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自力で帰還した錬金術師の爛れた日常  作者: ニキニキちょす
国内無双編

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そんな事もあったな

 「オジサン」


 ガキの一言で不快になった俺は目が覚める。


 「誰がオジサンだ」


 「名前⋯⋯知らない⋯⋯」


 あぁ、そうだったな。


 「ケルビンだ。おそらく人前には出ないだろうが、ここ以外ではケルビンとは呼ばず、適当に師匠とか呼んどけ」


 立ち上がって近くのテルテルエリクサーを飲みながらそう伝えると、棒立ちのまま動かない。


 「なにやってる?なんかやる事があるだろう?外で遊んでこい」


 「⋯⋯遊んだことない」


 俯いてガキなりに考えた数秒の末に返ってきた言葉に、俺は珍しく負ける。


 「そうか。なら、飯でも食べよう」


 いや、これで俺が作ったらそれはそれで変だな。


 「お前が作れ」


 「作ったことない」


 「とりあえずやってみろ」


 そうして放置した結果。

 出てきたのは真っ黒の固体。


 「んん⋯⋯お前何やったんだ?」


 「分からないまま作った」


 とりあえず個体にフォークを入れる。

 出てきたのは、毒としか思えないドロドロの紫色。


 「俺を殺す気か?」


 「だってケルビン、何も教えてくれない」


 「はぁ⋯⋯」


 そう溜息をつき、俺は手取り足取り教えてやる。


 「これでオムライスの出来上がりだ。覚えたか?」


 横目で見ると無言で横に首を振るガキ。


 「とりあえず、説明はしたからな」


 そうして外へ出て、星空に舞う花園を眺める。


 「南⋯⋯元気にしているか」


 満点の星空。

 天の河が至るところで煌めく中で、俺は昔を想う。


 もう名前しか覚えてはいない。 

 どんな顔だったか、どんな声だったか。


 忘れてたものを思い出す必要はない。

 気が滅入りそうになるだけだ。


 花園にある椅子に座り、今日も俺は研究に励む。


 ただいつもと違うのは。


 「何やってる」


 「やることない」


 んん。そうだったな。


 「そこで今からやる突きの練習をやってろ」


 「いつまで?」


 キョトンと首を傾げるガキに、俺は返す。


 「俺がいいと言うまで」


 「わかった!」


 純粋に健気に──コイツは俺が言った通りに練習に励む。


 そして俺も、研究に励む。

 今日はワープゲートの応用から、と+[−@−-−−







 「ねぇケルビン、朝だよ」


 「俺を起こすな。いつになったら分かるんだ」


 「だって起こしてって言ったじゃん」


 あぁ⋯⋯この間の女が忘れられなーい!

 早くまた来ないかなぁ。


 「起きてー!」


 「わかった、分かったから」


 犬みたいに周りで頑張って暴れるガキに、俺は観念する。


 食堂へ着くと、不格好なオムライス。

 まだ謎の個体から抜け出せていない。


 「いつになったら覚えるんだ」


 「ケルビンが一回しか説明しないからじゃん」


 「一回で覚えろ。俺が拾ったガキなんだぞ」


 「無理」


 「無理じゃない。やるの」


 とはいえスプーンで掬って口に入れる。


 「おい、マズイぞ。自分で食べたのか」


 「食べてない」


 「最悪だ。何してる。食う飯なのになんで自分で食わない」


 「⋯⋯ごめん」


 しょんぼりして片そうとするガキを見て、なんか負けた気がする。


 「はぁ。まぁいい。とりあえず食うぞ」


 そうして食べ終わって、俺はエリクサーを飲む。


 「おい。そういえばお前、両親はなんだって?身売りされてるのか?」


 「腕でも切って金を稼いで来いって言われた」


 聞いた俺が馬鹿だった。


 「とりあえず、風呂に入ろう」


 「うわぁ〜!」


 日本の温泉を彷彿とさせるような情景にしたのだが、合ってるか疑問だ。


 ──覚えてない。


 と、ガキは嬉しそうに万歳しながら走り回る。


 「おい、さっさと髪を洗うぞ」


 「髪を洗う?どうやるの?」


 はぁ⋯⋯。


 「ほら、下手くそかお前」


 「僕やったことないんだよ!?酷いよ!」


 「なんだよ⋯⋯ッたく」


 鏡の前でこのクソガキの髪を掃除する。

 ゴシゴシと。


 なんで俺がこんな事までしなきゃならんのだ。


 「ウエッ、お前汚すぎだろ」


 髪の中からは気持ち悪いほど汚れと小さな虫まで出てくる。


 「しょうがないじゃん!っ⋯⋯うわぁーん!」


 「っあぁ!クソッ、わかったわかった!分かったから!」


 普通のやり方で洗うのは止めて、シャワーから出てくるのをエリクサーに変える。

 

 最初からやりゃ良かった。


 「⋯⋯あれ?痒くない!」


 「だから言っただろ。俺は天才錬金術師だって」


 「ケルビン天才!すごい!」


 「はぁ⋯⋯。だからガキは嫌いなんだよ」


 「うわーっははっ!ケルビン凄い!スゴイ!」


 「⋯⋯⋯⋯ふっ」


 



 「ケルビン起きてー起きて起きて起きて起きて起きて」


 「うわーっ!馬鹿っ、うるせぇ!!」


 勢い良く飛び上がって目が覚める。

 チラッと見ると、あんなガキも背丈が伸びている。


 「着替え手伝う」


 両手を上げて服を変えてもらう。


 「はーいご飯」


 コトッと静かに出たのはオムライスの一歩手前。

 湯気が上がって飯の匂いにはなってる。


 「やっと少しはマシになったじゃねぇか」

   

 掬って口に入れる。

 咀嚼するが、まだ微妙だ。


 「まぁ及第点の二つ手前ってところだ」


 「えー⋯⋯」


 「不貞腐れるな。何回か教えただろ」


 「だってもう何百回って作ったのに、まだ駄目って言われるんだよ? 僕の気持ちも考えてよぉ」


 「俺は王様だぞ? 人の気持ちなんて考えてどうする」


 「⋯⋯ふんっ!ケルビンのバーカ!」


 とは言うが、食べ終わった俺の食器はしっかり洗うガキであった。




 「ふんっ!ふんっ!」


 研究に勤しみながら、毎日コイツの鍛錬姿を見てもう何年だ?


 「おい、お前何歳になった?」


 「え?14歳」


 ⋯⋯えっ。

 

 「あの時何歳だ?」


 「⋯⋯⋯⋯ご、5歳」


 「もうそんなに経過したのか」


 頬杖をついていた俺は時の流れにカクンと顎がズレた。


 「うるさいなぁ!恥ずかしいからやめてよ!」


 「なんだなんだ、あの時はトイレに行けないなんて言って夜中俺を起こして──」


 「あー!!!!知らない知らない!黙れぇ!!!ケルビーンッ!」


 ゴウッと。

 突きが来るが、俺には見えているので関係ない。


 くるッと回転して──顔面へ容赦なく蹴りをぶち込む。


 「ぐっ⋯⋯っ!!!」


 「両手だろうと、よく加減した俺の蹴りを止めたな。

 ⋯⋯褒めてやる」


 「⋯⋯どうも」


 「ほら、続けろ。俺がいいというまでだ」

 






 「ケルビン、朝」


 「んぁぁ? まだ朝じゃな──ゴエッ!!」


 とてつもない肘をもろに貰い、起き上がる。


 「ご飯置いといた。着替えももう終わらせた」


 確かに。見るともう着替えが何故か終わっている。


 「⋯⋯やるな」


 ご飯があるようなので、俺はすぐに食事を始める。


 「ねぇ、ケルビンは人里に降りないの?」


 いつもの如く一緒に食べていると、コイツはそんな事を言ってくる。


 「なんだ?俺ばっかりで飽きたか? 

 

 週に一度、どっかの王族が頼んでいるエリクサーを渡すついでにお遣いがてら街を見てきていいって言ったはずだが?」


 「いや⋯⋯俺が言うことじゃないんだけどさ、戦争してるっぽいんだよね」


 「おう。それがどうした?」


 戦争なんて面倒くせぇ。

 コイツはなんでそんな面倒なことに首を突っ込もうとするんだ?


 「だってさ⋯⋯人が困ってるんだよ?」


 「お前に関係ない奴らだろう? 隙を見せたらお前の持ち物や武器を平気な顔して掻っ攫おうとする糞共だ。


 お前が関与する必要はない」


 ーーありがとうございます!

 ーーエリクサーさえ手に入れば⋯⋯。


 「⋯⋯⋯⋯」


 「うん⋯⋯」


 「ハッキリ言う。今のお前は"弱い"。

 だが、それは俺目線の話だ。他の奴らから見たらお前は自分の事を何も理解していないガキでしかない。


 戦争は馬鹿と馬鹿が言葉では解決できないくらい大きくなった憎悪のぶつけ合いだ。


 あんなモノに正義なんぞ掲げる馬鹿の気がしれん。

 俺が悪くないんだ、お前らが悪いんだと言い合う馬鹿どもの事など放っておけ」


 「う、うん」


 だが、この馬鹿は数日後に変なのを連れてくる。


 



 「おいクソガキこら馬鹿。何だこいつらは」


 折角ポーションの研究に希望の光が見えてきたのに。


 両足変な角度で座りながらイライラのし過ぎで机に指トントンを噛ます俺の前に、知らん大人が数人。


 「ガキ、俺は神聖なこの場所に許可していない人間を連れてきていいと一言でも言ったか?」


 「でも師匠⋯⋯」


 はぁ。


 「で、お前らは?俺の質問にだけ答えろ。

 簡潔に、そこのガキとの関係性とお前ら自身が何者なのかを一言で言え」


 「わ、私は! 聖王国序列15番目の羽でありますネストラアーヴィンと申します!


 この度偉大な錬金術師様であられるレグルス様と一緒におられた貴方様の話を耳にしまして、今回参った次第です!


 現状聖王国と帝国、そして王国を筆頭とした連合国の戦争が勃発しておりまして⋯⋯司祭のご子息が──」


 「それで? ご子息が危篤だから?俺に救う資格があると言いたいのか?


 "だから"、そこのガキを誑し込んだと?」


 「そ、そんな滅相も。し、しかしどうで───」


 その場に身体が爆散する音がだけが響いた。

 俺の魔法だ。


 隣にいた他の人間たちが何やら騒いでいる。


 「ネスト様!!!」

 「いやァァァァァ!!」


 「誰が喋っていいって言ったんだ馬鹿共が。簡潔にと言っただろう」


 見ていたガキは目を丸くして震えている。

 

 「あ⋯⋯」


 他の連中の手には、お土産らしきものがある。


 「それは?」


 「錬金術師様の舌に合うかなと」


 開けるとクッキーに近いものだ。


 おそらく王族に連なる者が作ったはずだ。

 甘く、形状から見覚えのあるクッキーを見るに、俺から聞いて知ってる人間が作ったな。


 だが──。


 その場にいる全員の眼球目掛けて魔法で撃ち抜く。


 もちろん、反応する事も出来ずにただ無力にうつ伏せに倒れる。


 「マズイ。"よく俺の前にマズイ食事"など出せたものだ。 


 ⋯⋯ガキ、後で掃除しておけよ」


 「な、なんで⋯⋯」


 「前に教えただろ、全ての生物には魔力が宿っている。 


 練度が上がると、ソイツの魂に似た形状みたいなものが見える。


 それが揺らぐと、口に出している事と思ってる事が違うことを表している。


 つまりアレはお前を利用してどうこうするつもりだったということだ。


 始めからお前に目星を付けていたんだよ」


 さて、と。

 汚いのを視界に入れたくもない。


 今日はアニメキャラっぽい魔法でも作ってみようかな?


 研究ばかりで飽きた。


 でも記憶が曖昧すぎて覚えてもないんだよな。


 「ご、ごめん⋯⋯ケルビン」


 「お前は喋ってもいいぞ」


 「⋯⋯え?」


 「え?じゃねぇ。お前はそんな顔をする必要はない。


 ここはお前の"家"だろう。

 ただ、今回ばかりは反省しろ。

 人の目利きは人生において必要だ。


 お前が将来怪物になるとして、お前が必要なのは3つ。


 一つは人を寄せ付けるオーラ。 

 2つ目は単純な実力。

 そして3つ目は頭脳と柔軟性だ。


 一つ目はお前の思想に付いてくる人間を目利きする事で叶うし、2つ目と3つ目は俺がいるから問題はない。


 今回で魔力による波動の目利きはある程度出来るようになっただろうし、柔軟性も養われただろう。


 馬鹿共の相手などしてる暇があったら、お前はさっさと俺に一発入れられるくらいに成長しろ」


 「う、うん!!」






 「ケ、ケルビン師匠!」


 「ん?」


 コイツの作った飯を口に入れていると、緊張の面持ちで両手を腰あたりで組み、俺を見ている。


 近くに魔力感知に反応がある。

 また変なのを⋯⋯ん?


 「師匠、俺に付いてきてくれる仲間を見つけた!」


 ガキが呼ぶと、そこには100人近くの武装した傭兵団みたいなのが一礼と共に姿を表した。


 「ほう? お前も成長したな。幾つになった?」


 「え?もう師匠、俺も25だよ?」


 「そりゃ飯も美味くなるか」


 今ではアイツ自ら育てた卵から生み出されるオムライスを食べている。


 「昔、マズイのは嫌だって言ってたのに、俺のだけは食ってくれたよね」


 「⋯⋯気まぐれだ。それで?なんかやるのか?」


 「うん! やっぱり俺は、この世界を変えたい!」


 「どうやって?

 お前は何を思い、どういう思想の元世界をより良くしていきたいんだ?」

 

 「今、貴族による独占が横行している。

 だから、少しでも多くの人間がその独占を、平等に出来たらなと思う!」


 「それが結果没落するとしても?」


 「⋯⋯結末がみんな一緒だったら──俺はいいかなって。一部の人間だったらこうは言ってないかもしれないけど、今、平民はみんなが食い物にされてる。


 俺はそれが許せない!

 だから、少しでも笑顔が増える世界にしたいんだ!」


 ーー生きる意味がない。


 思い出し。俺は笑う。


 「そうか。やってみたらいいんじゃないか?」


 「うん!だから、ご飯──作れなくなっちゃうかもしれない」


 「怪物が遂に解き放たれるのか」


 研究資料から手を離し、あの日の鍛錬姿を思い出しながら、俺は今のガキを見つめる。


 「ローマン」


 「え?」


 「お前は、今日からローマンと名乗れ」


 「慈愛?俺そんなつもりは──」


 「いいから名乗れって言ってるんだ。家名はその時決めてやる。ガキは今日で卒業だ。


 ⋯⋯分かったら行け。

 たまに顔を見せろよ」


 「うん!!ありがとう!師匠!」


 ──ふっ。


 




 ──今年も来たよ!


 「早い、たまにでいいって言っただろ」


 ──師匠!今年も!


 「オムライスを作れ」


 ──え!?久しぶりに会って初がそれ!?



 

 ──師匠! アライン戦争って奴で活躍したんだ!

 もしかしたら貴族になれるかも!


 「おー。そうか。あんなガキも、貴族か。笑い話だ」

 

 ──師匠!今年も教えてよ!


 「まぁまだ弱いしな、お前は」


 ──これでも一応、人に教えてるんだけど⋯⋯はは。


 俺は以前の生活に戻り、研究は進む。

 だが、年が過ぎる度に何処か物足りなさを感じていた。


 新たな魔法は覚えていくし、エリクサーの種類はどんどん増えていく。


 丁度この間、師匠がこの世を去った。

 だからか、俺は様々な事を増やしていくペースが上がった。


 ──来たよ!


 そうしてまた時間が飛ぶ。

 ついこの間挨拶に来ていたのが、もう昨日のようだ。


 挨拶に来たと思ったら、もう挨拶に来る。


 ──師匠寂しそう!

 

 「そんなわけないだろ、研究が捗る」


 ──師匠、今度うちの騎士団に指導してくださいよ!


 「嫌だ。俺は家から出たくない」


 ──家から出しますよ!


 ローマンの顔は見慣れたが、段々と皺が増え、男らしくなった。


 女を覚えて幸せらしい。

 俺は毎週のように女が来てくれるから困ってはないけど。


 ──師匠!子供ができました!だいぶ遅かったんですけど。


 「おめでたい事だな。名前は?決めてるのか?」


 「ケイラムにしようかなーって」


 あははと髪を弄り続けるローマン。


 「なんだその恥ずかしそうな顔は」


 「ケルビンに似せたかったんで」


 ⋯⋯可愛い奴め。


 「どこの貴族なんだ?」


 「王族の⋯⋯」


 「ほう? お前すごいじゃないか」


 「前例のないことらしいです。アライン戦争は国家存続の有無が決まるほどの大戦でしたから。


 平和への一歩の架け橋として、俺は現在と未来の強化という名目で今の妻と」


 「凄いじゃないか。10本どころか、1位じゃないか」


 「10本は大袈裟ですよ。師匠がいなければ、ここには居ませんから」


 「ま、何かやるんだったらその時くらいは出てやる」

 

 「⋯⋯絶対に呼びます!」


 「そんな驚かなくてもいいだろ」






 そこからまた時間は経つ。

 毎年来ていたのが少しずつ減った。


 理由は知らないが、俺は変わらず。

 

 今では2,3年にいっぺんになった。

 どうやら時間がないらしい。

 

 あちこちに飛んで貴族の不正を正したり、家に帰って妻や子供との時間を作ったり。


 ただ、毎年手紙が届く。

 手紙が来ると一年が終わったと思うくらいだ。


 「も、申し訳ない!!」


 聞き覚えのない声だ。


 「誰だ?」


 「ケ、ケイラムと申します!」


 ⋯⋯アイツの子供の頃にそっくりだ。

 豪華な刺繍を纏い、外には馬が待っている。


 「ローマンの子か。どうした?」


 「ほ、本当に若いのですね。一瞬違う方かと」


 「まぁな。それで?わざわざ来たのだから何か理由があるのだろう?」


 「非常に我儘なお話なのですが、貴方様のお力を借りたく足を運んだ次第です」


 「ほう?何があった?」


 「実は聖王国に父が──」


 「またアイツ何かあったのか?」


 「はい。実力ではまだピンピンしているのですが、その聖王国には仲の良い戦友がいるとのことで、自身の命を懸けて身代わりになっている状態でして⋯⋯私ではどうすることも──」


 「本人が言ってないのなら俺が出向く必要はないだろう。怪物に育てたんだ」


 「重々承知しています。ですから、我儘と申し上げたのです」


 深々と頭を下げるケイラム。


 「どうか、父上を救って頂けませんか」



 ーーケルビーン!!


 「⋯⋯⋯⋯」

 

 数秒経ち、俺は立ち上がる。


 「ケイラム」


 「は、はい?」


 「お前の名を全て述べろ」


 「アルセイム王国王位継承権第四位、ケイラム・オルデ・アルセイム。


 ──偉大な錬金術師様に挨拶申し上げます!」


 広がる。

 強大な星空が凝縮された魔力の奔流。


 「ケイラム・オルデ・アルセイム。

 見返り無しで助けるのは──今回が最初で最後だ」


 魔力で正装を創り上げる。

 受け継いだマントを靡かせ、俺はあのクソガキを助けに行く。


 




 「エリクサーなら分けてやるぞ」


 「師匠⋯⋯私には寿命などいりません」


 あれから時が経った。

 俺の家に一人の老人が寝たきりになっている。


 あれだけハリがあった肌も、髪も、面影すらない。


 「師匠は⋯⋯寂しく⋯⋯ないのですか」


 「何がだ?」


 「私は⋯⋯寂しいのです。この歳で、あの時の師匠を思い出すことが増えました。


 いつも独りで、いつも手記を書いておられましたよね」

  

 「寂しくなんてないさ」


 「⋯⋯そうですか。

 私だったら、その孤独に耐えられなかったと思います。だから死にたかったのでしょう」


 そう間が空くと。


 「師匠」


 「どうした?」


 「私の人生に⋯⋯価値は⋯⋯あったのでしょうか?」


 真っ直ぐで、純粋な瞳。


 「あったかなかったかは関係ないだろう。

 お前は満足だったのか?それが重要だ。

 お前のやり残した事はないのか?」


 「ない⋯⋯なんて言えば嘘になるでしょう。

 息子にも、何も出来ませんでした」


 「だが、お前が囚われた時は俺の魔力に耐え、頼んできたぞ」


 「息子まで威圧するのは止めてください⋯⋯ゴホッ、ゴホッ!」


 「寝ておけ。俺は研究がある」


 「師匠──」


 掠れた声で俺を呼び止める。


 「ん?」


 「私に教える事はありますか?」


 ヨボヨボの手で何を言ってる。


 「⋯⋯何言ってる。あるわけないだろ」


 「寂しいですね。この家と、貴方は何も変わっていないのに。⋯⋯私だけが変わってしまったようです」


 「ふっ、死が怖くなったか?」


 「いいえ。文字通り寂しいのです。貴方が無理を言って作らせたオムライスも、汲んでこいと言った水も、ついこの間のようです。


 でも、私はこうして死の瀬戸際に居て⋯⋯でも、この空間はあの時のままですから。


 文字通り、世界から切り離されたような気がして。


 胸が苦しいのです。

 師匠、この感情は──なんでしょうか?

 教わっていません」


 俺もまだ死んではいないし。


 「いつか分かるだろうって──お前はもう無いのか」


 「ははは。そうですね」


 「毎年来る度、お前は突きを見せてくれたな」


 「師匠に見せれるのはそれくらいしかなかったものですから」


 「⋯⋯嬉しかったぞ」


 すると、目を丸くして笑う。


 「何がおかしい」


 「あぁ⋯⋯⋯⋯妻が言っていた事が、やっと分かりました⋯⋯」


 「ん?」


 「なんて貴方は、不器用な人なんだとっはは」


 「瀬戸際だからか言いたい放題だな」


 「老いぼれの言葉です」


 「年上に向かってよく言うな」


 「きっと師匠も、死ぬ間際になったら⋯⋯分かります」


 「だといいな」


 「師匠」


 「ん?」


 ローマンは、俺に穏やかな笑みを浮かべ、

























 「怪物にしてくれて、ありがとうございました。


 お陰で──素晴らしい人生を歩む事が出来ました」

 

 「らしくないな」


 ⋯⋯なら、1度くらいは良いか。


 「よく頑張ったな。不器用らしい俺によく付いてきた」


 コイツの頭を撫でながら見ていると、湿ってきている。


 見ると泣いている。


 「何泣いてる」


 「貴方に──褒められた事がこの上なく嬉しいのです」


 「口が震えてるぞ」


 「⋯⋯本当に⋯⋯不器用ですね」


 「走馬灯でも見ているのか」


 「ええ。ここで過ごした時間、貴方の顔、匂い、仕草、言葉。全て凝縮された一言です」


 すると、ローマンは頑張って上体を起こしては、立ち上がってみせた。


 「なんだ」


 「最期です──」


 そう言って胸の前で拳を合わせ──。


 「⋯⋯ッ」


 死ぬ気か。コイツ。



 ーードゴォォォォン!!


 

 家すら吹き飛ばす程の衝撃波が俺の身体を突き抜ける。

 

 「──神無沙羅」

 

 一撃滅殺、最期の拳。

 それを最後に、俺の胸の中に身体を預けた。


 「幸せです。最期に、貴方と話せましたから」


 そう言って、俺はコイツと一緒に、あの椅子に座る。


 ーーやぁ!

 ーーハッ!

 ーーフッ!!

 ーーハァァッ!!


 突きをしているローマンが俺の目には浮かぶ。


 懐かしい。

 基礎すら出来ていなかった子供が、徐々に完成していく。


 「⋯⋯っ」


 思い耽っていると、胸の中にいるコイツは息をしていなかった。


 そうか。これが虚無ってやつか。

 親というのは大変だな。


 



 「伊崎くん?」

 

 『次の人生、願わくば、また貴方に会いたいです』


 「伊崎くん目開けたまま寝てますよ?」


 「この人たまにフリーズするんです」


 「えぇ、、若くしてそれはマズい気がしますけど」


 「ん?何か言ったか?」


 「いや、突きってこれでいいの?」


 「あぁ、いいって言うまでだ」


 「伊崎さん、それ結構ですよ」


 「つべこべ言うな」


 そう言うとまた続ける。

 それを見ながら、俺は思う。


 俺は案外独りは寂しいと思っているのかもしれない。


 こんな幻覚を、起きているのに見るのだから。

 

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