閑話:獣の里帰り
「ま、まだ腕と血が⋯⋯本当にここでよろしいので?」
「あぁ、終わったらここまで戻ってくるから、これでコンビニなんかで食事を済ませておけ」
一万円札を手渡して車から降り、背を向けたまま言う。
「釣りはいらん」
一般人が見ればただの登山客かと思うが、ここはそうではない。
「っ、まだイテェな」
体の痙攣。
昨日の喧嘩があまりにも興奮し過ぎて、女3人気絶させてしまったよ。
寝れずじまいだ。
「今は取り立てでもねぇし、背負うか」
ジャケットを肩に掛け、再度進む。
ここは草薙総本山──"泰山"という。
民間人、関係者じゃない人間は入れない普通の人間が見たら都市伝説のようなものだ。
と言っても⋯⋯もう、来ることはないと思っていたが。
「⋯⋯恭司⋯⋯坊っちゃん?」
懐かしい。茜か。
「久しぶりだな」
門番をしていたおさげの女。
パァッと明るくなって俺の元へ駆け寄ってくる。
「よくぞご無事で⋯⋯っ!」
泣きながら俺の手を包む。
俺はオメェに碌な事をした覚えはないんだが。
チッ、気まずい。
「俺も来ることはないと思っていたが、少々そうも行かない」
「と、言いますと?」
「当主達を集めるように言ってくれ。
今回は割とマジな奴だ」
「し、しかし。
今からとなりますと⋯⋯」
「この情報は近い内に喋るだけで金がかかるぞ。
それをお前が決めるのか?茜」
「そ、それは」
*
「準備ができました!」
入口付近の壁に寄りかかって待っていると、茜が急いでやってくる。
「行くか」
本殿の敷地は外から見てかなり認識が変わる。
そういう術式が組み込まれているし、隠形も何人も隠れて見張っているからな。
中央通路を進み、草の間という当主達が集まる部屋の扉へと着く。
「で、では⋯⋯」
「そんなに緊張するな」
「き、緊張しますっ!」
まぁ無理もないか。
直系の血統だから俺はあまりなんとも思わないが、界隈では男尊女卑であり、当主=神のようなもの。
一言で人生が破滅するし、天国にもなりうる。
錆びたような堅い扉が開く。
俺は堂々その扉をくぐり、一際気品を感じる絨毯の上を歩き、見えてくる重鎮の面々の視線を浴びながら立ち止まる。
「草薙直系、5番目の風。
⋯⋯草薙狂仁」
「恭司と名乗れと言っただろ!」
近くにいる吉村が微妙な声量でブツブツ言いやがる。
「俺はあの日、自分の名前はこう名乗ると決めた」
創一が言った。
お前に教えたのは、この世界にソレに抗う手段を持つ人間が居ないと明確に言ったから。
お前はその証であり、誰かが見てくれている。
憧れたから。
短い間だったけど、誰よりも親らしい事をしてくれたのはアンタだけだったから。
タバコを吸うのも、戦うスタイルも、アンタが遺したものだから。
すると、大きな玉座に片膝を立てて座る一際大きい男。
当主であり、ここの世界では動く神人が俺の目を見据える。
⋯⋯っ。
創一のレベルではないが、それでも見つめ合うだけで震える。
圧倒的な気脈。
容量から違う他者を相対しただけで殺す事の出来る霊脈とも相性の良い覇気。
「恭司、何故戻った」
あの日。
創一が俺の前から消えた日。
俺はこの家を捨てた。
創一とずっと話していたから。
この家で生きている事が酷くつまらなくなったんだ。
外は面白いって。
こんな所でイキがってても、そう遠くない内に滅ぶのだから遊んどけと。
実力は俺が教えたんだから問題ないだろうと。
「今日は警告をしに来た」
当主以外の人間が顔を歪める。
「⋯⋯何」
「恭司!今更何を言いに来た!!」
罵詈雑言が俺に飛んでくるが、そんなのモブかと言わんばかりに俺と当主の表情は変わらず、目線は合ったまま。
「この間、化物を見た」
ーー⋯⋯っ!!
あの喧嘩。
喧嘩自体は俺の勝ちだったろう。
だが、戦いの最中の一瞬。
やつの腕が上がった瞬間、全身を爆発させそうな見たことない程のナニカが蠢いた。
殺気と、気脈ではない何か。
そしてそれを行えるというほどの力を持っていた。
組長にはそれとなく流したが、アレは人が対抗するにはあまりにも荒唐無稽な物だ。
目の前のコイツと同じ化物。
人の姿をした化物が。
この世界に、いるとは思ってなかったが。
「⋯⋯それで?」
「表ではボンボンを演じてるが、裏では着々と変なことをしでかしているようだ。
俺からすれば関係はないが、一応世話になったからな。
それに、奴の周りに八雲を使える女が居た。
誰かが介入している」
八雲は俺達草薙以下の人間が呼び出せる最上級式神──八雲ノ豪ノ虎。
その身に宿る衝撃や風圧、様々なダメージを無効化する。
ちっこいのなら対象外だが、八雲が使えるとなれば話は変わってくる。
「や、八雲だと!?
それは明確に反逆では!?」
「知らん。
とにかくそういう事だ。
俺はこんな所一秒も長居したくねぇ」
「き、恭司!!待たんか!」
うるせぇジジイ共だ。
背を向けてテクテク歩いて入口の扉に触れた時だった。
「───しっかり、元気にしているようだな」
⋯⋯っ。
「アンタが俺のことを気にかけるなんて、どういう風の吹き回しだ?」
首を回して訊ねたが、それ以降口を開くことはなかったが、俺を黙って見ているだけだった。
──今更父親ヅラなんてすんじゃねぇよ。
「行くぞ」
「ちょ、坊っちゃん!」
扉をくぐる。
だが。
「⋯⋯また来る」
閉まりかけの扉越しに俺は当主⋯⋯父親の顔を見つめてそれだけ言い放ち出ていく。
「坊っちゃん⋯⋯!死ぬかと思いましたって!!」
「茜、久しぶりにお前の手料理が食いたい」
「え、えぇ!!坊っちゃん!?」
⋯⋯くそが。
こんな変な気持ちになったのは初めてだ。
やっぱらしくねぇ行動なんてすんじゃなかった。




