第六話
ある朝、佐久間が言った。
「ここから1時間ほど離れたところに、ショッピングモールの物流倉庫がある。食料が残っているかもしれん。今日は坊主も来い。実践だ」
悠真の心臓が跳ねた。
訓練を始めてから、初の実戦だ。
怖い・・・でも――やるしかない。
「…はい」
小さく返事をすると、佐久間は軽く頷いた。
「佐久間さん、もっと早く言ってくれたら心の準備が出来たのに・・・」
不服そうな悠真の言葉に、佐久間は笑って答えた。
「何言ってんだ。もっと早く言ってたら、色んな想像ばかりして、余計に怖いだろう」
確かにそうかもしれないと感じた悠真は、それ以上何か言うのは止めにした。
二人は最低限の荷物と非常食を持って、慎重に街を進んだ。
佐久間の対ゾンビの方針は、基本的に“戦わずに逃げる”ことだ。
派手な動きや音を立てれば、余計なゾンビを呼び寄せてしまうからである。
ゾンビを見つけるたびに、二人は物陰に身を潜め、息を殺した。
どうしても避けられない時だけ、佐久間が素早くゾンビを仕留める。
そのどんな場面も、悠真にとっては恐怖でしかなかった。
張りつめた緊張が続き、時間の感覚さえおかしくなりそうだった。
それでも悠真は訓練通りに呼吸を整え、足音を消した。
(怖くない、怖くない……動け)
2時間ほどかけて、ようやく物流倉庫にたどり着いた。
高い壁にぐるりと囲まれ、正面の大きな門は固く閉ざされている。
どうやって入るか考えていた時、ふと横の警備員室が目に入った。
ドアが半開きになっている。
「佐久間さん、ここ……開いてます」
「よし、入るぞ」
警備員室を抜けて敷地内へ入ると、あちこちに“蠢く塊”が転がっていた。
近づくにつれ、それが何なのか理解してしまい、悠真は思わず口を押さえた。
――ネットに絡まり、もがいているゾンビだった。
一塊で十数体はいる。
網から逃れようと暴れるたび、みちみちと肉のこすれるような嫌な音がした。
「悠真、見るな。行くぞ」
佐久間の声に、悠真は震えながらも前を向いた。
倉庫の扉は幸運にも施錠されておらず、静かに押し開けることができた。
中は広く、背の高い棚が果てしなく並んでいる。
そこには、お菓子、缶詰、水、非常食、衣類――さまざまな物資が大量に残されていた。
「わぁ……」
思わず声が漏れた。
佐久間と相談しながら、持ち出す物を選んでいく。
その途中、佐久間が迷彩柄のリュックやパーカー、さらに靴まで差し出してきた。
どうやら倉庫を探索しながら見つけておいてくれたらしい。
「これから本格的な冬になる。悠真、これくらいは必要だ」
「ありがとう…ございます」
悠真はリュックに服と食料を詰め込んだ。
渡された靴はミドルカットの登山靴で、スニーカーから履き替えてみる。
ぎゅっと踏みしめると、足元がしっかりと安定し、ほっと安心した。
そろそろ出ようと佐久間が手で合図を送ってきた、その瞬間――
倉庫の入口で、低い唸り声が響いた。
数体のゾンビが入り込んできたのだ。
しまった。長居しすぎた――!
「悠真、逃げ道を探せ!」
佐久間の声に、悠真は必死で周囲を見渡した。
その時、頭上から声がした。
「そこの少年! こっちへ登ってこい!」
見上げると、奥に並ぶ背の高い棚の最上段に、数名の人影が見えた。
生きた人間だった。
悠真は思わず涙がにじんだ。
(よかった……まだ、生きている人がいる……!)
佐久間の頷きを確認し、悠真は棚をよじ登った。
佐久間も周囲を警戒しながら後に続く。
棚の上で待っていたのは、この倉庫で働いていた人々だった。
彼らは天井近くの棚を渡り歩きながら、なんとか生き延びてきたらしい。
「外にいた奴らはネットで動けなくできたと思ったんだけどな……倉庫の中にも紛れ込んでてさ……」
彼らの視線の先では、さきほど入ってきたと思っていたゾンビが、こちらをじっと見上げている。
どうやら元々この倉庫の中に入り込んでおり、そのせいで彼らは棚から降りられなかったのだ。
「もうずっとこんな体勢でよ。そろそろ限界で……」
そう言って一人が苦笑した。
佐久間は状況をひと目見るなり、即座に動いた。
「食料をもらっていく礼だ。俺がなんとかしよう。最後は手伝ってくれよ」
そう言うと、棚から軽やかに飛び降り、棚に掛けられたネットをナイフで器用に切り裂いていく。
悠真はその無駄のない動きを見逃すまいと、凝視した。
裂いたネットを棚と棚の間に張り巡らせていくと、いくつかの通路が封鎖された。
続けて佐久間は大声を出して走り回り、ゾンビをその一角へ誘導する。
ここまでくると、佐久間が何をしようとしているのか、皆わかり始めた。
ヴオォォ……と唸り声を上げながらゾンビたちが集まってくる。
そして、一箇所に固まった瞬間――
皆で一斉に上から大きなネットを落とし、一網打尽にした。
棚の上にいた人々が急いで降りてきて、ネットにつけられた長い紐でゾンビを網ごとぐるぐる巻きにする。
そのまま全員で外へと引きずり出した。
「やったぞ!」
歓声が弾けた。
ゾンビがいなくなった倉庫で、彼らはようやく床に降り立つことができた。
彼らは外の状況を知りたがった。
佐久間が説明すると、絶望したような表情を浮かべる者もいる。
その空気を感じ取り、悠真は思わず大きな声を張り上げた。
「僕、両親を探してます。きっと……きっと生きてると思う。皆さんみたいに、生きてると信じてます。だから、皆さんの大事な人も、きっと生きてます!」
すると、「そうだな」「希望はまだある」と、次々に声が返ってきた。
佐久間は彼らを誘ったが、倉庫で働いていた仲間同士、物資のあるここで救助を待つという。
別れを告げ、悠真と佐久間は慎重に工場まで戻った。
工場に到着してすぐ、佐久間がにやりと笑った。
「悠真、よくやった。冷静に動けてたじゃないか」
悠真は緊張で荒くなった呼吸を整えながら、胸の奥に小さな誇りが灯るのを感じた。




