閑話:隠形の苦悩
拝啓母様。
私は母上の言う通り、家の中で優秀な人間になる事ができました。
「千葉!!さっさとやらんか!」
「はい!!」
座禅10時間。
体術訓練。
座学。
家訓実施。
あんな地獄を歩んで現在悲しきかな25歳。
産まれてから民間人の世界から外れたこの人生ではありますが、母上の仰る通り──隠形の任をこなしています!
「なぁ千葉? お前旦那いないの?」
「いやぁ? そんな時間あります?先輩」
「いやないな。俺も結婚して奥さんとイチャコラしてぇよ」
男の話はまともではないことを昔の経験から知っているので無視して母上の手紙を書き進める。
「おっ、お母さんに向けてか?」
「⋯⋯見ないでください」
「おぉ、わりぃわりぃ。
俺も3年顔なんて合わせてねぇわ」
両手をヒラヒラする同僚を見て、自分の警戒心に申し訳無さを感じる。
「10歳から⋯⋯私は会ってない」
「おいおい⋯⋯マジで?
一度も?」
「遠目で見たくらいで、話はしてないので」
隠形。
私の家系は本殿に仕える人間。
主君の安全と脅かすであろう敵の排除、そして必要な情報の共有などが主な役割だ。
誰の目にも留まらない生活だ。
かと言って位が低いのかと言われればそうではない。
本殿に入れる資格があるのは相応の人間でないといけないからだ。
「マジか。舐めたこと言ってたわ俺」
「私は隠形ですから、変わっているだけのこと。
通常は3年ですらキツイと思いますが」
隠形は排泄の時間なども惜しい。
その為それ専用の道具を使ってやり過ごす。
ちなみに隣にいるこの同僚は隠形ではなく、本殿の指南係である者だ。
「マジで気の毒に。
千葉ちゃんの出世が早いことが結構周りから横槍が入るけど、現実見たらねぇ。
隠形やりながら通常任務も切り替えでしょう?
それに本殿の後輩の育成。
マジでそりゃ出世するよなぁ。
後輩に聞かせてやりてぇよ」
モリビトには序列がある。
主に10個あるのだが、大体2つ飛ばしで認識が変わるのが基本。
私はその序列で言うと現在五番目。
霧狗と呼ばれる序列だ。
この位置に入れるのは通常40歳前後。
だが私は、私生活がなくずっと任務に励んでいたので気付いたらこんな立ち位置にまで来てしまった。
「でも今時どうなんですかね?」
「今時もクソもあるかよぉ。
民間人の感覚と俺達の世界の感覚は全然ちげぇからな」
全面的に同意だ。
「俺達なんて、この世界から逃げ出そうもんなら本当にそこいらの極道よりやばい仕打ちを受けるしよ。
まぁメリットの方が多いから一概に悪いって訳ではないからな」
それはそうだ。
実情は裏の公的機関であって、金の量がおかしいので、給料の多さも魅力ではある。
「⋯⋯っと、わりぃそろそろ行くわ」
「お気をつけて」
彼は風間の人間なので、音もなくこの場から消える。
この類はお手の物だ。
「ふぅ。書き終わった」
彼には言えない事ではあるが、私自身蓮川の人間でもある。
私達の家系と勢力図はそこまで広くない。
家で繋がり、みんなで牽制し合っているのだ。
昔はそれで身内から巨大な敵が生まれ、能力の戦いで散々なことがあった歴史的背景があるからだ。
千葉家は本殿の隠形専門のモリビトでもあるが、スパイとしての役割もある。
私は本殿の情報と蓮川の内部情報を持つ人間である。
母親が蓮川に嫁入りしたのがきっかけだ。
現在、私の業務が増えたのもある種母親のせいでもあるというジレンマがあるが、仕方ない。
私の業務は隠し子とされている蓮川家の子供の護衛だ。
時には会話相手になったり、家事のサポートもする。
──正直、本殿の隠形より遥かに楽だ。
「ハル、これを実家に」
式神の一つを召喚し、実家へと届けさせる。
そうして私は、蓮川の家へと向かう。
「あっ!来たわね!千葉!」
「遅くなり申し訳ございません」
「いいのよ!」
護衛対象は友達がいない。
その為私が会話相手をするのが主な仕事なのだ。
それで⋯⋯同じ給料なのだから世の中終わっていると思うのは私が働きすぎなのだろうか?
「しっかし⋯⋯あの男、私の美貌を前にしても微動だにしなかったのよ!?」
スタイルは悪くはないですね、確かに。
「微動だに?」
「⋯⋯ええ、わざわざ脱いで演出までしたのに!」
「必要だったということでしょうか?」
「正直ね、、私は男を理解出来ていないから男がどうツボにハマってくれるかを理解しなきゃ始まらないと思うの。
あの男は変わってるのかしら?
それとも⋯⋯」
護衛対象は特殊な能力を発現した事で立場が大きく変わったそう。
今では別荘規模の屋敷を与えられ、様々な活躍をされている。
そんな彼女は、いつからか取り憑かれたように一人の男の話をするらしいと赴任当時直接ご両親から聞いた。
聞いた時確かにやばいなとは思ったけどとても嘘とは思えず、他にも様々な予言を当てていることから信憑性しか感じない始末で。
「日本の結界の場所は調べてあるのかしら?千葉」
「結界と言われましても。
前にもお話したと思いますが、式神による結界や特殊能力によって作られた封印術だとしてもですよ?
⋯⋯大量に結界はあるんです」
そうだ。
日本は特に結界や特別な力がある国だ。
地震と一緒で、震源地を細かく発見するのを手動でやれと言われているようなものに近い。
「分かってるわ?
だけど、これが加速的に結界が緩むと分かっている以上、放置はできない」
「その、質問しても?」
「いいわ」
「結界が緩むのがまずいのは分かるんです。
しかし結果どうなるというのですか?
日本が崩壊するという答えがあったとして、どうなったらそこまでの状態に⋯⋯」
「そこはまだ私も観測出来ていないの。
ただ、現時点で分かることは、あの男が全ての鍵を握っているということ。
あの男に何かあった時には必ず死んでも助ける必要があるということ。
そして、結界=日本の平和が護られているということ。
この三つは恐らく何かしらの形でくっついてるはず。
だから、その結界の緩みを早期的に見つけて原因究明できれば──あのクズ⋯⋯いやゴミをどうにかして止められるはず!
だけどそれも一つのルートにしかならないのだから、私が下着まで見せてあんな屈辱を味わったのに⋯⋯!!」
あ、何かトラウマがありそう。
「大丈夫ですよ。きっと意味があります」
「そ、そうよね!
けど、退魔師を派遣してもらう日が近いかもしれないわ!」
「そうなのですか?」
「イジメを起こしたにしても、ボディガードがいないとでしょ?
あれから毎日酷いのよ!」
「私が行きましょうか?」
「貴女にそこまで迷惑をかける訳には行かないわ」
民間人レベルの戦力なら私一人で問題はないけれど⋯⋯本人がそう言ってくれてるし。
「誰か声をかけてみます」
「ええ、頼むわね。
⋯⋯んなー!!
今日の観た内容だと、彼は死ぬのよねぇ!!
イキってるんじゃないわよ!
さっさと殺りなさいよ!」
傍目からみても、彼女はおかしな人だ。
見え過ぎるというのも、あまり良くないのかもしれないかもね。
昔なら、こんな生活になるなんて思わなかったなぁ。
祓って、英雄のように扱われると思ってた子供の頃が懐かしい。
今じゃ子守りに変わらぬ景色をずっと眺める仕事。
祓うなんてリソースを私にかけるくらいだったら死んでもいいから下の者にやらせるのがいいなんて⋯⋯世の中終わってるよね、なんて。
そうして今日も、私の歪な日々は続いていく。
あ、今日は帰りにうばやきさんを買わなきゃ!




