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貴方の為なら、僕はいくらでも死ねる

作者: 超山熊
掲載日:2026/06/01

さて、新作となります!


 太陽が顔を出し空も朝焼けに染まっていく時間。王国西部にある広大な街、そこでは朝早くから働きだす街の大人たちが自分の店を開くための開店準備を始めていた。

 そんな街の端に建つ大きな屋敷では街が起きるより遥かに早い時間から使用人たちが働いていた。


 庭師は屋敷の裏で美しく咲く花たちの広大な庭園と更にその奥で生い茂る森の整備を担当し。

 メイドは屋敷の廊下や壁、窓ガラスや天井など隅から隅まで目を凝らし磨いていく。

 執事も早朝の郵便で届けられた屋敷の主人当ての手紙を精査している。


 そんな使用人たちの中、赤いカーペットの上をコツコツと音を立てながら歩く一人の青年がいた。


「おはようございます」

「フィー様、おはようございます。本日も、お嬢様のお迎えですか?」

「はい、あの方は起こされない限り、いつまでも寝ていますから」

「ふふふ、ご苦労様です」

 

 フィーと呼ばれた青年は黒い髪を整髪料で軽く整え燕尾服に身を包み、廊下ですれ違うメイドや執事と礼を交わし、時折そんな挨拶を挿みながら目的の場所へ向かう。

 年若いフィーは、とある理由で使用人の中でも格が高い地位についている。

 ゆえに使用人用の別邸とは違い、自分たちの主人一家が暮らす本邸での生活が許されている。

 

 おかげで、こんなにも早朝の仕事が毎日あっても遅刻などせずにいられるのだが。


 本邸の広さは王国内でも屈指を誇り、正直この屋敷以上に大きい邸宅は王国内でも片手の指で足りるだろう。

 その広い屋敷の中でも最奥手前、屋敷の主人である公爵家当主の寝室と執務室に次いでセキュリティの高い部屋。

 そこがフィーの目的地であり、起こさなければいつまでだって寝ているお嬢様の寝室である。


 ――コンコン


「お嬢様、起きてらっしゃいますか?」

「…………」

「……入りますよ?」


 本来であれば仕えている主人とはいえ、女性の部屋に入るのは不作法にはなるのだけれど。

 フィーは当主からも主人からも許可を得ているため入室する。

 万が一間違えがあってはならないため再度ノックするのを忘れずに。


 ノックをしてしばらく待ったが、それでも反応が無かったため重厚な扉を開ける。


 部屋の中は朝の冷たい空気とどこか甘い匂い、そしてカーテンに閉ざされた暗い空間でも尚、その存在感が分かるほどに積まれたヌイグルミが転がっていた。

 

 部屋の奥に鎮座する大きなベッドの中には部屋の主である小さな少女が布団の中で小さくまとまっている。

 そんな主人を起こすべく、寝室のカーテンを開けると丁度良く太陽も上がっており暗かった寝室に陽光が入る。


「――ニナお嬢様。起きてください」

「……もぅ……少し……」

「そろそろ朝食の時間でございます。午後にはご友人のハルカ様たちもご到着なさるのでは?」

「……そう、だけど。わたしが、朝弱いの、知ってるでしょ?」

 

 眩しくなった室内、明確な朝にも関わらず布団から顔すら出さない主人。

 柔らかい羽毛布団の上からポスポスと音を立てるように優しく叩く。

 すると呻きながらも籠った声で反応がある。


「朝が弱いのは知っていますが、お嬢様は朝でなくても寝ています。なので、今は起きてください」


 ゆっくりと布団から顔を出し、部屋へ差し込む陽光に目を細めた表情を――パシャリ。

 布団から出てきた乱れた柔らかい緑を含んだ金髪に、まるで睨むような視線を送るトルマリンの瞳の主人ニナは、ベッドサイドのテーブルに置いてあった水を一口含むと声を出す。


「…………なんで今、撮ったの?」

「失礼しました。あまりにも可愛かったので」

「やめてって、言ってるよね?」

「何を言われてもやめません。これは僕の生きがいであり、ご当主様からの最重要指令でもありますから」


 フィーの言葉に呆れるような目線を送るニナは諦めてベッドから立ち上がる。そのついでに先ほどまで抱いていた枕を意趣返しとしてフィーに投げつけながら。


「危ないではないですか。カメラを落としたらどうするのですか?」


 そういいながらも軽々と急に投げられた枕をキャッチしたフィーは、手にした枕を定位置に戻す。


 近年になって王国で開発された投影機は、スイッチを押すだけでレンズを向けた光景を一枚の紙へ瞬時に画を書き出す優れもの。

 どこから入手してきたのかフィーはカメラを常備しており、ことあるごとにニナの写真を撮ってくる。

 

 元より部屋に溢れるぬいぐるみたちも”可愛いもの”の好きなフィーが、新作のぬいぐるみを買い揃えニナへプレゼントしているせい。

 それも全て「可愛いものを持った可愛い人を撮りたい」という謎の欲求から来るもの。

 何度かニナも父親である公爵家当主に話し、フィーを注意させようと行動したが、父も父で「フィー君!君は、なんて羨ましいものを撮りためているんだ!私にも見せたまえ!」と親ばかを発揮する始末。

 どうにもならないと分かっていながらも、撮られる方としては……。

 

「恥ずかしいからやめてよ。……せめて、撮るなら撮るって言って」


 公爵家の長女として社交界に出たりすることもある。そういう場では他の貴族令嬢と写真を撮ることもしばしばあるのだ。

 事前に撮ると言ってもらえれば、撮ってくれてもいいのにという表情でニナはフィーを睨む。

 

「言ってしまってはお嬢様は表情を作ってしまうでしょう?僕は、ふと見られる可愛い貴方だからこそ自分の手で撮りたいのです。もちろん、ご令嬢としての表情も可愛らしいのですが」


 そう言いながらフィーは社交界で正式に撮られた写真を片手で広げる。

 

「……なんで、持ってるの?」

「もちろん、ご当主様が買いました。我々は志を同じくする正しく、同志。ニナ様の可愛いお姿を共有するのは当然でしょう」


 もう、この二人は駄目だ。諦めよう。そう割り切ってニナは衣装タンスへ向かう。


「それでは、あとはノン姉妹に任せますので。僕は失礼します」


 恭しく礼をし部屋をあとにするフィーと入れ替わるようにしてニナの身支度係である幼いメイド姿の双子が入る。

 フィーの部下である姉のノノンと妹のノンノンはそっくりすぎて長い付き合いのフィーですら見分けがつかない。


「二人とも、任せましたよ。お嬢様を可愛くしてくださいね」

「分かったの。ボスはさっさと出ていくの」

「姉さまの言う通りです」


 そうしてフィーはノンノンの放った”風”に押され部屋を去る。

 その後、ノン姉妹によって着飾られたニナは部屋から出ると同時にシャッターを切られるのだった。





 


 日は登り、軽めの昼食を済ませたニナは屋敷の裏庭に広がる庭園の中心、そこのガーデンテーブルに突っ伏してた。

 朝食後に迎えた家庭教師と一対一で行う貴族としてのマナー講座や勉強会による疲労。

 そして昼食を食べてすぐに襲ってきた眠気。それに普段から寝ることの好きなニナが抗うことなど出来るわけも無く。


 ただ友人二人が屋敷を訪れることも分かっていたので、一度入ってしまえば出れなくなるベッドに向かうことも出来ず。

 選んだのは「友人二人が来る場所で、寝ながら待っていればいい」という堕落した考えだった。


 本来であれば公爵家令嬢として、そんなはしたないことは止められるのだが。

 父は王城で勤めている期間だから怒られることもなく、使用人たちはお嬢様の友人が来るということで準備に詰めていることだろう。

 そして唯一ニナの専属使用人として働いているフィーはというと、見晴らしのいい庭園でも全くニナに見つからないという謎の潜伏技術を用いてどこかから写真を撮っている。

 

 それは予想でもなく、頻繁に聞こえるパシャリという音がニナの近くにいることを物語っている。

 もうそんなフィーに注意する余裕もないほど疲れ切っているニナは友人たちが着くまで寝るのであった。


「――ま。――う様。――お嬢様。ご友人の方々がお見えになりました」

「……んぅ。……分かった、起きる」


 起き上がった顔には赤い圧迫痕が残り、そんな姿を必死にカメラに収めているフィーを余所にニナは友人が来るであろう方向へ目を向ける。

 すると、どこかいつもより緊張感を持ったように見える騎士を数人従えた少女二人が現れる。


「まーた、寝てたのね?私たちが来ることは伝えていたのだから。せめて貴族令嬢として――」

「なんか疲れてるみたいだし、今日ぐらいは許してあげたら?」

「モチがそんなに甘やかすから……。ニナは公爵令嬢として皆の模範にならないといけないのよ?」


 腰まで伸びる夜空のような美しい髪とアメジストの瞳を輝かせるしっかり者の貴族令嬢はハルカ・フォン・アインラーデン。

 アインラーデン侯爵家の長女でニナの家であるフィレーネ家と最も友好がある家。

 さらに、そんなしっかり者のハルカと話しながら庭園に入ってくる太陽の明かりと本人の明るさを象徴するような若葉色の髪とエメラルドの瞳をしたニナへ手を振りながら来るモチ・フォン・パントーン。

 パントーン伯爵家の次女でニナとハルカと3人で仲良くしている。


 3人は子供のころから友好関係を持っているが、貴族階級として階級の違いがあるにも関わらず仲が良いのは、偏に父親同士に交流があるからに他ならない。

 

 そもそも貴族とは王が変わる世代交代のとき、王族ではあったが王になれなかった兄弟たちが王族の分家となる制度であり。

 その中でも特に上位貴族と呼ばれる公爵家、侯爵家、伯爵家には明確に王族の血が入っている。

 現行制度に加え貴族の世襲制により貴族の数は増えてしまう一方であるが、一定以上の成果を出せない家は世襲に含まれない下位貴族の子爵家、男爵家、騎士爵家に降格することとなる。

 

「……じゃあ、フィー。紅茶持ってきて」

「承知いたしました」


 それぞれがニナと同じ卓につくことで淑女たちのお茶会は開催となった。

 フィーは今日のために準備された茶葉で淹れた紅茶を三人の元まで持っていく。


「本日はダージリンとなっています。茶菓子には有名な菓子店よりマカロン。そしてハルカ様がパウンドケーキをお持ちくださいました」

「ありがとう。フィーさんの紅茶は美味しくて好きよ?」

「お褒めいただきありがとうございます。ハルカ様のお口にあっているようで何よりです」

「フィーさんってニナの専属使用人なんですよね?わたしも欲しいなー専属使用人!」

「特別なことは特に何もありませんが……モチ様であればつけてもらえるのではないでしょうか?」

「誰でもいいわけではないんですよー?そこらへん分かってますかー?」


 まあ、言いたいことはなんとなく分かったフィーだったが。

 何か言いたげな視線をニナから感じていたため、すぐさま話題を切り主人の傍へ戻る。

 モチも察したのか会話を別のものに切り替える。


「そういえば、最近王国内で起こってる事件知ってる?」

「……事件?……何か、あったの?」

「私は知ってるわよ。『貴族襲撃事件』のことでしょう?」


 『貴族襲撃事件』というのは、ここ2週間で7つの貴族が襲撃を受けたことで名が走るようになったもの。

 

 貴族が賊によって襲撃を受ける。ただそれだけの話であれば特に警戒されるようなことも無い。

 貴族に恨みを持っていたり、下位貴族から没落し自分たちを貶めた相手に賊を仕向けるなんてことも少なくない。

 ならばなぜ、他の貴族が警戒するのかというと。


 襲撃を受けたのが全て”上位貴族”であるから。

 下位貴族と違い、上位貴族は自分の家に騎士団を持っている。

 そんな自分たちを護る騎士団がいるにも関わらず襲撃を受け、さらに事情を聞くと死者まで出た上で、どうしてか令嬢や令息が必ず誘拐されているらしい。


「それで普段よりお二人の連れる騎士の数が多いのですか」

「……そう、なの?」

「ええ、事件の起こっている場所から離れた王国西部に住んでいるとはいえ、何があるか分からない雰囲気ですから」


 ならば屋敷に入ってきたときの緊張感漂う雰囲気も納得できる。

 本来であれば家から出ない。というのが最善なのだろうけれど、貴族同士の交流はもっておいて損が無い。

 それも相手がニナのように公爵家の令嬢であれば多少の危険が伴っていても会う。


「そういえば、第三王子が加護を授かった話は聞いてる?」


 加護というのは世界の祝福とも呼ばれている特別な力のこと、年齢性別関係なく、突然授かるため、選ばれた者として称えられる。

 それゆえに。

 

「……うん。王族から、祝福を受けた人が出るのは、久しぶりだから、王太子に任命される日も、遠くないかもってお父様が」

「そうなんだよねー。今は必死に加護持ちの貴族令嬢を探してるらしいよ?もし、加護を授かったら最悪だねー」

 

 どんな加護であれ授かっただけで優遇を受けるが、加護を持つ者はとても珍しい。

 王国内でも聞いたことがある限りで近衛騎士団の団長だけである。

 せっかく授かった加護持ちの王族、その血を後世に残すため王家は躍起になっている。


 しかし、普段から世情に疎く、平穏無事に寝ていられればいいとしか考えていないニナはそんなこと知る由もない。

 

「……なんで?」

「だって、あの女癖悪いことと粗暴なことで有名な王子だよ?婚約なんてことになったらさ。……ハルカ?どうしたの、なんか体調が……」

「――いえ、大丈夫よ。それにしても……」

「――お嬢様方、突然申し訳ありません」


 淑女の茶会に、そう言いながら庭園に入ってきたのは一人の執事、トライ―ル。

 屋敷の中で最も位の高い執事長に就くその人は驚くべきことを言った。


「先ほど、王家より()()が下されました。内容は『全貴族の外出を禁ずる』というものです。どうやら東部のアシエット家が襲撃を受け……壊滅状態。さらに令嬢のオキク様が誘拐されました。それを受けて王家が近衛騎士団を用いて本件の解決に動くそうです」


 ですので、本日は解散としましょう。と白ひげを撫でながらトライ―ルは言う。


「アシエット家が!」

「……アシエット……東部の、公爵家だっけ?」


 公爵家が襲われたとの一報を聞いて動揺するハルカとモチ。ニナは相変わらず興味があるのか無いのか眠いのか分からない反応だが。

 アシエット家といえば王国でも有数の軍務で名を挙げている家だ。

 そこが襲撃を受けて、しかも壊滅状態で娘も誘拐された。


 控えていた騎士たちも報告を聞いて慌ただしく準備し、すぐに帰る準備を整えていく。


「それでは、急ぎ帰ることにはなってしまいましたが、本日はお招きいただきありがとうございました」

「また会おうね!」

「……うん、二人も、気を付けてね」







 

 ハルカとモチが急いで帰って行ったその夜、いつもであればベッドに入って即深い眠りに落ちるはずのニナは、どこか眠れずにいた。

 昼間に少し庭園で寝てしまったからだろうか。

 布団の細かい皺が気になったり、寝る体制が気に入らなかったり、自分の呼吸が妙に大きく聞こえたり、普段なら気にならないはずの些細なことが気になる。


 フィーに温かいココアでも入れてもらおうか。と考えたが、夜も更けた時間にわざわざ呼び出すのも気が引けたニナは静かにベッドから起き上がった。

 ココアぐらいなら屋敷の調理部屋にいけば自分でも入れられるだろう。

 


 

 そうしてニナはゆっくりと部屋の扉を開けようとしたが、何か廊下が騒がしい。

 少しだけ覗いてみようかと扉を少し開け隙間から聞き耳を立てる。

 しかし、普段以上に気を張っていた騎士は扉の音と動きに気づいてしまう。

 

「――お嬢様、どうなされましたか?」

「……びっくりした。なんで騎士が、部屋の前にいるの?」

 

 厳戒態勢が王国中で敷かれているとはいえ、こんな時間に自分の部屋の前に騎士がいるのはおかしいように感じた。

 よく見れば普段静かな屋敷のそこかしこから声が聞こえる。

 そのどれもが焦るような、緊張感を増す言葉たちである。


「私達からは詳しく言えませんが、お嬢様はどうかご心配なさらず就寝なさってください」


 若干突き放すような騎士の言葉に頬を膨らませるが、騎士の表情を見るに追及しても答えてくれそうにない。

 仕方がないと割り切り、とりあえず騎士にココアを任せようと言葉を発したとき、若い騎士が走ってくるのが見えた。

 

「……分かった。じゃあ、ココアだけ、淹れてきて――」


 彼の距離からはどうやらニナの扉が若干開いていることも分からず、当然ニナがすぐ傍にいることも分からない。

 そんな彼が言ってしまった。

 

「隊長!ハルカ様捜索部隊の――」

「馬鹿!ここでその話をするな!」


 静けさ深まる夜にも関わらず騎士の出した大声にニナは身体を竦ませた。

 ただ、それ以上に驚くべき発言、ハルカの捜索部隊という単語。

 

 ベッドの中で感じていた不安は、今の騎士の言葉で確信に変わった。

 厳戒態勢が敷かれた当日、なぜか普段いない騎士がいる不自然さ、ハルカを捜すための部隊が編成されていること。

 そして、お茶会の時に聞いた事件。


 ニナは騎士に詰め寄ろうとした、だが一歩手前で留まる。

 騎士はあくまでも公爵家当主に仕えている。その娘とはいえ聞いたら教えてくれるだろうか。否である。

 先ほどの若い騎士への叱責、確実にニナへ隠し事をしている。


 だからニナは静かに扉を閉め、ベッドの横にある呼び出しベルを鳴らした。


 コンコン


「お嬢様、失礼します。どうされましたか?ココアであれば今――」

「……フィーは?」


 入ってきたのはさっき扉の前に立っていた騎士。それだけなら何も可笑しくないだろう。

 ただ、この屋敷、それもニナの部屋で呼び出しのベルが鳴った。というのなら、騎士が入ってくるのはおかしいのだ。


 それは、その言葉を聞いた騎士の明らかに、マズイ状況になった。という反応で分かる。

 ニナの部屋で呼び出しベルが鳴ったならフィーは必ず5秒以内に姿を見せる。それはフィーが専属使用人になってからの日常であった。

 どんな時間でも、どんな状況でも確実に来るフィーが来ない。それだけで何かが起きているのだと分かった。


「……フィーを呼んで、あとのことはフィーに聞くから」

「……承知致しました」


 騎士が持ってきてくれたココアをベッドから離れたソファで飲みながらしばらく待っていると、いつも通りのフィーが入ってくる。


「お嬢様、あまり騎士を困らせてはなりませんよ?ココアを飲むにしろ、私をを呼びつけるにしろ。夜なのですから、そろそろご就寝なさってください」

「……フィー、何があったの?」

「何も心配いりません。どうやらご主人様が城から帰路の最中で馬車が壊れてしまい、代わりの手筈を整えて――」

「嘘つかないで。フィー、お願い、なんだか嫌な予感がするの。このままじゃ寝られない」


 まくしたてるように言葉を紡ぐフィーにニナは自分の心を言う。

 それでもフィーは表情一つ崩さずソファに座るニナの隣へ腰かける。


「お嬢様、問題ありません。あなたはゆっくり寝ているだけでいい」

「……フィー、なんで?なんで言えないの?」


 いつの間にかニナはフィーへ縋りつくように手を握っていた。

 最初の不安感は徐々に大きくなっていた。

 フィーは彼女の怖くて血の気が引いた顔を見ながら覚悟を決める。


「先ほど、ハルカ様が誘拐されました。アインラーデンのご当主様は城にいたため無事でした。現在フィレーネ公爵家の騎士団が捜索隊を編成中ですので……」

「……それで、ハルカは、無事なの?助けられるの?」

「私の予想で言うと、難しいかと。アシエット公爵家令嬢の捜索に王家を守る近衛騎士団が出ていますが結果が芳しくありません。当家も襲撃に備える以上、出せる騎士は限られていますので」


 数でも質でも勝る近衛騎士団が見つけられないのに、より少なく多少ではあるが質も劣る公爵家の騎士が出張ったところで焼け石に水だろうと。

 

 ニナはショックを受けたように固まった。

 フィーを信用しているニナは、彼の眼が嘘をついていないことを悟り身体を震わす。

 親友のことを想い、涙を流すニナは、ふと顔を上げる。


「……フィーなら?」

「何を言っているのですか?」

「フィーなら、ハルカを助けられる?」


 おそらくフィーもニナと同じ考えが少しはよぎったのだろう。

 少し迷いながらも答える。

 

「私はニナ様の専属使用人兼護衛です。あなたの傍を離れることは出来ませんが……あえて言うなら、可能でしょう。私は”騎士”ではありません。今回のように裏の専門者を相手にするならば、私は見つけられるそして救える自信があります」

「……なら!」

「ですが、私が……いや、僕が守るのはニナが最優先なんだ。君から離れるわけにはいかない」


 フィーはかつて誓った想いを呟くように胸に手を当てて、真っすぐにニナを見つめた。


「……フィー。でもね、ハルカは、初めて出来た友達なの……お願い。私を(親友を)、助けて」


 ニナの涙に濡れる瞳、彼女の真っすぐな”誰かを守りたい”という気持ち。

 あぁ……そうだ。彼女の純粋で真っすぐな愛に自分は救われ導かれた。

 ならば、今、立ち上がらなくてなんとする。

 ニナの危険?自分が払えばいいのだ。

 ニナの想い?いくらでも背負うさ。

 ニナの願い?それを叶えるために、自分がいるのだろう。


 フィーはソファからゆっくり立ち上がり、ニナの正面で膝をつく。

 

「あなたの願いは僕が叶えましょう。ニナ、あとのことは僕を信用して任せてくれるかい?」


 まだ使用人として働く前の話し方、二人の距離が確立される前の信用()

 

「……うん。フィーのこと、誰よりも信用してる。あとはお願いね、私のフィー」

「ありがとう。さあ、ベッドに戻ろう」


 ココアも無くなり心身ともに暖かくなったニナをお姫様抱っこで抱えたフィーは、腕の中のお姫様を静かにベッドへ寝かせる。

 フィーの手を握ったまま、安らかな寝息を立て始めた最愛の姫君に、ゆっくり手を離しながら言葉を残して部屋を出る。

 

「ニナ、君のことは必ず僕が守るから」







『それでは、君が行くのかね?』

「ええ、騎士団を派遣する以上に、それが最も早く()()()()()手段だと思いますので」

『確かに、君の実力は我が家で最も秀でているだろう。だが、しかし、だからこそ私は君に娘を守ってもらいたいのだがね』


 眠ったニナと別れたフィーは屋敷にある遠話室で、とある人物と話していた。

 遠くにいる人物と会話できる遠話器は王城にいるニナの父親と繋がっていた。つまりこの屋敷の主人であり、公爵家当主である。

 ニナの父親は王国宰相に勤めており、この非常事態で王城から出ることが出来なくなっていた。


 それでも連絡してきたのは、新たにアインラーデン侯爵家襲撃事件が起きたから。

 その事件の解決のために、公爵家から騎士団を派遣するかどうかという話し合いが行われていた。

 

「だが、娘の護衛はどうする?君の仕事が専属使用人兼護衛であることも分かっているのだろう?」

「承知しております。ですので、護衛にノン姉妹を付けます。あの二人の”加護”であれば窮地に至ってもお嬢様を逃がすことぐらい出来るでしょう」

「……ふむ。しかし、相手は複数人それも大規模であることが予想されている。やはり騎士団を連れたほうが……」

「問題ありません。人員は道中で確保します。それに貴族が狙われている以上、騎士団を出すのはお嬢様の危険を増やすだけかと」

「トライ―ル、君はどう思う?」

「ふむ。私めは先ほどより、ハルカ様を知っていて腕も立つフィーを行かせるべきと進言していましたので問題ありませんよ」

「……そうか。では、フィーに『ハルカ・フォン・アインラーデン救出を任せる』。騎士団は全周警戒に当たり、使用人は何が起きてもいいよう備えよ」

「「「はっ!」」」


 その場にいたフィー、執事長、メイド長の三人が頭を下げる。

 フィーは控えていた双子、ノン姉妹に主人を託し屋敷を出た。



 


「いらっしゃい!いらっしゃい!今日もエールが安いよー!」

「今日は飲み放題だ!どんどん来なぁ!」


 夜というのもあって街中は飲み歩く大人たちや大衆食堂が繁盛している。

 その中を執事服を脱いで普通の平民服を着たフィーが歩いていた。

 向かうのは知り合いがやっている酒屋。


 フィレーネ公爵家という大貴族が治めている街であっても”裏の世界”というのは存在する。

 賑わっている表通りから裏路地に入り、電気も通っていないようなスラム街に入って行く。

 単なるゴロツキだけじゃなく”本物”の悪人が息を潜めている街。


 砂とホコリの舞う世界、そこに1つだけ怪しく輝く紫の看板を出している建物が見える。

 

『仮面の家』


 そう看板に示された薄暗くどこか重たい空気の酒屋。


 ――ギィィ。


 古い木製の簡易的な扉、それは暗い店内に響き渡る入店音のようなもので、店内にいた男女数人の客の視線がフィーに集まる。

 その全員が”仮面”をつけており、酒を提供している店主のみ仮面をつけずグラスを拭いている。

 カウンター席まで進むと店主の顔を見ないようにしながら椅子に座る。


 確実にこの場での決まりを知っている様子のフィーに店主は淡々と。

 

「――注文は?」

「今日中に”舞踏会の予約”をしたい。開催者はフィー・ニクスで」

「――人数は?」

「少数でも良い。求めているのは踊りの上手いやつ、あとは演奏の上手いやつも集めてくれ」

「――そこのテーブルで待っとけ」

 

 フィーが頼んだのは、裏の仕事の依頼。

 ハルカの誘拐をしたのは、おそらく裏の仕事を専門にやっているプロ。

 上位貴族の守りを打ち砕いて令嬢の誘拐なんて、そこらへんの賊程度に出来ることではない。


 同じ騎士を率いても満足のいく結果は得られない。

 だから頼るなら同じく裏の専門者、それもずば抜けて実力のある者達でないといけない。

 裏の仕事を専門にする連中にも団体が複数ある、その中からどこに仕事を頼むのか、それが”舞踏会の予約”という隠語。


 誰も座っていないテーブルに独りで座っていると仮面をつけた男が近づいてくる。

 先ほどまで別のテーブルで飲んでいたはずの、その男は酒を片手にフィーの反対側の席へ座ってくる。

 服の上からでも分かる発達した筋肉に威圧感を覚えるような風貌の男はフィーの顔を見ずに酒を煽り話しかけてきた。


「ここに来るなんて何年振りだ?」

「……2年ぶりぐらいですかね」

「今更こっちに戻ってくるわけじゃないんだろ?」

「今日は急ぎで仕事の依頼です。ディーさんは依頼終わったあとですか?」

(これ)見て言ったのか?知ってんだろ?裏の人間(おれたち)()()()()。それに元最強が依頼をしているとなれば、興味も出るだろ?」


 古い知人のようにフィーがディーと話していると店主がテーブルに酒を置いた。


「人数は集まった。話は聞いてたが……ディーも行くのか?」

「あぁ、古馴染みの招集。それもコイツが独りで達成できない仕事だろ?絶対楽しいに決まってんだろ」

「それで、店主。具体的な人数配分は?」

「集まったのは演奏家が3人と踊りが上手いのは10……いやディーを含めて11人だな」

「それだけいれば十分だ。集合場所は変わってないのかな?」

「前と同じ、あの小屋だぜ。もう集まるだろうから俺たちも行くか」


 ディーと共に酒屋とフィレーネの街を抜け、街はずれにある古びた廃屋へ入る。

 深夜も深夜、廃屋の中は外以上に暗く、中の様子は物影すら見えない。

 しかし分かる者は分かる。それらの気配にフィーもディーも足を止めた。


「おいおい、聞いてはいたけれど。ほんとにフィーか?」


 暗闇の中からそんな声が聞こえる。

 廃屋の中には気配だけで10人、他の3人は演奏家(情報収集担当)として、すでに仕事をしているのだろう。

 ここにいるフィーとディーを含めた12人が踊る者(実戦闘担当)として集まっている。


「まさか、元幹部を全員集めてくれるなんて……みんな久しぶり、突然だけど時間が無いんだ。ハルカ・フォン・アインラーデンが誘拐された。僕らは彼女を救出する」

「――了解だ。裏に足も準備してある。詳しい話は道中で聞くぜ」


 最初に声を発した男に続いて暗闇の中で全員の頷く気配を感じる。

 

 廃屋の裏手に準備されていた馬に乗り12人は移動を始めた。

 まず向かうのは当然アインラーデン侯爵家の屋敷本邸、情報によると侯爵家夫人は騎士たちの奮闘で守られたらしい。


「そりゃ……おかしいな。令嬢を守っていた方の騎士は全員やられてたんだろ?」

「そう、騎士の練度に差があったのかもしれないけれど。これは明確にハルカ様が狙われていた。と考えるのが正しいだろう」

「その事件のことは裏でも噂になってる。どうにも反女神教団とかいう奴らの仕業らしいな」

「反女神教団?そんな組織……」

「フィーが知らないのも無理ないぜ。その組織は最近になってどこからともなく現れた不気味な奴らだからな」


 裏の世界では有名になってきた反女神教団、表の世界でも名が知れ渡ってきた組織は、この世界を創造した女神は悪だと唱える集団。


「厄介なのは奴らの中にも加護持ちがいるってこと、あとは中々に腕が立つのも面倒なんだよな」

「ディーさんは戦ったことがあるの?」

「1回だけだがな。依頼の最中で出くわしちまった。そのときは問題無くぶちのめしたが、それでも多少手をこまねいたのは事実だぜ」

 

 今いるメンツの中でもかなり強いはずのディーが油断できない相手。

 それが今回の事件の首謀者。

 それを聞いてフィーは馬を走らせる手綱を強く握り直した。


 ハルカ救出へ向かっていたフィーを含めた12人はアインラーデン侯爵家の領都へ到着。

 フィーは仲間を置いて侯爵家の屋敷で事情を聞き、ディーたちの元へ帰ってきていた。


「それで、侯爵夫人はなんだって?」

「騎士たちに出来ないことが出来るなら、ご自由にどうぞ。だって」

「娘が誘拐されているのに、なんとまあ、お気楽なことで」

 

 一応公爵家からの援軍という体で来ているのに、夫人の眼は訝しげにこちらを見ていた。

 まあ、ディーたち裏の人間を連れずに一人で屋敷に向かたのだからそうなるだろうとも考えていたが。


「それで?俺たちはどうやって割り振る?」

「そろそろ演奏家たちが……やっぱり、来たか」


 夜中に訓練された鳥を使っての文書受け渡し、どうやら調査が終わって何かが届けられたらしい。

 鳥の足に括りつけられた紙を開いて中を読む。


「ハルカ様の居場所が分かった。ここより少し離れた街の地下街に幽閉されているらしい。そこにいるのはディーさんも言ってた反女神教団、想定数は100人近く何名かは『加護持ち』であることが予想されるってさ」

「100人……それも加護持ちか……問題無いな」

「そうだね。こっちは()()が加護持ち。12人もいれば余裕、どちらかというと相手が気の毒になるぐらい戦力過多かな」

「久しぶりの舞踏会だ。盛大に暴れようぜ!」


 フィーは紙を破いて捨てると馬に跨った。

 もう少しで、ニナとの約束が果たせると前を向いて。


 アインラーデン領都から馬で一時間、そこにある小さな町は穏やかとは程遠いスラム街であった。

 木を隠すなら森の中とはよく言ったもので、こういう場所は法の届かない治外法権となっており、少しでもルールを間違えれば殺し合いに発展することも少なくない。

 ゆえに騎士も近寄りがたく、おそらくアインラーデンの騎士たちも他の場所から探して、ここは後回しにしているのだろう。


 そんな場所にフィーと一行は馬に乗ったまま入って行く。

 さっきまでと違うのは、全員が共通して”狐仮面”をつけていること。

 単独での指名手配犯やゴロツキとは違い、共通して何かを身に着けるというのは自分は所属している団体があると示唆する行為。


 そしてその身に着けたものがトレードマークとなり、次第に裏の世界で有名になっていく。

 フィーたちのつけている狐仮面もとある団体のマークで。


「……おい、あれって……」

「……なんで奴らがいるんだ?」

「とっくに消滅したはずじゃ……」


 この仮面の意味を知り、かつてフィーたちが所属していた団体に畏怖を覚えている者が噂をし始める。

 勿論そんな遠巻きに見ている彼らとは違い、喧嘩を売ってくるものもいる。


「おい!ここは俺たちのシマじゃ!余所者は出ていけや!」


 まるでテンプレのように絡んでくるくすんだ金髪の男。

 フィーはあくまでも冷静に事を荒立てないように話す。

 

「少し、用事があるんだ。邪魔しないでもらえるかな?」


 少し離れたところでは「あいつ、死んだな」だとか「本当に、あいつら本物なのか?」とか。

 疑いと様子見の狭間で揺れている者が大半なようだ。

 ここで揉め事は起こしたくなかったが、仕方ない。


「ディーさん、オープニングを任せます。メインダンスは僕と他で向かう」

「いいぜぇ!さあ、滾ってきたぁ!」


 フィーの一言で身体の筋肉に力と熱を増したディーが馬を降り、正面を塞ぐように出てきた男の顔面を片手で掴み持ち上げた。

 男はいきなりの出来事、さらに言えば異常な力を持った大男に片手で持ち上げられているという異常事態にディーの手の中で何かを訴えている。


「聞けば、ここ一帯は生温いことしてるみたいじゃねえか!教育してやらぁ!」


 ディーは掴んだ男を近くの家に投げ周囲を威圧するように雄たけびを上げる。


「マズいぞ!本物だ!」

「破壊鬼だ!逃げろ!」


 ディーの加護は自分の拳が触れた者の防御力を無視する『粉砕の加護』。彼の前では重厚な鎧も頑丈な盾も意味を為さず、全ては紙きれ同然となる。

 さらに本人の力は人間なのか疑わしいほどに化け物じみている。

 

 もう、ここにいる奴らはディーに任せていいだろう。

 ただゆっくりもしてられない。騒ぎを聞いた首謀者たちが逃げるかもしれないから。

 

「急いで地下へ向かおう」


 フィーは走り出した。

 

 

 

 

 暗く湿った地下牢の中、まるでドブネズミの住処のような匂いのした場所でハルカは手錠に繋がれていた。

 道中のことは覚えていない。

 ニナの家から自宅へ帰り夕飯を食べていたとき、いきなり外が騒がしくなり瞬く間に屋敷へ賊が流れ込んだ。

 

 急いで騎士に守られながら屋敷を脱出しようと試みたが、時すでに遅し、賊はまるで自分を狙っていたかのように押し寄せ騎士たちの応戦虚しく誘拐されてしまった。

 

 ゴミ貯めのような匂いの空間、薄暗い地下空間には何人かの声が響いている。

 どれも若く、どこかで聞いたことがあるような声も聞こえる。


「いいかげん、ここから出して!」

「お父様ぁ!お母様ぁ!助けてぇ!」


 目を開く気力も無く、反対側の檻に入っているのが誰なのかすら分からない。

 ただ聡明なハルカは分かっていた。ここが敵の拠点で捕らえられているのは、これまで襲われ誘拐されてきた貴族の令嬢や令息たちなのだろう。

 初めての襲撃事件から解決されなかったことを考えると、余程見つかりづらい場所か騎士団が避けるような場所に違いない。


 つまり、助けは来ない。


「――あなたも不運ね。ハルカさん」


 凛とした声、貴族の集まりで何度か聞いたことのある声の持ち主は、ハルカが見ようともしていなかった反対側の牢屋から話しかけてきた。

 その声に霞んでいた目を瞬かせ、暗闇の中で話しかけてきた少女に目を凝らす。


「まさか、オキクさん?」

 

 銀の髪はほこりと汚れで灰にくすみ、貴族の令嬢にしては鍛えられた少女。

 最近、王命が下されるほどに重要度があがった原因、オキク・フォン・アシエット。その人だった。

 彼女と彼女の家であれば自分たちの希望になるようなことが出来ているかもしれない。


 そんな淡い期待がすぐに消えた。


「えぇ……まさかこれだけの貴族が襲撃を許し、いまだに犯人を捕まえることも私達を救うこともできないなんて……私たちはこれからどうなるんでしょうね」

「アシエット家の騎士団であれば……」

「助けに来られると?無理ね。そもそもアシエットの騎士たちが私の誘拐を許してしまった時点で負けなのよ。騎士団の本質は”護り”、どこに隠されたのか分からず、敵の実力も未知数な相手に誘拐された令嬢を探すなんて騎士たちにはできないわ」


 その言葉にハルカは項垂れる。王国最強と名高い騎士団を持つ彼女が「大丈夫」だと「きっと助けが来る」と信じていれば希望が持てた。

 しかしハルカもオキクも見えている未来は同じ。

 『ここに助けが来ることは無い』

 もし来たとしても、どれだけ先になるだろうか。


 それはきっと、賊たちの望む何かが手に入ったあと、もしくはハルカたちの命が尽きたあとか。


 ハルカは静かに俯き涙を流した。


「――そろそろ始めるか」

「そうだな。”近い者”は手に入った。今、フィレーネにも向かわせてるんだろ?」

「ああ、もう少しで偽物の王族を排除できる」


 地下室のドアが重そうな音を立てながら開く。

 その先からは何やら不穏な言葉を吐きながら賊の二人が入ってきた。


「……今、フィレーネって……」

「あ?お前は……誰だっけ?」

「こいつはアインラーデンの娘だな。確か……フィレーネのところと仲が良かったんじゃないか?」

「じゃあ、こいつから始めるか?良い見世物になるだろうよ」


 賊は牢屋の鍵を開けハルカと壁を繋ぐ手錠を強引に引っ張った。


「……痛い!何をするの!?」


 汚い床に転がされ膝に出来た傷を庇いながら顔を顰めるハルカに賊はナイフを突きつける。


「血液を抜くのさ」

「――何を……言ってるの?」

「てめえら貴族が崇拝する王族。奴らには女神の血が入っている。俺たちは反女神教団、女神を忌み嫌い憎んでいるんだ。だから王族そしてお前ら上位貴族から、その汚ねぇ血液を抜いて王国を潰すのさ」

 

 だからまずは全王国民に血液を抜いた姿を拝ませ、女神に対しての疑心を与えるのだと。


「――理解できないわね。そんなことをして、貴方達は何を目指すの?」

「お前は、知ってるぜ。アシエットの娘子、次はお前になるから教えてやる。俺たちが目指すのは『新たな神の創出』だ。不完全な貴族と王族を排除し、女神という存在を否定し、新たな現人神を産み出す。俺たちはそのために動いているのさ」


 狂っている。どう考えても人道に反し、気味の悪い行為であっても、崇拝対象が考えが異なるだけで、どうしてこうも人間が狂うのだろう。


「そんな目で見ても、てめえらは終わりなんだよ。あと出来ることは情けなく泣き喚いて自分の産まれた境遇を恨むんだな」


 そう言って男は満足に歩けないほど衰弱したハルカを引きずるように地下室の奥へ連れて行く。

 賊の姿と引きずられる侯爵家令嬢を見た子供たちは怯えて口を閉ざす。

 それでも叫ぶ子供には一喝入れることで賊は黙らせていく。


 地下牢並ぶ最奥には見るからに拷問用の器具が並んでいた。

 その中の金属製の冷たいベッドの上で四肢を繋がられたハルカに賊は数本のナイフをチラつかせる。


「さて、じゃあ始めるか。俺は専門じゃねえから痛みも無くってことは出来ないが、血を抜くだけだったら普通の殺しと変わらねえよな」

 

 舌を出し、如何にも楽しそうな狂人の顔を浮かべる賊はハルカの腕へナイフを突き刺した。


「……うぅ!……あぁっぐぅ!!!」

「そうだ、そうやって泣きながら最後まで耐えてればいいさ。最後まで耐えられるか分からねえけどな!」


 涙と汗で霞む視界の中、痛みに耐えていたハルカに笑いながら男は再度ナイフを突き立てるために振りかぶった。

 そのナイフが突き立てられる寸前、地下牢の中に別の賊が焦った表情で入ってきた。


「――敵だ!」

「あぁ!?なんだよ!今、本番なんだが!?」

「すまん!だが、人数が足りない!もう30人はやられた!」

「はぁ!?敵は何人だ!どこの騎士団に嗅ぎつけられた!」

 

 どうやら賊の拠点であるこの場所が襲撃を受けているようだ。

 痛みに耐える中でかすかに入ってきた情報からハルカは期待した。

 どこかの家が救いに来てくれたのかもしれない。

 

「数は11人!騎士じゃねぇ!」

「たった11人だろ?こっちは100人もいるんだ。幹部(加護持ち)を出せば瞬殺出来るだろ?」


 焦った賊が言う限り、どこかの騎士団ではないらしい。

 それなのに100人の敵に対して向かって来られるなんて……。


「……それが、『追撃の加護』に『幻影の加護』……とにかく、加護持ちも何人か相手にいるようで……俺たちじゃ相手出来ないんだ!」

「……ちっ!使えねぇ!……てめぇは、そこで待ってろ。すぐに続けてやるからな」


 そう言い残し持っていたナイフを投げ捨て拷問部屋を出ていく男二人は、なぜかすぐに帰ってきた。

 気を失い転がされた状態で。

 転がされた賊に続いて拷問部屋へ入ってくるのは良く知った青年。


「……遅参をお許しください。ハルカ様、あなたを助けに来ました」

「――フィーさん?どうやってここに……」

「一先ず経緯は置いておきましょう。まずはあなたの腕を治します」


 そう言ってフィーは近くに置いてあった賊の使っていたナイフを手に取り、勢いよく自分の腕に刺した。


「……何を、しているんですか!」


 フィーは血の吹き出る腕をハルカの腕に被せる。

 すると腕に掛かった血液が炎に変わり、その炎は貫通していたハルカの腕を元に戻していく。


「……これは、まさか」


 驚きのあまり勢いよく起き上がったハルカは思いのほか動かない身体で少しふらつく。


「私のことは秘密にしておいてもらえると、それに……まだ仕事が残っていますから休んでいてください」


 フィーはハルカを安静に横にさせると後ろで好機を伺っていた賊の腹を蹴り咽る賊を押さえつける。


「お前たちの目的はなんだ?」

「……ははっ!てめぇのことは知ってるぜ。執事さん。フィレーネの家だと、お前が一番厄介そうだったんでな……」

「フィーさん、さっきこの人達がフィレーネに仲間を向かわせているって……」

「やっぱりか……」

「……どうする?……もう間に合わないぞ?」

「黙れ、糞野郎」


 蹴りの一閃、顎を抜かれた賊は糸が切れたように沈んだ。

 フィーはハルカとともに外へ出る。他の捕らえられていた者達も仲間が順番に外へ出していた。

 フィーはハルカを仲間に任せる。


「……ハルカ様、貴女方のことは仲間に任せてあります。私は至急屋敷へ戻らなければなりません。それでは――」

 

 馬を飛ばしても間に合わないかもしれない。でも行動するしかない。

 自分の主人を想い焦るフィーは馬の元へ駆けながらそう言い残す。

 その背中をハルカは呼び止めた。


「フィーさん!……私ならすぐにフィレーネの、いえ、ニナの元まで送ることが出来ます!」

「……どういうことですか?」

「私の『流星の加護』を使えば、あなたをニナの元へ送れるのです!」 


 上位貴族の令嬢が加護を持っている。

 それが今のご時世でどれだけ危険なのかハルカは分かっていた。

 だからこそ、これまで隠してきた秘密。


 フィーもハルカの気持ちを分かっていた。

 どうしてたかが一使用人の自分にそんなことを言ってくれたのか。

 緊急事態といえども教えるのはとても勇気が必要だっただろう。

 

 しかし、今の状況でその申し出は非常に嬉しかった。


「……お願いします。どうすればいいですか?」

「私に背を向けて、立っているだけでいいです」


 一瞬の逡巡のあと、フィーはハルカの言葉に頷いた。

 賊から奪った剣を腰に差しハルカへ背を向ける。


「それでは……行きます。私を助けてくれたみたいに、必ずニナのことも救ってください!」

「――お任せください」


 ハルカの手から溢れた光は触れたフィーの背中に伝わり、全身を包んだ。

 そしてハルカがフィーの背中をゆっくりと押した瞬間、その場からフィーの姿は消えた。

 

 



 その日、広大な夜空を大きな光が奔った。

 その流星は何よりも疾く、ただ己が願いを叶え、可愛い主人を守るため、夜空を翔けた。







 




「……うぅん……フィー。……フィー?」


 ようやく、いつも通りの睡眠に落ちていたニナだったが、手にあったはずの確かな温もりが消えたことに気づいて起きてしまった。

 自分が最も信用し信頼している人物の名を呼んでも、いつものように優しく声をかけてくれる姿も、どこから聞こえてくるシャッター音も無い。


 コンコン


「「――失礼します」」


 しばらくして聞こえてきたのは少女のような声。

 怪しいことは何も無く、きっとあの二人だろうと入室を促す。


「ノノンもノンノンも……どうしたの?」


 フィーはもう行ったの?と、そっくりの双子メイドに問う。


「ボスは今、屋敷の外に出てるの」

「姉様の言う通りです」


 きっと自分との約束を守るために動いてくれているのだろう。

 どうやらノン姉妹がフィーの代わりを勤め、自分についてくれるらしい。

 アシエット家が襲われた以上、自分の家が襲われてもおかしくない。


「……何も、心配することはない。……フィー、大丈夫、だよね?」

「ボスは強いから大丈夫なの」

「姉様の言う通りです」


 そうだ。今はフィーを信じて、全てを任せる。

 あとは自分が無事でいればいいだけ――。


「襲撃!正面玄関より襲撃!騎士たちよ!応戦せよ!」


 どこからか聞こえるトライ―ルのその声で、屋敷は戦火に見舞われることとなる。


 屋敷の裏手は完全な森と山、姿を隠し息を潜めて襲撃するのであれば、必ず裏手側であると考えられていた。

 屋敷の正面は深夜でも栄える街に通じる。賊が現れればまず住民がパニックを起こすはず、なぜ誰にも見つからず突如としてそこに現れたのか。

 騎士たちも混乱の中で戦場へ向かう。


 味方側の戦力は公爵家の騎士団及び街の衛兵、対して賊は数も揃えられ少し剣を交わせば分かるほどに練度も高い。

 

 数も練度も同じ程度ならば戦術面で差をつければ良いと、本来であればそうだろう。

 しかし混乱と動揺が広がる騎士たちに対し、おそらく戦闘になる公爵家の地形を入念に調べ奇襲を成功させたことから士気の高い賊は敷地内に流れ込んでいく。


「これはもう、駄目なの。ニナ様、私達と逃げるの」

「姉さまの言う通りです」

「……逃げるって、どこに?」

 

 賊の放った火矢が屋敷に襲来し、すでに至る所で火事が発生している。

 すぐにでも逃げないと火の手も敵の手もここに辿り着くだろう。

 ノン姉妹は急いでニナの手を取り立ち上がらせる。


 外へ逃げなければと扉に手を伸ばした瞬間、突然扉が開いた。

 もう敵が来たのか。そう構える三人だったが現れたのは良く知る人物だった。


「お嬢様!早く逃げましょう!」


 入ってきたのは執事長(トライ―ル)だった。


「ノン姉妹、君たちもお嬢様は私に任せて逃げなさい!……君たち……なぜ、私に剣を向けているのだね?」


 執事長が部屋に入ってきてから、安心して歩みを進めようしたニナを背後へ隠すようにしてノン姉妹は短剣を構えていた。

 二人はフィーからニナの護衛を任されたとき言われていたのだ。


「ボスが言ったの。ニナ様を守り抜け。『自分が帰るまで、命に代えても守り抜け』って」

「団長は言ってた。姉さまだけを信じろ。『全てが敵だと思え、例え屋敷の人間であっても』って」

 

「「だから、あなたは”敵”」」


 そう息を揃えて言った二人はノノンの『紫煙の加護』で生み出した部屋いっぱいの煙に紛れながら、ノンノンの『疾風の加護』で風のクッションを外に作り窓から屋敷を脱出した。


「ふむ、やはりフィーには全てバレていたのでしょうか?いやはや、どこで気づかれたのか……。まあ、ゆっくり追いかけますか。どうせ、すぐに追いつくでしょうし」


 執事長(トライ―ル)、いや賊の一人はそう言って静かに”弓”を手にした。


「急ぐの!」

「すぐに追ってくるです!」

「……う、うん」


 3人が逃げ込んだのは屋敷裏手の森の中、狙われているのがニナであるかもしれない以上、正面玄関に向かうと標的になってしまう。

 ただでさえ、あの執事長の実力が分からないのに敵を増やすことはできない。


 ノノンの身体から吹き出る紫煙で敵の目を眩ませ、ノンノンの疾風で3人の背へ追い風を吹かせることで速度を上げている。

 だが連れているのは公爵家令嬢、ノン姉妹のように鍛えられているわけでもなく、ただでさえ足場の悪い森の中で一行の速度は上がらずにいた。


「ノンノン、このままじゃ追いつかれるの」

「……姉様の言う通りなのです」

「……はあ、はあ、はあ、……どうするの?」


 ノノンは紫煙を一段と多く吹き出し、ノンノンは自分たちに吹かせていた風を止めると、ノノンの煙を風で集め始める。

 集められた煙は徐々にぼんやりと人型になり、背格好が3人と同じものになる。


「……これを、囮にするの?」

「まだ足りないの」

「姉様との合わせ技はここからが本番です」


 ノンノンは形を成した人型煙を維持し、ノノンは追加の煙を出す。

 これで煙のぼんやりとした視界の中で、影として現れる3人そっくりの人型煙が出来上がった。


「これをノノン達と反対側に逃がすの。少しは時間稼ぎになるはずなの」

「姉様の言う通りです」


 2人は息を荒くしながらニナの背中を押す。

 加護を行使し続けた結果、ノン姉妹の身体は限界に近かった。

 そもそも今使っている技も、本来は室内の限定した空間で使用し反撃を加えるための隙を生み出すためのもの。

 

 広大な森で、どこから狙われるか分からない以上、いつもよりも範囲を広くしなければならなかった。

 2人は「これが終わったらフィーにご褒美を用意して貰わないと割に合わない」と思うぐらいには不満を抱えながら走る。

 それでもニナを守るのは、自分たちの敬愛する兄のような存在であるフィーに懇願されたからに他ならない。


「今は、早く逃げるの!」

「姉様の言う通りです!」

「……うん。急ごう」


 2人の最善は「ニナを逃がすこと」。しかし、相手の技量次第では自分たちが犠牲になろうとも「フィーが来るまでの時間稼ぎ」に目標を変える必要がある。

 そう考えてしまうほどに圧倒的なプレッシャーが背後から迫っているのをノン姉妹は感じていた。


 森の中をひた走ること数分、すでに息の荒くなったニナと焦りを隠せなくなってきたノン姉妹。

 ついにノノンは走っていたはずの足を止めてしまった。


「……はあ、はあ、ノノン?どうしたの?」


 休憩でも取るのだろうか。ニナはノノンの表情を見てそんな甘い考えを抱いた自分を頭を振って振りほどいた。

 ノノンは背後を凝視したまま動かない。

 その表情は、どこか驚くような、覚悟を決めるような、戦士の表情であった。


「ニナ様、ここからは一人で逃げるの。道は真っ直ぐ、せめて隣の子爵家まで、そこまで行ければ何とかなるの」

「……え、二人も一緒に――」

「姉様の言う通りです。もう、三人で逃げることは出来ないのです。私達が稼ぐ時間で、少しでも遠くに行くです」


 二人はすでにナイフを構え戦闘態勢に移行している。

 不安で仕方なかったニナは、それでもと二人へ手を伸ばす。しかし、ノンノンの突風に押され進むしか無かった。


「……絶対、無事でいて!」


 ニナのそんな声に二人は苦笑いを浮かべながら、暗闇より現れた敵にナイフを向けた。


「あの人は、優しすぎるの」

「姉様の言う通りです」

「ふむ。お嬢様のところへ向かいたいのですが……どうやら、二人を始末してからの方が早そうだ」


 トライ―ルは弓に矢を番えながら、そう言った。


 二人が自身の加護を使いながら、得意の戦法で敵に接触した数分後。

 立っていたのはトライ―ルだけであった。


「……くっ……うぅ……」

「……ねぇ……さま……」

「ふむ。幻覚作用の副次効果を持つ煙、そして加速や減速を含め風を操る加護、ですか。それに加え、おそらく裏の仕事をしていた実践経験。なるほど、手強かったですね」


 地に伏せるノン姉妹の身体は血に塗れ、身体中に矢が刺さっていた。


「ですが、それでも私の敵では無い。そのまま寝ていなさい」


 トライ―ルは嘲笑うかのような笑顔を浮かべ、ノン姉妹を置いていく。

 そろそろ急がなければニナが隣の子爵家領へ辿り着いてしまう。その前に捕まえなければと。


「ノン……ノン。わたし、たち、がんばった……よね」

「ねえ……さまの、いう……とおり……です」

「「あとは……ボス(団長)に、まかせよ……」」


 二人はすでに指1本動かせない身体で夜空を見上げる。

 その夜空には……まるで二人の願いを叶えるかのように一筋の流星が奔った。

 それを見て二人はポケットに手を伸ばし、力無く笑うのだった。

 


 ノン姉妹に言われた通り真っすぐ必死に走っていたはずのニナは突然飛んできた矢に足を貫かれていた。

 痛みと焦燥の中で脂汗を浮かべながら耐えるニナは流れ出る熱い血液を忘れるように頭を振り懸命に四肢を動かす。

 その背後で落ち葉を踏みしめる足音が近づいていた。


「お嬢様、ようやく捕まえましたよ?」

「……なんで、あなたが……」

「ふむ。それがどういう意味なのか分かり兼ねますが……どうして裏切ったのか?という意味であれば答えましょう」


 トライ―ルは笑いながら言葉を続けた。


「私は裏切ってなどいません。そもそも、私は公爵家を崩壊させるため、その血を絶やすために仕向けられた者。前提が間違っておられます」


 つまり、公爵家に仕えていた執事長が裏切ったのではなく。

 元々、公爵家を、ニナを捕えるために派遣された結果、執事長まで上り詰め信頼を得たにすぎないと。

 

 失血による衰弱が酷く、それでもと森の先に身体を引きずらせるニナに敵はそう宣った。

 その言葉は、ただでさえ限界に近かったニナの心を堕とすには十分だった。


 時間さえ、かけなければ。


「さて、抵抗はしないでくださいよ?面倒ですと手が滑って足の一本や二本消えかねないですからね」

「…………」


 諦め項垂れるニナ、そのニナの腕をトライ―ルが取ろうとした瞬間。

 流星が落ちた。


「――!?」


 トライ―ルはこれまで経験してきた殺し屋そして暗殺者としての勘から飛び退き、土煙舞うその中心に目を向ける。


「ニナ……待たせてごめん。君を護りに来たよ」


 項垂れるニナの頭に優しく暖かい手を乗せ髪を撫でるのは、少し離れていただけなのに懐かしい。あの人の温かさ。


「……フィー」

「うん。少し遅れたけれど、もう少し待ってくれるかな?……敵を排除してくるから」


 不安でいっぱいだった冷たくなってしまったニナの心にフィーの言葉と体温が染み入る。

 涙が溢れてしまうのを止められないのは仕方が無かった。


 ニナの様子を見てジャケットを脱ぐと涙を流す主人の頭にフィーは被せた。泣いている主人の珍しくも可愛い姿を目の前の敵には見せたくない。


「カメラは置いて来てしまったから、今は撮れないけれど……。そんなことを言ってる場合でもないか」

「ふむ。どうやって戻ってきたのか。どうして君がそれだけの実力を持っているのか。分かりませんが……どうやら、ここからが本番のようですね」


 流星として流れている間に纏っていた光は粒子となって消えてしまった。

 フィーは剣を手に敵の正面に立つ。

 トライ―ルを見る限り、武器は手に持つ弓、もしかしたら隠している武器があると思考を巡らせる。


「君は足止めを食らっているはずですが、先ほどの光と言い。全く何が起こっているのか。いやはや、長生きはしてみるもんですねぇ」

「……僕のことをハルカ様の救出に向かわせたのも、わざとか?」

「そうですとも、君がどんな実力を持っているのか分かりませんが。公爵家が君を最高戦力だと言っていましたので警戒すべきだと考えていましたが……間違えてはいなかったらしい。それに一応とはいえ、わたしは上司ですよ?言葉に気を付けて――」

「お前のことを上司だと思ったことは無い。僕はニナ様に仕え、ニナ様にのみ敬意を払っている」

「……ふむ。自然に剣を構える動作、足運び。……只者で無いことは分かりますが、わたしの方が強いでしょうねぇ!」


 瞬時に後ろへ飛びながら矢を放つ賊に対し、フィーは少し反応が遅れる。

 それでも予備動作無しに放った程度の矢はそこまで速いものではなく、軌道上に剣を置くだけで軽く弾くことが出来る。

 あとは接近するだけだと足を踏み込んだフィーの肩に衝撃が走った。


「――なんで」

「どうして弾いたはずの矢が当たったのか。ということであれば、答えは私の加護が理由となりましょう」


 痛みの走る肩を抑えながら必死に頭を回す。

 どんな加護を持ってるのか分からなければ、戦いにすらならない可能性がある。

 

 幻覚や幻影で作り出した偽装の矢を弾いてしまったのか?それにしては剣に当たった感覚が本物だった。

 追撃のような二重の攻撃であれば、そもそも見落とすはずがない。

 これまで戦ってきた敵、聞いたことのある加護の中で当てはまるのは……。


「『必中の加護』か……」

「素晴らしい!まさか一発で正解に辿り着くとは。その通り、私の放った矢は確実に標的に当たり、私の振った剣を弾いても弾いていないことになる。防ぐことも避けることもできない『必中の加護』。私に当てられないものなどない!」


 高笑いしながら抗弁垂れる賊に対し、矢の刺さったまま突進を敢行するフィー。

 

「なんて無謀な行動!君は邪魔だから確実に殺しておきましょう!」


 矢を番えた賊はフィーの心臓を狙って矢を放つ。敵の加護が分かった以上、フィーは防ぎも避けもしない。

 覚悟を決めたように突進してくるフィーに賊は少し顔を歪ませながら背中に隠していた剣を抜く。


「――ぐ……はぁ!」


 矢が肩に心臓に刺さりながら、残った数秒の命を使い切るように迫るフィーに対し賊は剣を振りフィーの剣を弾く。

 賊は手から離れた剣を視界の端に捉えながら最後の呼吸をするフィーの足を払い見下ろしながら言葉を吐いた。


「諦めなさい。君はもう終わりなのです」


 剣を失い、命のタイムリミットが尽きたフィーは地に倒れ伏す。

 確実にフィーを殺した手ごたえを感じながら賊は、最後の希望(フィー)が目の前で殺されたことに泣いているニナへ手を伸ばす。


「さあ、行きましょう?あなたのために死んだフィーのためにも抵抗はしないでくださいよ?」

「……なんで……どうして……」


 フィーが自分のためにどうして命をかけて無謀な戦いを挑んだのか。そう嘆いているニナの瞳、そのトルマリンの瞳から溢れる涙は、トライ―ルからどうしてか燃えるように赤く見えた。

 まるで彼女の見ている景色を反射する鏡のように。

 そこには森、いやフィーの遺体がしかないはず。


「ニナ様に触れるな……と言っただろう」

「……ごはっ!……どうして、生きているのですか……」

「死んださ……一度、死んで生き返っただけだ」


 肩に矢を受け、心臓が撃ち抜かれても尚、立ち上がってきたフィーの身体は燃える炎に包まれている。

 その炎はまるでフィーの背中に生える一対の翼のようで。


 トライ―ルは聞いたことがあった。

 数年前、王国と隣の大帝国を拠点にしていた最悪の指名手配集団。その最強(エース)

 史上最強と謳われた殺し屋は、歴史上初めて観測される最高の加護を持っていた。その加護は――。


「『不死鳥の加護』……まさか、伝説と戦えるとは……」

 

 未だ加護による炎で包まれているフィーは賊の背中に剣を突き立て、勢いよく引き抜く。

 フィーは攻撃を避けることを捨てていた。攻撃を受けてでも一撃加えられればニナを逃がすことが出来ると。

 しかし、それ以上に相手が強かった。


 矢で貫かれる痛みはあった。

 心臓の鼓動が止まる苦しみもあった。

 命を失うという恐怖もあった。

 しかし、それ以上に――。


「お前とは忠誠心の強さが違う。僕は僕の最愛を護るためなら、いくらでも死ぬ覚悟が出来ている」


 まるで先ほどのフィーのように倒れ伏した賊の瞳から光が失われるのを確認し主人の元へ帰る。


「……なんで、もっと、自分を大事にしてって……」

「ごめん。でも、ニナ……君が無事で良かったよ」


 フィーは剣で自分の腕を切りつけニナの足を癒していく。

 その行為を見ながらニナは涙を流していた。


 ニナが泣いていたのは、生き返ると分かっていても傷つくフィーのことを心配し、そして立ち上がるフィーの姿に憧憬を抱いた強い想いから。


 短くも濃密な時間に身を浸していた二人は流石に疲れたとばかりに並んで夜空を眺める。

 

「……ノノンとノンノンは大丈夫かな」

「あの二人には僕の血を渡してあるから、大丈夫だと……思う」

「フィー?どうしたの?だい……」


 ニナの心配する声を微かに感じながらフィーの意識は深く沈んでいった。

 

 

「フィー!?フィー!起きて、フィー!」

「落ち着きなさいな」


 突然倒れたフィーに狼狽するニナは、力なく倒れるフィーの消えていない鼓動を感じながら声をかけ続ける。

 そんなニナへ森の奥から現れた妖艶な雰囲気の女性が話しかけてくる。


「……あなたは……?」

「私は……そうね。宵闇の魔女、とでも名乗っておきましょうか。呼び方に迷うならテミって呼んでもらえればいいわ?」

「テミ、さん?……あなたは、誰ですか」


 新たな敵の増援か。自分を守ってくれたフィーを胸に抱き、警戒心を露わにする。

 

「そんなに警戒しないで、私はあくまでも旧友を救いに来たのよ?」


 そう言いながら自然な動きでフィーに触れたテミと名乗った女性は、空に舞う月の明かりを自身の手に集めるとフィーの身体へ浸透させていく。


「この子は加護を使いすぎただけ……はい。これでしばらく安静にすれば起きると思うわ」

「……え、あの、あ、ありがとうございます!」

「こちらこそ、この子に”愛”を教えてくれて、ありがとう。またね?」


 そう言って謎の女性、宵闇の魔女は森の奥へと静かに去っていった。

 胸に抱いたフィーの顔には血色が戻り、すやすやと穏やかな寝息を立て始めた。

 ニナもそんなフィーの様子を見て、安心したのか、フィーの隣で眠りに落ちていった。



 その朝、ハルカが無事にアインラーデン侯爵家へ帰り、森で寝ていた二人も騎士に保護された。

 深夜の激闘から夜が明け日が昇り切ったその日、フィレーネ公爵家の使用人部屋でフィーは寝ていた。

 ニナは当然、疲労により自室で倒れるように眠り、当主から直々に「フィー、君も一日休みなさい」と強制休暇を貰ってしまったフィーは疲れた体をベッドで癒していた。

 はずだった。


 ――パシャリ


 深い眠りの中、瞼を閉じていても聞こえるシャッター音に目を覚ます。

 

「――何をしているのですか?」

「……せっかくだから、撮ってみようと、思って」

「返してください。その写真だけ消します」

「……だめ。これは、私のにするの」

「何を言っているのですか?それは僕のカメラです」

「……知らない。お父様に、新しいの買ってもらって」

「そんなご迷惑かけられるわけないじゃないですか」

「……渡さないもんっ」

 

 カメラを持って逃げ出したニナ。

 それを追いかけるようにベッドから出たフィー。

 二人の主従は、これからも仲良く、お互いのことを守り支えながら歩いて行く。

 

 そのカメラに映った、一枚の写真ように。


 最後に映っていた写真は皆さまのご想像にお任せします。

 とても書いていて楽しかったです。

 それでは、また別の作品でお会いしましょう。



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