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ALIVE  作者: 瀬底そら
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月の章2 対峙

 静まり返った非常階段の踊り場で対峙する2つの影。

「別に、真剣でもいいんだけど。」

鞘を握ったラピスを見てユキはそれを侮辱だと感じたのか、冷たく言い放つ。

「ならあんたもあの炎の剣でも構わないが。」

言われた反動で言い返す。それを聞いてユキは少し笑った。ラピスはそのユキの表情を前も見た気がしていた。悲しげな表情を一瞬で隠して、無理やり笑みを浮かべているような。

「それは無理。聖やシンも文句言われるでしょ。」

(俺を負かすつもりか。)

ユキは自分が負けるとは微塵にも思っていない。火焔剣を使えば、ラピスは火傷を負うだろう。一応、同じFASTAにいるこの男を傷つければ、リーダーである聖が何を言うかわからない。

「わかった。」

ラピスは無駄な言い合いを一言で終わらせた。


 暗く静かな非常階段の踊り場に、似つかわしくない殺気が満ちている。

ラピスはユキの出方を伺っていた。自分よりも随分背の低い彼女に静かに睨みつけられるのは、ひどいプレッシャーだった。そもそも、近頃は女とここまで視線を合わせたことがない。だが、彼女を女として認知するのは危険だと感じた。

 ふと、ユーナのことを思い出しそうになるが、ラピスは気づかれないように小さく頭を振ってそれを払いのけた。

 しかし、その瞬間をユキは逃さなかった。ラピスは辛うじて鞘を構え、ユキの一撃が頭上を襲ったのを防いだ。洞察力においても、彼女は一流だ。隙を見せようものなら、すぐに命をとられるだろう。

 ただ、今の一撃はラピスにユキの弱点を知らしめた。ユキはラピスが自分の攻撃を防いだのを感じた瞬間、すぐに反撃を避けて遠のく。

(これは、どうしようもないことかもな。)

ユキは確かに一流の剣士だ。しかし、扱う剣が他の者と違う。それは最強の武器であるが、他の剣では別の弱点が見出された。素早い動きで今度は腹を狙い、その棒は鞭のようにしなる。ラピスは速さに感心しながらも、片手でその攻撃を受け流した。


(普通なら、入るんだけど、)

ユキは攻撃が決まらないことへ焦り始めていた。キュアベースにおいて、ユキの攻撃を避けれる者はそうそういない。だいたい3回ほど打ち込めばユキの勝利が決まるものだ。しかし、ラピスはそれを器用に受け流す。

(腕力だけ、じゃないの?)

ユキは腕力だけの相手には負けたことがない。反対に、素早さだけの相手にも負けたことがない。そして、腕力も素早さも持ち合わせる者には、相手よりも早く、一瞬で相手を絶命させる炎の剣がある。

 ラピスは驚くほど静かに自分を見据えている。涼しい目で馬鹿にされているような気分になり、唇を噛んだ。

「あんたが、あの剣を使わない限り、負けないが。」

自分の相手が自分の弱点を握ったことにユキは勘付いていた。刃によって斬るのではなく、火焔で彼女は「焼き斬る」のだ。その攻撃を活かすために、ユキは剣術と天性の素早さを磨いている。刃の扱いにおいてラピスよりも長けているという自信が徐々に失われていく。

「いちいち腹の立つ言い方!」

思わず剣の勝負とは関係のない言葉が出てしまう。

「だいたい、あんたに、何がわかるの?」

ユキがFASTAを降格することになれば、彼女はすべてを失ったも同然だ。仲間を失い、自分の居場所を失ってしまう。それは彼女にとって死と同じだった。

「俺は別にあんたを不幸にしてやろうとは思ってない。」

気に入らないのは確かだが、ラピスの本音だった。正直に言えば、FASTAの問題などどうでもいい。それよりも自分の全てだったユーナを殺した、闇のオメガを倒すためにFASTAに所属しているだけだ。

 ラピスは初めて、攻撃の構えを取った。形見の剣の鞘はまるでそれ自体が立派な剣であるかのように渋い光を放っている。じりじりとユキの方へにじり寄ると、見えない剣を振るった。


 それはあまりに卓越していたため、真下から斬り上げる攻撃に対し、ユキは何とか力ずくで防御するにとどまった。両手が重みで震えて、そのまま剣が自分の首をかすめないようするので精一杯だった。鋭い斬撃のうえ、その重みは想像を超えている。背中を嫌な汗が流れる。二人はそのまま静かに剣を重ねていた。

「もう、いいだろう。」

しばらくしてラピスはユキに言い放った。ユキは何も言わない。キャリバーンを鞘に収めると、ラピスはユキを振り返った。静かな炎がそこにはある。

「安心しろ、このことは誰にも言わない。」

なぜそんな言葉を言ったのかはわからなかったが、それだけ伝えるとラピスは階段を下りていく。


 シンは鼻歌交じりでFASTAロビーへ向かっていた。イーシスとは何があったわけでもないが、彼の機嫌はよかった。曲がり角を曲がったところで、ロビーに向かうもう一つの影を見つける。

「ユキ。」

声をかけられた女は振り向くと、立ち止まった。

「なんだ、訓練か?」

彼女の手にあったのは、真っ黒に焦げた木の棒だ。それを持つ手は黒ずんでいる。

「あー、うん、まぁね。」

シンの訝しげな顔を見て、ユキは無理に笑ってみせた。それをシンは見逃さなかった。

「……何か、あったのか?おかしいぜ?」

無理に繕った笑顔は見破られる。ユキは首を横に振った。

「何にもないよ。それより、また揉め事の原因作ったんじゃないよね?」

普段から釘をさされていることを言われて、シンは苦笑いをした。

「ねぇよ。だいたい、ユキに言われたくはねぇな。お前だって一度くらい男作ったらどうよ?」

「バカ。」

ユキは呆れたように言い返す。シンはユキの表情が普段のものと戻りつつあるのをひそかに確かめる。昔一度聞いたことがある、ユキの好きなタイプは『優しくて頭がよくて自分を守ってくれる男』だった。ユキが強すぎるからか、そんな条件に当てはまる男はそうそうにいないと思う。それだからか、彼女はこれまでに恋人などいなかったように見える。

「相手してやってもいいぜ?お前、女らしくはねぇが、顔は可愛いし。」

何か上の空のユキをいつものユキへ戻そうと、シンは新たに追い討ちをかける。

「はぁ?遊び人は嫌ですから!」

ぶっ、思わずとふきだした後、ユキは大きく首を横に振った。


 「どうして気づいてくれないのかなぁ……先輩。」

 イーシスは一人、医療棟の非常階段で座っていた。屋外に位置するこの階段からは、まもなく満月の月がよく見える。今日出会ったシンはラピスが自分にとる態度と正反対の態度で優しく接してくれた。自分が嫌がることも決してせず、イーシスのラピスへの思いを黙って聞いてくれた。

「私、ずっと好きなのに。」

月を見上げると、余計に切なくなる。ラピスに昔恋人がいたという噂は聞いたことがある。だが、彼女が知る限り、それ以外の噂はなかった。

「シンさん、優しかったなぁ……。やめておけ、って言われたけど、余計に気になっちゃうよ……。」

ため息が出る。独り言がむなしく月夜に響いた。



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