表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/20

第13話「瘴気の森と、始まりの決戦」


 セトラ街道へと続く森の道を、ライゼンたち四人は馬車で急いでいた。

 とはいえ、通常の冒険者が使う荷馬車とは違い、ギルドが用意した“緊急用の軽装車両”であるため、その速度は馬の脚力限界に近い。


 車輪が土を削る音が静かな森の中に響いていた。


「ねえライゼン、その“カグラ”って、どうして仲間を……」


 リィナが少し緊張した声で尋ねた。

 ライゼンは前方を見据えたまま、すぐには答えない。

 その沈黙が、過去の傷の深さを物語っていた。


 やがて、ライゼンは呟くように言葉を落とした。


「……俺たちは、ヴァルメルの“深部掃討任務”にあたっていた。魔物の巣窟に潜り込み、感染した“人型魔獣”を処分する任務だった」


「人型って……まさか、元は人間だったってこと?」


 セリアが眉をひそめる。


「……そうだ。あの大陸では、魔の瘴気に長く触れた者は変質する。それを斬るのが、俺たち守護者の役目だった」


 ライゼンの視線は過去を見つめるように遠く、冷たい。


「そのとき、カグラは仲間を斬った。“変質前に、兆候があった”と主張してな」


 ルークが低く呟く。


「証拠はなかったのか?」


「いや、確かに気配はあった。俺も気づいていた。だが、その“兆候”を見極めるのが、俺たちの仕事だった」


 ライゼンの拳が、無意識に膝の上で握られていた。


「カグラは、ただ“危険かもしれない”というだけで、仲間を斬った。躊躇も、判断も、なかった。ただ……笑っていた。楽しそうに、な」


「……」


 静寂が、馬車の中に広がる。


「その後、上層部は“事故”として処理した。だが、俺は納得できなかった。処分命令が下りたのは、それから二週間後だった」


「で、取り逃がした……」


 ルークの言葉に、ライゼンは小さく頷く。


「だが、あの時の斬撃は……俺の全力だった。生きていたこと自体、想定外だ」


 リィナが小さく言った。


「じゃあ今度は……倒せる?」


「……ああ。“ヴァルメルの戦場”をここに持ち込むわけにはいかない。必ず、俺が斬る」


 その言葉に、誰もが口をつぐんだ。


 そう――それは、彼の“責任”だった。

 この世界で、新たに得たものを守るために。

 そして、過去に斬れなかったものを、終わらせるために。


 ◇ ◇ ◇


 セトラ街道に到着したのは、昼をやや過ぎた頃だった。

 空は晴れていたが、焦げた臭いが風に乗って届いてくる。


「……これが、襲撃の現場か」


 森を抜けた先に広がっていたのは、焼け落ちた荷馬車と、斬られた兵士たちの遺体。

 すでにギルドが手配した回収部隊が動いていたが、痕跡ははっきりと残っていた。


「傷の形が……まるで獣に喰われたみたいね」


 セリアが遺体を調べながら言う。

 その表情には冷静な分析者としての視線がある。


「だが、それだけじゃない。これは……“剣”の跡だ」


 ルークが一本の焼け焦げた木を指差す。

 そこには、真っ直ぐ斜めに貫かれた斬撃痕が残されていた。


 ライゼンは、それを見つめたまま、呟いた。


「……あの技、間違いない。“夜叉閃牙”……奴の十八番だ」


「かっこいい技名なのに、やること最悪だね……」


 リィナがぼそっと呟いたが、誰も否定はしなかった。


「セリア、痕跡を追えるか?」


「ええ、でも慎重に進んだほうがいいわ。周囲にはまだ瘴気が残ってる。普通じゃないわね、これ」


「ライゼン、この瘴気って……」


「ああ、ヴァルメルにあったものと、似ている」


 ライゼンの表情が険しくなる。


「つまり、奴はあの瘴気を、こっちの大陸に持ち込んだ。……何らかの手段で、瘴気を安定させ、拡散している可能性がある」


「でもそれって……まるで“侵略”じゃないか」


 ルークの言葉に、誰も返せなかった。


 ライゼンの過去――ヴァルメルの呪いは、ゆっくりとこの大陸に浸食を始めていた。


 その兆しに、誰もまだ気付いていない。


 だが、彼は知っている。


 あの“漆黒の剣”が動いた時、戦場は生まれる。

 そして、それを止められるのは――


 ライゼン・ヴァールただ一人だと。


 ◇ ◇ ◇

 

 その後。瘴気の気配を辿り、ライゼンたちは森の奥へと踏み込んだ。


 葉の色はくすみ、風は淀んでいる。

 光すら届かぬその森の一角――まるで、ヴァルメルの森の断片が切り取られたかのような空間だった。


「……これ、本当に同じ世界?」


 リィナが弓を構えながら呟く。彼女の表情からは、いつもの明るさが消えていた。


「空気が重い。瘴気の密度が上がってる。ここは……“何か”の中心地ね」


 セリアは指先に小さな魔法陣を浮かべて、空気の流れを視ていた。


「足音も、呼吸も……抑えろ。奴はこの中にいる」


 ライゼンが、いつになく低い声で言った。

 彼の目は一切の油断もなく、獣のように周囲を捉えている。


 ルークが剣を抜くと、鋼の冷たい音が静寂に響いた。


「動くぞ。奴が仕掛けてくる前に、こちらから叩く」


 その言葉と同時に――


「――よぉ、来たなぁ。ライゼン」


 闇の中、木々の影から現れたのは、黒髪を後ろに束ねた、細身の青年だった。

 顔は笑っていたが、その瞳には底知れぬ狂気が宿っている。


 “狂気の剣”カグラ。

 かつてヴァルメルで共に戦い、そして斬り合った男。


「久しぶりだな。あの時、てっきり俺のこと、殺しきったと思ってたろ?」


 カグラの声は陽気だったが、剣からは血の匂いが漂っていた。

 その体からは、明らかに魔の瘴気が漏れている。人の枠を超えた“何か”に、既に踏み入っていた。


「……なぜ、ここに来た」


 ライゼンの問いに、カグラは口元を歪ませた。


「退屈だったんだよ。ヴァルメルはもう終わりだ。死しかない大地で、腐った命を狩っても、つまらない」


「……だから、新しい大陸に?」


「そう。こっちは“生きてる”。この大陸の奴らは、まだ痛みを知らねぇ。苦しんで、絶望して、その中で生を掴もうと足掻く姿は……見てて興奮するんだ」


「……狂ってるな」


「今さらか?」


 カグラはひょい、と肩をすくめる。そして、剣を抜いた。


 それは、異形の刃だった。

 黒い金属に瘴気が絡みつき、刃の先端は獣の爪のように歪んでいる。


「……見せてやるよ。あの大陸で、俺が得た“進化”を」


 次の瞬間――音が消えた。


「っ!」


 リィナがとっさに跳び退る。だが、カグラは既にルークの目の前にいた。


「おい、こっちの雑魚は邪魔だぜ?――消えなっ!!」

「……っ!!」


 振り下ろされた刃――だが、それを受け止めたのは、漆黒の剣。


 ライゼンが、ルークの前に立っていた。


「遅ぇよ、ライゼン。今の俺は――」


「……黙れ」


 冷たく、鋭い声。


「お前は斬るべき物を斬る意味を見失っている。故に剣を持つ資格は、もうない」


「……は?」


 カグラが目を細める。

 その刹那、衝撃音が森に響き渡った。


 ――ライゼンの剣が、カグラの身体を吹き飛ばしていた。


「な……!」


「油断したな。俺は“昔のまま”じゃない」


 地形を利用し、瘴気の流れを読んだ一撃。

 それは、ただ力任せではない“戦場の技術”そのものだった。


 リィナが呆然と呟いた。


「……うそ、カグラって人、めっちゃ速かったのに……!」


「……これが、私たちの知らない、守護者の戦い……」


 セリアも震える声で言った。


 倒れたカグラは笑っていた。

 口から血を流しながら、それでも笑っていた。


「はは……やっぱり、お前だな。ライゼン。お前だけは……“殺す価値”がある」


「……次はない。お前はここで、終わる」


 再び剣が交わる。

 戦場は、いよいよ本番を迎えた。

最後までお読み頂き感謝です!!!

自分は皆様が楽しめる作品を書くのが永遠の目標ですので、お時間のある時で構いません!次話も読みに来てくださると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ