永い(6)一矢。そして守護霊
ハッ。
真壁の野郎。
こんな状況で両手なんて突っ込みやがって。
「遂に勝てないのを理解して見栄でも張ったか?」
「⋯⋯どうだろうな」
そうぬかすが。
あいつは見栄でもあんな真っ直ぐな目はしない。
それに、あのスタイルになってからかなり圧が変わった。
俺は笑う。
「見栄かどうか──確かめさせてもらうぞ、無頼」
一気に距離を詰め。
「お手並み拝──」
右ストレート。
しかし。
「っ、ほぉ?」
俺の拳を少し上に跳ねながら足裏で受けたのか。
膝を少し曲げる事で衝撃を完全に逃してる。
「ん?」
気付けば俺の身体が浮き上がり、奴に顎を蹴り上げられている。
顎が上がったぞ?
まだ"アレ"は使わなかったが反応が出来なかった。
「ったく──俺相手に靴の裏を当てるなんて成長したじゃないか」
少し舐めたか。
身体が着地したと同時に、蹴りを繰り出す。
だが。
「⋯⋯?」
今度は曲げるほど膝を上げたと思えば、そのまま俺の蹴りを受け止めた。
微かに体が浮いている。
これも衝撃を逃しているということだ。
そして、また俺の顎を横から武器で斬るように。
俺の顎は真横に曲がる。
「俺の知ってる中で、ここまでの反射神経と速度を出せる人間に会ったことがない」
反応出来なかった。
アレを使えばおそらく見えるが、それではつまらない。
「少し興奮してきたなァ」
勝ってばかりの喧嘩には飽きてきた頃だ。
コイツはまだまだ楽しませてくれる!
「無頼、お前に感謝するよ」
「⋯⋯っ」
血が騒ぐ。
空気が破けるような衝撃。
俺の一撃を当たり前に避け、即座にカウンターが飛んでくるこの反応速度と威力、スピード。
ドウッ、と。
内心興奮しながら喋る俺の独り言をぶった斬ってくるこの威力。
興奮して歪む自分の顔。
最高だ。
俺が求めていたのは、コレだ。
「無頼ぃぃ!!!」
それは夜に駆け抜ける紅い瞳孔の豹のように。
これが俺のピークと言わんばかりに叩き込み、叩き込まれる。
反撃を貰うと視界は血飛沫が舞う。
だが関係ない。
今、この瞬間にしか自分の人生で快楽に満ちた瞬間はない。
見ろ、俺の下半身もいつになく元気だ。
女なんて抱くより、遥かに気持ちいい。
手技、これも駄目。
足技も、全て対処され、更に上回った速度で返ってくる。
フェイント。これも駄目。
ハハッ、どのルートを選んでもまるで勝てる気がしない。
掴みにかかろうが関係ない。
避けられ見事に上に跳ねてハンマーでも振り下ろしたような一撃が飛んでくる。
戦えばわかる。
この変なスタイルの持ち主は機械的だ。
来た攻撃を全て適切に的確な部位にばかり狙うような⋯⋯まさに獣を狩る原始人のように。
一切の無駄を省き、ただ相手を狩る。
その証拠に何度も俺の顎は曲がり、興奮がやまない。
コイツが人の技をやる時、そのオリジナルのスタイル、それに近くなる。
そして解る──。
戦ったその相手がお前の心を折るくらいには強かったという事だ。
そして俺には。
歯が砕ける程──甘美な響きだ。
口が閉じない。
興奮で。
闘争本能がやまない。
今、泣きそうなほど嬉しい。
俺が待ち望んだ世界。
壊し合って、破滅する。
人間という種のオスとして、これ以上に美しい事はないだろう。
「⋯⋯っ、そんな姿になってもまだやるのか?」
近くの車のウインドウに映る自分の姿はなんて酷い。
全身から血が吹き出し、顔面は自分の血で染まり。
だが答える。
「最ッッッッ高だ!!!!!」
燃え上がる。
このスタイルをやる人間を壊したい。
喧嘩で、俺も、そいつも壊れるような熱い。
"アレ"を使うしかないか。
自分の左を見つめ、掌を握る。
ガンッッ!!
今まで手を抜いていた力、本来の俺の力を使う時だ。
今のアイツになら──壊れないだろう。
「っ!」
俺の動きを見たアイツが少し距離を取った。
当然か。
「真壁⋯⋯俺は今、人生で幸せだァ!」
つまらなかった。
あの時からずっと。
あの時あの異物と会ったあの日。
俺はアレを使えるようになった。
その言葉を引用するなら、血筋がうんたらと。
この髪が証明なのだと。
アレがなくても強かった自分に、小さい頃からうんざりしてた。
だから自分を殺せる相手を探した。
結局いなかったが。
"拳を握る"
世界はさっきまでとは違う。
めまぐるしい視界は全能に溢れ、力も溢れ。
アリを潰すような感覚に近い。
──ショートフック。
「ほう?俺の状態でもそれを出来るとは」
なら、何処までも付いてこい⋯⋯真壁。
「ハハッァ、真壁銀譲ォォォ!!!」
だが、俺はすぐに気付く。
拳が奴の顔面の前に到達する寸前から進まない事に。
いや、止められたのだ。
すると俺の突きの余波が後ろにいる糞共のスーツを飛ばしかける。
よく見ると真壁の体は痙攣していた。
恐らく、スタイルの継続が難しいほどの技量と精度の高さがあったんだろう。
そう、コイツか。
「⋯⋯片手で俺の拳を止める人間を初めて見たよ」
「銀、よくやった」
「た、大将。次は⋯⋯もう少し早めに⋯⋯」
無力に仰向けに倒れるのを仲間たちが抱え、俺に殺気を向けてくる。
「馬鹿が。俺達のシマに入ってきて被害者ヅラか?
お前達は極道なのだからよくわかるだろう?」
と、今はそれよりも。
「まぁヤクザの言うことは知らんが、飼い主としてお前には一発御見舞しないとな」
そう言う奴の顔はカラッとした笑みだったが、俺の身体はくの字に曲がり、気付けば壁に埋まっていた。
見えていたが、反応できないな。
久しぶりに世界に入ったからか、イマイチか。
パラパラと破片の音が邪魔をしてくるが、まぁ良い。
起き上がって俺は煙草に火をつけ、俺はこの状況に興奮する。
「ふんっ。お前か⋯⋯そのスタイルは」
あいつが真似をした時に発した異様な圧。
まさに今、俺が全力を出せる相手が目の前でアクビでもしそうなほど脱力した姿で、俺を眺めていた。




