。」

突然問いかけられて慌てて否定する。

「ラピスさん、あまり表情が変わらないですけど、今少しだけ笑ってるように見えましたよ。」

「あ、いや、・・・・・・ごちそうさま。」

一気に飲み物を口の中へ注ぎ込み、ラピスは席を立った。

 急いで自室へ戻り、洗面台の前に立つと鏡の中の自分を見つめる。

(何を今更、探してるんだ。もう、いないユーナの面影を、気づかないうちに追っているのか?)

 ユーナは二度と戻ってこない、というのとは頭ではわかっているつもりだった。だから闇のオメガを倒したら、カルアベースへ戻り、せめて葬られた場所に寄り添って生きていきたい、と願っている。生きている者にその面影を追うなんてとんでもない。

 おもむろに冷水を頭からかぶり、ラピスは荒い息をついた。


 「ねー、聞いた?医療棟の美人の話。」

数日が経ち、ロビーで定例会議を行った後、ユキは唐突に世間話を始める。

「なんか美人すぎて、お偉方が色めきたってるらしいよ。ほんとバカだよね。」

「おー俺も聞いたで、金髪、青い目の色っぽい美人らしいなぁ。まー俺のタイプではないけど。」

聖が付け加える。シンは黙ったままちらり、とラピスを見たが、当の本人は全く興味がなさそうにいつも通り伏目がちに視線を落としていた。

「ふん、俺はこないだデートしたがな。」

その一言にユキは怪訝な表情を向ける。

「あー、あの人?確かに美人だったねー、って、もう手をつけたんじゃないよね?」

「ちげーよ、まだ何もしてねぇって。」

失言した、と後から気がついてシンは苦笑いし、さっさと席をたつ。その時もラピスはまるで興味がなさそうで、会議が終わったのなら、と同じように立ち上がる。聖とユキ、アレックスとマリフはその美人についてまだ噂話を繰り広げている。

「なんか、総監が食事に誘ったって聞きましたよ。」

「私も見てみたいなー、ユキちゃん、いいなー。」

盛り上がっているロビーを去りながら、シンは小声でラピスに問いかけた。

「お前、本当にあのコ、興味ねぇの?」

「・・・・・・誰のことだ?」

「イーシスちゃん、あのきれいな。」

「・・・・・・興味ない。」

やっと誰のことかを理解したように、ラピスは小声で返した。

「ふん、じゃあ誰に気兼ねをする必要もねぇってことだな。」

挑発的なその発言にもさして驚いた表情を見せないラピスにシンは心の中で驚いていた。


 久しぶりの休暇日にイーシスは自室のドレッサーの鏡を覗き込んでいた。狭い部屋だが家具の持ち込みは可能であり、彼女はカルアベースからお気に入りの白いドレッサーを持ち込んでいた。たった数日で、自分の身体に生じた変化を感じている。

「・・・・・・妖精さん、ありがとう。」

鏡に向かって話かけると、鏡に映った自分の姿が少しずつぼやけていく。異次元のようなぼやけた空間からゆっくり姿を現したのはイーシスとは別の美しい少女。

「いいのよ、喜んでくれたのならうれしい。」

金か銀か、何にせよ美しいまっすぐな髪をゆらして少女ははしゃいだように笑う。

「イーシスは、好きな人を振り向かせられそう?」

神秘的な紫色の瞳がしっかりとイーシスを見据える。イーシスはその問いに自信なさそうに首を振る。

「なかなか、うまくいかないの。他の人からのお誘いはたくさんあるのよ・・・・・・でもあの人からは音沙汰がないの。」

「そうなんだ・・・・・・でも大丈夫だよ。イーシスはその願いが叶ったら、私のお願いも聞いてくれるんだよね?」

「そうよ、妖精さん。私は先輩と結ばれたら、あなたが鏡から出ても生きていけるように契約を結ぶわ。」

その言葉を聞いて、少女の瞳は一瞬、少女らしくない妖しい光を帯びた。イーシスはそれに気づかないまま、うっとりした状態で話を続ける。

「私の魂の半分、先輩と結ばれてずっと一緒にいられるなら、あなたにあげる。」

「ありがとう、じゃあもう少し私の力をあなたに預けないとね・・・・・・そのためにいくつかお願いがあるの、聞いてくれる?」

イーシスは大きくうなずく。

「もうすぐ、満月なの。満月の2日前に、窓から射す月の光を集めて、この鏡に集めてほしいの。そうすれば私の力をイーシスにもっと預けることができるの。」

「わかったわ、妖精さん。言われたとおりにする。」

 激しい恋に陥ったイーシスにはこの妙な妖精なる者も、それが話す契約も、何も疑う余地がない。ただ、妖精と出会った日から日増しに増すラピスへの想いと、自分の身体がより男性から見ると魅力的に変貌している、ということだけが頭の中をよぎる。すぐにでも、ラピスを手に入れたい。たとえどんな手段を使っても、と衝動に走りそうになるのを妖精が諌め、それではいけないと言う。その理性的なアドバイスから、まるで彼女は心酔してしまっていた。

「大丈夫だよ、イーシス。あなたの魅力に堕ちない男なんていないわ。」

少女は自信ありげにうなずくと、鏡の中に姿を消した。イーシスはその様子を見届けると、ふらふらとベッドへ倒れこむ。

「先輩・・・・・・ジュリスト先輩・・・・・・。」

悩ましげに恋する相手を呼び、うわ言のようにつぶやきながら、急な眠気に彼女は襲われていった。

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