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自力で帰還した錬金術師の爛れた日常  作者: ニキニキちょす
国内無双編

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心酔とはこういうものを言うのか


 洗面所で。

 私は大理石の縁を両手で掴み、鏡の中の私を見つめていた。


 滴が、一定間隔で垂れる。

 頬を伝う水。


 あの出会いからもう三ヶ月近くは経つのか。


 無心で自分の顔を射抜くように凝視する。


 髪は生え、肌も皺が減り、視力もこの三ヶ月で見違えるようだ。


 例えるなら、毎日ピークを味わっていくような⋯⋯そんな心持ちだ。


 何をしても良い方向へと向かい、正直今までの寝たきりは何だったのか。


 ──"まさか悪夢だったのか?"

 

 そんな問いが頭の中を駆け抜けるほどだ。


 妻は今年で59だ。

 政略結婚のようなものだが、元々幼い頃からの付き合いもあって仲は悪くない。


 最近、しきりに私と一緒にいたがる。

 手など組んで、私を見上げて夕御飯は何にする?


 と結婚当時のような甘い声で尋ねられた。


 正直戸惑いが勝ってしまった。

 人というのはここまで容姿一つで変化をしてしまうのかと。


 だが、その手を振り払えないのは老人ゆえなのか。


 いや。

 そんなことは分からないが、財産の事もあるのだろう。


 「ふぅ」


 一呼吸し、下を向いていた私はもう一度見つめる。

 

 身体は何もしていないのに年齢に歯向かうように若くなっていく。


 おそらく傍から見ても身体は50に行ってもないだろう。

 

 40くらいと言っても差し支えないな。

 何度も言うが髪も生え、肌も良くなり、身体の機能も若返る。


 あの悪魔⋯⋯神の力によってここまで戻った。


 数年前、海外企業の重役が悪魔儀式に関わっていた事で中止になった話が頭に過ぎった。


 悪魔と契約すると、死後も末代まで影響があるという。


 それでもいいから行う者は幾らでもいるが。


 ぽたりと。 

 伝う滴を目にしながら、私は嫌でも本音を隠せない。


 あぁ。心酔するという事はこういう事なのだと。


 神に平伏すというのはこういう事だ。


 宗教でなくて本当に良かったと心の底から思う。


 きっと──私は人が変わってしまっていただろうから。


 この間も。

 私は彼の頭から私の事を忘れられたくなくてあんな事をしてしまった。


 毎日進捗の連絡が来ては一喜一憂する生活。

 正直平野が居なければ回らないほど私は神経をそっちに回している。


 自分が男だから。

 女の塩梅、どういう人間が男にとって好ましいか。


 そんな事を悩んでしまう。


 そして、私に対して心を開いてほしいって。

 こんな想い人のような気持ちになったのは妻以来だ、笑ってしまう。


 「健康診断の結果、諸星様の身体は20代後半のような状態です。正直、信じられない変化です」


 それから私はかかりつけ医の元で診断をしていた。

 信じる信じないのではなく、歳をとった私にとって、これは義務だ。


 「そこまでか?」


 「⋯⋯はい。現代医療でもここまでの変化は説明できません。


 会長の容姿もそうですが、一番凄まじいのは血液検査でほぼ人間に必要な理論値に収まっているというところです。


 他にも、細胞や様々な値が理論値に至っているという結果です。


 何かなさっているなどとはお聞きしませんが、検査が必要ないレベルで諸星会長の身体状態は健康です。医学的な側面から見ても間違いありません。


 今後も足を運んで来ては頂きますが、これなら半年に一回、年に一回という頻度で構わないと言ったモノになります」


 ⋯⋯あぁ。話を聞く度に、また深く信仰に近い気持ちが生まれてゆく。






 「本当か?」


 『はい。伊崎様と直接生活を共にし始めて初めての外出です。何やら廃材場を案内して欲しいと』


 "なぜ?"


 そんな言葉が思い浮かんだが、私はそんな事を考える前に一番規模の大きい場所を教える。


 「それと、佐藤」

 

 『はい。会長』


 「無理難題が多そうか?必要なら変えるが」


 あの雰囲気から見て、女に相当入れこむだろう。


 見ただけで分かる。


 あの時も一応系統別で見せに行ったが、明らかに見るところが男過ぎて笑ってしまったからな。


 幼い欲望は大人をも超えてくることがあるからな。


 『え、え⋯⋯ぇぇ』


 何やら声が小さい。


 「どうした?言い辛い事か?なら、メールで送ってくれれば良い」


 『い、いえっ! そんな事はありません!』


 「ではなぜそんなに声が小さい」


 おかしいな。

 佐藤はこんな動揺する人間ではなかったはずだが。


 『ま、全く問題ありません!』


 おぉ、声がでかいな。


 「そうか。佐藤がそこまで言うならそうなのだろう」


 ある程度の共有を済ませ、私は今後について考える。


 やはり血筋は大事だ。

 どんなに協力関係、事業協力をしていても──結局は表向きでしかないのは明白だろう。


 どうにかするには、やはり間接的でも円の中に入るしか方法がない。


 やはり──梨奈の娘を使うしかないか。

 




 「平野、これはどういう事だ」


 「こればっかりは私もよく分からないところです」


 次の日。


 平野がオフィスで慌てたように入室してきて報告した情報によれば、伊崎くんが廃材を使って何かをしたというのだが、現場員たちが驚き過ぎて自分たちでは扱いきれないと情報が上がったらしい。

 

 「んん、」

 

 おかしいな?

 私と平野が足を運んだのは廃材場だったはずだが?


 入ると目に映るのは、廃材の山だったモノが新品同然のブロックや石膏ボード、鉄骨や鉄筋がありえないくらい綺麗な状態で陳列されている。


 もはや新品の匂いだ。


 ん?昨晩の佐藤の話では、廃材場に向かって駐車場で10分ほど待っててくれと言ってほぼピッタリの時間で帰ってきただけだという。


 駄目だ──頭が思考をやめろと言っている。


 「会長、アレは」


 平野が指差す先には。

 近付いて置いてあるメッセージカードのようなものとその後ろにあるボードと何かが入った袋。

 

 「何?」


 "この間の礼だ。少しは役に立つだろ?"


 そう書かれたメッセージカード。


 私はすぐに目の前の2つを手に取る。


 「⋯⋯っ!」


 少し持ち上げると、軽い。


 「平野、踏んでみろ」


 「えっ?は、はい!」


 平野はボディーガードとしても一流だ。

 足蹴でおそらくは。


 「だ、駄目です。"硬すぎ"ます」


 軽いのに丈夫なボード。

 

 「こっちは?」


 「⋯⋯これはっ!会長」


 平野が眼鏡を外し、私を見つめる。


 「おそらく、何かのサンプルでは?見た感じ、混ぜる前の状態です」


 12月の寒いこんな時期に。

 悪魔は私を見捨てていない。


 「平野、私はこんなに興奮したことがないぞ。

 まだ──まだまだ! 」


 両手を上げて、心酔した少年の悪魔のような笑みが過る。


 興奮が覚めず、私は叫ぶ。





 「まだ日本を変える事ができるっっ!!!」

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