第3話「戦場を知る者」
陽光が射す森の道を、四人は進んでいた。
森といっても、エルディア大陸の自然は穏やかで、鳥のさえずりすら心地よい。
依頼内容は、周辺を徘徊する魔物の討伐。対象はCランク級の「クローガ」と呼ばれる小型の魔獣だった。
ライゼンの居た大陸ではこの様に魔物を「ランク分け」する事は無かったが、どうやらこの大陸では平均的な強さの魔物らしい。
「はぁ〜……やっぱり外の空気は気持ちいいなぁ! 依頼って感じするよね!」
目撃情報のあった場所まで歩く途中、リィナが弓を背負いながら伸びをする。
「張り切るのはいいけど、足元見なさいよ? クローガは群れるから、注意してね」
セリアが静かに警告を加える。
「……ライゼン、武器はその一本だけか?」
ルークの視線は、ライゼンが背負う黒い剣に向けられていた。長く、重く、まるで漆黒の鉄塊のような剣だ。
「十分だ」
その一言で、話は終わった。
(剣の持ち方、歩き方……気配の消し方まで異常だ。あれはただの戦士じゃない)
ルークは無意識に息をのんだ。
その時だった。
――ガサッ。
茂みが揺れ、獣の唸り声が響く。
「来るよ、正面!」
「構えて!」
クローガ三体が茂みから飛び出してきた。
黒い毛皮に鋭い爪、獰猛な牙。獲物を仕留めることしか知らない目。
「リィナ、援護射撃! セリアは後方から魔法だ!」
ルークは直ぐに剣を引き抜くと、2人に指示を出す。
「分かったわ!」
「いっけぇ!ウィンド・バレット!」
矢が放たれ、風の弾が続く。だが――
「速い! 全然当たらない!」
クローガの一体が、ジグザグに走りながら飛びかかる。
リィナの腕が止まる。セリアの詠唱が間に合わない。
「っ……!」
ルークが前に出ようとした瞬間。
――ズガンッ!
重い金属音と、何かが砕ける音が響いた。
一体のクローガが、地面に叩きつけられていた。
その頭部は潰れ、動かない。
「な――」
誰よりも速く動いたのは、ライゼンだった。
地面を蹴る音さえなく、次の瞬間には二体目のクローガの背後を取っていた。
――ギュッ。
黒い剣が振り下ろされた。
斬撃ではない。“押し潰す”ような質量。
斜めに叩き斬られた魔獣の肉が裂け、内臓が飛び散る。
三体目が後退する。が――遅い。
「逃げられると思うな」
その言葉とともに、ライゼンが左足を踏み込む。
その踏み込みは、爆発のような衝撃を地面に与え、跳躍を加速させた。
「――ッ!」
クローガの視界が、真っ赤に染まる。
喉元を、拳で粉砕されていた。
静寂。
「……お、おわった?」
リィナが、震えた声で呟く。
「たった数秒で……?」
セリアが呆然と立ち尽くしていた。
「戦いって……こうも違うものか」
ルークがぼそりと漏らす。
ライゼンは剣を背に戻し、一言だけを呟いた。
「遅い。技術も、判断も。……命を落とさなかったのは運だ」
「う……うぅ……それは分かってるけど……」
リィナが涙目でぷくっと頬を膨らませる。
だが――誰も反論はできなかった。
戦いの質が、次元が、違いすぎた。
(あれが、“本物の戦場”を生きた者か……)
ルークが、静かに息を吐く。
その背中を、ライゼンは一瞥しただけだった。
◇ ◇ ◇
ラシェルの家々が夕陽に染まる頃、ライゼンたちはギルドの扉をくぐった。
木製の扉を開けると、内部は冒険者たちの喧騒で賑わっていた。
「ただいま戻ったよ〜!」
リィナが明るく声を張ると、受付奥で書類に目を通していた壮年の男性が顔を上げた。
「……戻ったか。例の異邦人も一緒のようだな」
そこに居たのは昨日も対応をしてくれた無口で無愛想な男――《ギルド職員ハイル》。
「依頼の達成報告だ。森で遭遇したのは《クローガ》三体」
ライゼンが前に出て、簡潔に語る。
「戦闘は十数秒で終了。全員無傷。討伐確認済み。証拠部位はこれだ」
ルークが革袋を差し出すと、中には血の乾いた牙と、体液の染みた爪が入っていた。
「……なるほど、実に的確な報告だ。どうやら、ルークの考察通りただ者じゃない様だな」
ハイルは無駄な言葉を挟まず、淡々と記録帳を綴る。
その間にも、酒場の奥では冒険者たちがざわついていた。
「なぁ、あの黒髪のやつだろ。例の《異国から来た剣士》ってのは……」
「クローガ三体を十秒でか……ウソじゃねぇなら、Bランクだって狙える実力だ」
「でもよ、あの目……どこか“戦場の目”をしてやがる。場数が違うんだろうな」
それらの言葉にも、ライゼンは一切動じなかった。ただ、黙って己の役目をこなすだけ――それが彼にとっての“生きる”ということだった。
「今回の依頼は完遂だ。ほら、これが報酬だ。」
ハイルが四人分の袋を渡す。じゃらりとした音に、リィナの目がキラキラと輝いた。
「わーい! 久しぶりにちゃんと報酬もらった気がするー!」
「……前回の依頼で、魔物の毒の罠に引っかかったのは誰だったっけ?」
「そ、それは言わないお約束だよ、セリアぁ……!」
「報酬を渡したところで、次の依頼を紹介していいか?」
ハイルの無機質な声が響いた。
「Bランク推奨の討伐依頼。内容は、森の北部に現れた大型種の撃破。名前は――《シュリヴァー・ファング》。Dランクパーティー三組が挑み、撤退。重傷者も出ている。現在、早期討伐が望まれている状況だ」
「……その敵、危険度は?」
ルークが真剣な声で問う。
「一撃の破壊力はクローガの比ではない。だが、知能は低く、罠に対する警戒は薄い。地形を活かせれば勝機はある。だが、これは正直お前たちのレベルからしたら相当危険だ、断っても良いが――」
その言葉を聞いたライゼンが、静かに目を伏せた。
「……受けよう」
「え? あっさり?」
「必要なのは実力を証明する機会だ。なら、相応の戦場で証明するだけ」
「うわ、かっこよすぎない!?」
リィナがぎゅっと拳を握って騒ぐ。
「……お前がいなければ即死、正直そんな未来が見える」
「私たちも、もっと頑張らないとね」
セリアの目に、静かな決意の光が宿った。
こうして四人の次なる戦場――真の戦闘が待つ森の奥へと、物語は進み出す。
最後までお読み頂き感謝です!!!
自分は皆様が楽しめる作品を書くのが永遠の目標ですので、お時間のある時で構いません!次話も読みに来てくださると嬉しいです!