第1話「追放、そして漂着」
――黒い空に、稲光が走った。
瓦礫と化した都市。血の匂いが染みついた石畳の上を、二本の足音が響く。
重く、乾いた足取り。その音の主は、ぼろぼろになった黒の鎧を着た青年だった。
青年の名は――ライゼン・ヴァール。
彼は「守護者」だった。
魔物に支配されたこのヴァルメル大陸で、人々を守るために国に雇われ、戦い続けてきた兵士。いや、もはや兵士ではない。
“ただの処理装置”だ。感情を捨て、戦いだけを繰り返す存在。
「……なるほどな」
立ち止まったライゼンは、目の前に立つ男を無感情な瞳で見つめた。
古びた玉座の前。威圧的な甲冑を身に着けた高官が、冷たく言い放つ。
「お前は用済みだ。任務の達成率は文句なし……だが、融通が利かん。上層部に従わず、勝手に動きすぎる」
ライゼンは、何も言わなかった。
確かに命令は無視した。だが、それは村を見捨てろという非道な指示だった。
彼はただ、“正しく動いた”だけ。結果、村は守られ、魔物は殲滅された。だが、上にはそれが気に入らなかった。
「守護者ライゼン・ヴァール、貴様を“追放”とする」
ライゼンの視線が、ゆっくりと足元の命令書に落ちた。
そこには無情にも一言――〈追放〉とだけ、刻まれている。
彼は何も言わず、それを拾い上げた。
振り返らず、そのままその場を立ち去る。
──それが、“この大陸での最後の任務”だった。
◇ ◇ ◇
海は、暴れていた。
黒く、濁りきった波。
どこまでも続く嵐。水平線すら見えない。
ヴァルメル大陸と他の世界を隔てる“黒の海”。それは、決して越えてはならない死の海域。
小舟の上。
ライゼンは、腰を落とし、波に揺られながらじっと空を見上げていた。
(……死ぬかもな)
初めて、そう思った。
今まで何百体、いや何千体と魔物を屠ってきたが、ここは理不尽すぎる。
だが、ライゼンは笑わなかった。焦りも見せなかった。
ただ、波の周期を読み、舟の重心を探り、冷静に分析を繰り返す。
(風は南東。波は三秒ごと。舵はない。……望みは、限りなくゼロに近い)
冷静な思考が浮かんでは、波にさらわれていく。
やがて、稲妻が空を裂いた。その瞬間、巨大な波が現れ、彼の舟を飲み込んだ。
すべてが、暗転する。
◇ ◇ ◇
どれだけ時間が経っただろう。
ライゼンが目を覚ましたのは、白い砂浜だった。
空は青く、風は穏やか。空気は澄みきっていた。
(……ここは、どこだ?)
彼はゆっくりと体を起こし、辺りを見回す。
遠くには森、川、そして小さな村らしき建物が見える。
そして、声が聞こえた。
「セリア! あそこ! 人が倒れてる!!」
はつらつとした少女の声。
次に、落ち着いた女性の声が返す。
「怪我人かも。回復魔法の準備を――」
(……魔法?)
その単語に、ライゼンの目がわずかに細まる。
ヴァルメルには存在しなかった概念。彼にとっては“未知”であり“警戒すべきもの”だ。
彼の前に、三人の人物が現れた。
一人目は、栗色の髪を結んだ少女。軽装の弓使いで、目は大きく、元気な印象。
二人目は、長い銀髪とローブをまとった女性。杖を手にした魔法使い。落ち着いた表情と優しげな瞳。
三人目は、黒髪の青年。剣を背負い、鋭い目つき。静かに観察するような視線を送ってくる。
「だ、大丈夫ですか……? って、服、ボロボロ……!」
元気な少女が駆け寄ってくる。
ライゼンは立ち上がり、彼女たちを無言で見下ろす。
その目は、感情をほとんど浮かべていない。
「……ここは、どこだ」
低く、短い声。
少女がびくっと肩を跳ねさせた。
「エルディア……大陸。あなた、まさか……海から来たの!?」
その言葉に、ローブを纏った女性の表情が固まった。
「……黒い海を越えて来た人間なんて、伝承の中の話だと思ってたけど……」
ライゼンは彼女たちの様子を静かに見ていた。
(……やはり、ここは“別の世界”だ)
そして、少女は小さく笑った。
「へへっ……なんか、大変そうだったみたいだけど……私たち、手伝えることあるかな?」
ライゼンは、ほんの少しだけ目を細めた。
初めて見る、敵ではない“人の温かさ”。
だが、それをどう扱えばいいのかは、まだ分からなかった。
「……あんたたち、まさか守護者か?」
「守護者?私たちは冒険者だよっ!まーまだまだ駆け出しだけどね!わたしが弓のリィナ、こっちの落ち着いてるお姉さんが魔法使いのセリア――それで」
「俺がルークだ。大丈夫か?どうやら海から流れ着いたみたいだが……」
3人を順番に見たライゼンはわずかに頷いた。
「俺は――ライゼン・ヴァール。元“守護者”だ」
言葉の意味が通じなかったのか、三人はきょとんとした顔をする。
だが、それでよかった。
ここでは、過去の肩書など何の意味もない。
──そう、これはライゼンの新たな旅の始まり。
死に包まれた世界から来た男が、“温かさ”と“戦い”の狭間で、再び剣を手に取る物語。
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