第二話
翌朝、悠真はゆっくりと目を覚ました。
小学校の校舎は静まり返っていて、普段の賑やかさはどこにもない。
悠真は自分の体を抱きしめて、ドキドキしながら廊下を歩いた。
誰もいない。
4階の窓から外を覗くと、街は昨日よりさらにひどいことになっていた。
道路には放置された車が並び、あちこちから煙が立ち上っている。
赤いものがペンキのように点々としているが、悠真は見ないふりをした。
生きている人の姿はほとんどなく、ゆらゆらと動くゾンビと思われるものが徘徊している。
心臓がドクドクと音を立て、思わず体が硬直した。ホラーが苦手な自分にとって、この光景は想像以上に恐ろしい。
ふいにお腹が鳴った。こんなときでもお腹は減るらしい。
悠真はランドセルを探る。昨日、母と買い物に行ったときに買ってもらったお菓子が入っている。
水筒をもある。廊下の蛇口で水筒を満タンにし、しばらくはしのげそうだと自分に言い聞かせる。
「お父さんとお母さんを探さなきゃ……」
小さく声に出すと、少しだけ勇気が湧いた。
もう一度窓の向こうを見たとき、向かいの校舎に人影が見えた。
ゾンビかと思って思わず頭を引っ込めたが、からからと窓を開ける音がしたため、恐々もう一度覗いた。
そこにはスケッチブックを掲げた女の人がいた。
《君一人?》と書かれている。
悠真が頷くと、女の人は急いで《こっちは大人3、子供4》《一緒にいた方がいい。渡り廊下に回って》と書いて見せた。
悠真は少し迷ったが、荷物を持って渡り廊下に向かった。しかし扉には鍵がかかっていた。
仕方なく元の廊下に戻り、教室にあったスケッチブックに《カギあかない。僕は大丈夫》と書いて窓に立てかける。
近くに生きている人がいると分かっただけで、安心感が胸に広がった。
無理して向こう側に行くより、安全を確保する方が賢明だと思った。
校舎内を移動して、他に人がいないか探してみた。
隅々まで確認したが、やはり誰もいなかった。
昨日割った窓にはガムテープを貼り、少しだけ安心できる環境を整えた。
物陰から今にもゾンビが現れそうで、ずっと緊張しっぱなしだった。
廊下の隅で座り込み、心臓が落ち着くのを待ち、恐怖と孤独で震える体を、悠真は必死で押さえつけた。
しばらくして、ようやく落ち着いてきた悠真は図書館へ向かうことにした。
図書委員の特権で、壊れた窓から簡単に入れることを知っていたからだ。
それに本棚に囲まれていると、鉄壁に守られているような安心感があった。
図書館で目に入ったのは、『生き抜け!こんな時どうする?サバイバル!』という、司書先生おすすめの本だった。
手に取ってぱらぱらとめくると、漫画仕立てで水と食料の確保や危険回避の方法が書かれていて、今の状況にぴったりだった。
『生き抜け!ゾンビに遭遇!』というページで手が止まった。
そのページでは、映画を参考に色々な種類のゾンビの特徴がまとめられ、『君が遭遇したゾンビはどのタイプ?』と書いてある。
悠真はページをめくりながら、昨日の街の光景を思い出す。
(服はボロボロじゃなかった。)
(動きは遅かったように思う。走れば逃げられたし。)
(肌の色は…汚かった。目はどこを見ているか分からなくて怖かった。)
(最初の男ゾンビは数人がかりでもを引き離せなかった。捕まったら死ぬかも。)
(あとは…噛まれた女の人は起き上がったとき変だった。噛まれたらやっぱりゾンビになるんだ。)
(というより、やっぱりあれはゾンビなんだ。)
鉛筆を取り出し、自分が見たゾンビに最も近いタイプに丸を付ける。
こうして記録しておけば、街に出ることになったときに役立つかもしれない。
それから悠真は小学校で3日を過ごした。
向かいの校舎の人とはスケッチブックで生存確認を繰り返した。
お菓子はもうすぐ無くなる。
『生き抜け!』には、水と食料が尽きれば終わると繰り返し書かれていた。
悠真はじっとページを見つめ、決意を固める。
「よし……小学校を出よう。」
窓の外の街を見つめる。恐怖はまだ胸にある。
だが、悠真は次の一歩を踏み出すために心の準備をしていた。




