第四話
次の日の朝、三人は廃屋を出て、街を慎重に歩きながらコンビニへ向かった。
荒れ果てた店内に足を踏み入れると、天井のライトが一つだけ点いている。
棚は傾き、踏みつけられたパン、缶詰やペットボトル、菓子類が散乱していた。
悠真は手早くお菓子とエナジーバーを手に取り、翔太は水やお茶を確保する。
美咲は缶詰をリュックに詰めた。
あっと言う顔をして、美咲はコンビニのガラスに張り付けてあった紙を剥した。
紙には、避難所までの地図が描かれていた。
「そろそろ引き上げよう」
翔太が声をかけたその瞬間――
鋭い音が響いた。
入口のガラスが粉々に割れている。
割れたガラスをぎちぎちと踏みながら、ゾンビが数体、ゆっくりと店内に侵入してきた。
悠真の心臓は跳ね上がり、冷や汗が背中を伝う。
ぎょろりと焦点の定まらない目、口は開きっぱなしで、動きは鈍いはずなのに、ゆっくりと迫る威圧感に体が硬直した。
この悪夢のような日々が始まったあの時以来、こんなに間近で見たのは初めてだった。
「逃げろ!」翔太の叫びと共に、三人はコンビニのバックヤードに向かって走り出した。
だが悠真の足がもつれ、転んでしまった。
ゾンビがどんどん近づいてくる。
悠真はカウンターに手を伸ばし、必死に立ち上がろうとするが、恐怖で体が思うように動かない。
「立って!!走るの!」
美咲が悠真の腕を掴み、力強く引き上げてくれた。
彼女の汗ばんだ手に握られ、悠真は我に返った。
涙をこらえて立ち上がり、全力で走って裏口から飛び出した。
三人は息を切らしながら街を駆け抜けた。
ゾンビの遠吠えのような唸り声が背後で響き、恐怖で心臓が壊れそうだ。
角を曲がるたびに、ゾンビが見え隠れしている。
悠真は必死に二人についていった。
ようやく廃屋に戻ると、悠真は震える声で呟いた。
「僕、もう死んだかと思った……」
美咲は優しく肩を抱き、「大丈夫、もう安全だよ」と言い、翔太は笑いながら「でもちゃんと走ったじゃん。すごいよ」と褒めてくれた。
悠真は胸の奥に、仲間としての信頼が芽生えたのを感じた。
その後、三人は数日間協力して生き延びた。
食料を分け合い、夜は交代で見張りをした。
悠真は恐怖で泣くだけだった自分が、少しずつ「どう動けば生き延びられるか」を考えられるようになったのを実感した。
ある夜、美咲が真剣な顔で言った。
「翔太と私は、親がいるかもしれない避難所に向かおうと思うの。悠真も一緒に来る?」
悠真は迷った。
両親を探したい気持ちは強い。
でも、避難所に行ったほうが安全かもしれない。
悠真はしばらく悩んで、それから決心した。
「……僕は、一度家に戻りたい。お父さんとお母さんがいるかもしれないから」
勇気を振り絞って答えると、美咲は少し寂しそうに微笑んだ。
「そうだよね。家族に会いたいよね」
翌朝、三人は廃屋の前で別れた。
美咲は悠真の手を握り、泣くまいと震えていた。
翔太は「また会えたらいいな」と言ってくれた。
悠真は涙をこらえ、「生きて必ず両親に会う」と何度も心の中で繰り返し、一人で家に向かって歩き出した。
悠真は一人、黙々と街を歩く。
ふと前を見ると、悠真の目の前にいつの間にかゾンビの群れが迫っていた。
足音を立てないように、慎重に歩いていたつもりが、寂しさから俯きがちになってしまい、気づくのが遅れてしまったのだ。
悠真は慌てて走り出した。
しかし、あちこちから集まってくるゾンビ達に囲まれ、逃げ場を失った。
焦った悠真は、目に入った近くのオフィスビルに駆け込んだ。
だが、そこにもゾンビが数体入り込んでいて、悠真に気づいて唸り声をあげた。
もう絶体絶命の状況だった。
「どうしよう……もう、死んじゃうのかな……」
恐怖で足が止まってしまいそうになる。
それでも必死に階段を駆け上がり、上の階の部屋へ飛び込むと、ラッキーなことにゾンビはいなかった。
そこは会議室だったのか、長いテーブルが並んでいた。
悠真は扉を閉めようと、ドアノブを思い切り引っ張った。
しかし、何かが引っ掛かっていてちっとも動かない。
そのとき、階段からゾンビの姿が見えて、悠真は慌てて部屋の奥へ駆け込んだ。
テーブルの下に潜りこもうとした悠真は、思わず息をのんだ。
猫が一匹、テーブルの下の隅に隠れるように座っていて、綺麗な青い目でこちらを見ている。
ほんの数秒固まってしまった悠真は、開いたままの扉からゾンビがこの部屋に迫ってくるのが見え、死を覚悟した。
もうだめだ…死んだ…
しかし、不思議なことに、ゾンビ達は部屋の前でゆらゆらと体を揺らし、悠真の方に顔を向けているのに、部屋には入ろうとしなかった。
そのうちゾンビ達は大きな唸り声を上げながら、ゆっくりと向きを変え、階下へ降りて行った。
「え……なんで……?」
悠真は驚きと安堵で体が震えた。
しばらく呆然としていた悠真は、時間とともに少し冷静さを取り戻した。
大きく息を吐き、思わず猫のそばにしゃがみ込んだ。
そっと手を伸ばすと、猫はおとなしくなでさせてくれた。
(何が何だかわからない…)
外は夕日色に染まり始めていた。
悠真はその日、家まで行くのを諦め、この部屋で休むことにした。
テーブルの下で小さく身を縮めた悠真に、猫が体を寄せてきた。
暖かい…
悠真は猫を抱き込み、一緒に眠った。




