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自力で帰還した錬金術師の爛れた日常  作者: ニキニキちょす
白波ホールディングス編

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人間にとっての人生とは

 「あっ! 伊崎くん!」


 普段は会長の仕事部屋にしかいないから、こういう所に来るのは新鮮だな。


 「あっ、どうも」


 ここまで送ってくれたメイドさんに一礼して中に入る。


 案内されたゲストルームの部屋はざっくり普通のウチ5個分くらいかな。


 家具なんかはシンプルだけど、一目で高そうだなと分かる絵画や置物がいくつも並んでいる。


 「なんだ、家なのに随分とおしゃれじゃん」

 

 「そ、そりゃあね!」


 待ってましたと言わんばかりに奥から立ち上がっては軽快に走ってくる白波。


 確か、部活は陸上だったよな。

 っと⋯⋯この服なんだっけ。

 肩とか腹が出てるやつ。


 それの上からゆったりとしたデカイシャツをジャケットみたいに羽織って、くびれを意識したデニム⋯⋯だっけか? 


 カタカナとか英語を忘れた。

 魔法でもそれは無理だ。


 とりあえず。

 一言で言えば、中学生にしてはマセた服装で待っていた。


 「そうか」


 この間とは打って変わって、笑ってばかりいる白波。

 

 「とりあえず座ろうぜ」


 と、軽く促してお互い向かい合って座る。


 「パパが言ってたよ? 私に会いに来たって」


 顔からむふふってもはや聞こえる。


 「なんで嬉しそうなんだ?」


 「えっ? 嬉しいわけじゃないし!」


 頬杖をつきながら聞くと、怒り気味に言葉が返ってくる。


 照れ臭そうに笑う白波。

 だがすぐに真面目な顔に戻る。


 「そ、それで? 何か用事があってきたんでしょ?」


 「ん?特にはないぞ?」


 ポカンとする白波。


 「な、ないの?」


 「あぁ」


 無いさ。消えてしまう前に、しっかり見ておかないとと思って来ただけだしな。


 「あ、でも──」


 一応持ってきた物があるんだった。


 「夏休みの宿題ってヤツを何もやってない」


 「⋯⋯⋯⋯なにやってるのよー!!!!」






 「ねぇ、聞いてるの!?」


 「ん?あぁ、これが⋯⋯」


 「やっぱり聞いてなかったんじゃん! 言ったでしょ?」


 ふっ。


 いつの間にか、すっかり教師状態になった白波は、向かいではなく隣にやってくる。


 頬杖をついてダルそうに聞いている俺にしっかり問題を解かせようとしてくる。


 こんな態度なのに⋯⋯まぁ当たり前か。


 「ねぇ? 話聞いてるの?」


 「あぁ」


 耳に掛けた髪が垂れるの直す白波を見ながら、俺は話を聞いたフリをする。


 「いっ、伊崎くん、前はこんな問題で躓かなかったじゃない、どうしたの?」


 ⋯⋯まぁ、数百年経ってますから。

 方程式なんて覚えてるわけない。

 エルフと同い年が結構いたくらいだ。

 魔力式による論文なら、一生書けますがね。


 「なんだったかなぁ」

 

 「もうっ!」


 「悪い悪い」


 「伊崎くんはチャラくなっちゃったせいで勉強を疎かにしたでしょ! 目指せ東大だって言ってたじゃん!」


 ⋯⋯そうだったなぁ。

 

 「あぁ。行けたら良いな」


 「はぁぁ。東大に行くんだったらこれくらい解けないと。だから↓↑『@--【」


 

 ーーねぇ、そーくん話聞いてるの?


 「⋯⋯っ」


 そこには未来の白波が重なって見えた。

 同じ体勢、同じ服装で。


 ⋯⋯ふっ。

 


 「聞いてるの? この問題は──」


 ーーあ、そういえばさ!この間ドラミもんの新作映画やるんだって! 


 「あぁ」


 ーーそーくんとポップコーン片手に映画見るの楽しみだなぁー!


 「そうだな、俺も楽しみだよ」


 「はぁ。やっぱり聞いてないでしょ?」


 ペンを置いて呆れながらこちらを見る白波。


 「ん?聞いてるぞ」

 

 「話が噛み合ってないでしょ」


 「なんでだ? この問題の解き方じゃないのか?」

 

 「ま、まぁそうなんだけど」


 そう言って、渋々白波は解説を始める。






 ミーンミンミンとかなんかの虫がうるさくて、強烈な夏の日差しが宿題の邪魔をしてきている。


 向こうなら真っ先に魔法で消しているだろうそんな環境を⋯⋯今なら心地良いとすら感じている自分が、ケルビンではなく伊崎に寄っているからそう思うのか。


 それとも白波が一生懸命丁寧に教えてくれているからなのか。


 時折"紗季"が重なって見えるからなのか。


 ずっと怒られているのにも関わらず、俺は終始穏やかに笑っていられた。


 開いてる窓から入ってくる生暖かい温風も、ちょっと汗ばむ感じも、全てが心地良い。


 目の前で宿題を教えてくれる白波の顔を見てると、綻ぶ。


 でも白波は一生懸命だったせいで、途中から俺がおかしくなったんじゃないかと本気で心配していた。


 ニヤニヤしながら話を聞く男子はウザイわな。


 良い感じの隙間を縫って飲み物やお菓子を持って入ってくるメイドも、執事も、気配感知すら使わない程視界に入らなかった。


 何百年と毎日24時間気配感知を怠らなかった俺が、使える時に使わないのは本当に稀だ。



 「ふぅ。やっと終わった!」


 一時間半。時間を掛けて教えてくれた。

 そして、ある意味お別れの時間でもある。


 俺は頬杖をつくのをやめ、真正面から伝える。


 「⋯⋯ありがとう」


 少し落ち着いた温風が、俺たちの間を通り抜けた気がした。


 一瞬空いた間。

 白波は少し瞬きをすると、少し慌てた。


 「な、何言ってるの! 急にそんな」


 綻んだまま眺める俺を見ると、段々と寂しそうにしていく。


 「どうしたの?」


 「ん? いや──」


 彼女本来の人生。


 今月。俺も彼女も、本来なら地獄に落ちていく全ての始まりだ。


 ──だが。


 「高校はどこに行くんだ?」


 「一応⋯⋯」 


 最近。伊崎の記憶が無意識にかなり蘇った。

 ──この間のせいだ。


 だから、今⋯⋯もっとも伊崎湊翔としての人格がピークだ。


 だから──知ってる。


 「雙葉学園だろ?」


 「し、知ってたの?」


 ガチのお嬢様である白波は、本来ならこんな公立の中学には居なかった。


 だが、普通を知りたくてわざわざここにいる。


 「あぁ。本来なら、中学の時点で公立なんか居ないだろ?」


 「う、うん!」


 「これからあまり時間が無くなるんじゃないかって思ってな。今日は夏休みの宿題を教えてもらうのと同時に──しっかりお礼を言わないとってな。


 あの時、パンと水ありがとな」


 ⋯⋯そんで。

 まぁそれはいいか。


 「うんうん! 全然!」


 ちょっと引き攣ってる白波を他所に、控えているメイドに荷物を預け、立ち上がる。


 「これ、後で送ってもらえますか?」


 「承知しました」


 「白波」


 「ん?どうしたの?」


 「将来は何になりたいんだ?」


 本来のお前が、どんなモノになりたいのか。

 気になる。


 「ぼ、僕は──」


 そう言うと。少し悩んでいる。


 「夢だぞ?なれるかなれないかなんて関係ないさ」


 大企業の会長令嬢。

 まぁ、跡を継ぐのか。

 ⋯⋯それとも。


 「お、お嫁さん!!」


 「⋯⋯っ」


 そうなのか。


 「意外だな」


 「ぼ、僕は──好きな人と結婚したいんだ!」


 そう意を決して発した白波の顔は至って真剣だ。


 「そうか。"ずっと"聞きたいことが聞けた」


 じゃあ。そろそろ──


 「逆に!」


 白波に背を向けたその時。


 「伊崎くんは──何になりたいの?」


 確かにそう言われると、少し悩むな。

 天井を見ながら、俺は頭を空っぽにして考える。


 「普通かな」


 「普通?」


 「あぁ。分かりやすく言えば、親戚のおじいちゃんみたいな生活さ」


 「なに⋯⋯それっ」


 「笑うなよ。結構本気なんだぞ」


 「っふふ、どういうこと?」


 「月に数回くらい家族達に奢ったりして、イベントとかの時はお年玉あげたりできるのがお爺ちゃんだろ?


 言うなら、それくらいお金と時間を持て余した生活を送れるっていうことだ。


 社会から外れながらも、好き勝手に生きつつ、普通の生活もしたいっていうことさ」


 「それ、楽しいの?」


 キョトンとしながら首を傾げる白波。


 「あぁ。誰の事も気にせず、好き勝手生きていけるんだ。最高さ」


 そんで。いや。


 「そんじゃ、高校──頑張れよ。

 ⋯⋯受験の時は派手に祝うさ」


 背を向け、ポケットから片手を出して挨拶代わり。


 さて。これから──


 『ねぇ』


 「⋯⋯っ!?」


 数歩軽く進んだ⋯⋯その時。

 声が聞こえる。


 軽く腰をひねってその場で振り返る。


 そこには、寂しそうにしている白波と。


 『⋯⋯⋯⋯』


 ──ふっ。


 振り返って。


 俺は一歩一歩──白波の方へ戻る。


 その一歩を踏みしめる度、昔の記憶が蘇る。


 ーーねぇ!今日は何食べに行く!?


 「⋯⋯⋯⋯」


 ーー遊園地行こ! 


 「⋯⋯⋯⋯」


 ーー遊園地はベタ?え?恋愛初心者とかそんなこといいの!

 

 「⋯⋯⋯⋯」


 ーーそーくん、バイバイのチューは!


 思い出していると、白波の前に着いていた。


 「ど、どうしたの!?本当に⋯⋯何考えてるか分からないよ⋯⋯男の子って」


 そうだな。そりゃ分からんよな。
































 かつて、お前を愛した男が目の前にいるって。


 ーーペシッ!



 「痛っ!!」


 片手を出して、白波と──その隣に見える紗季にデコピン。


 「ほ、本当に分かんないよ! 何よ突然っ!」


 『⋯⋯っ』


 二人とも痛そうに俺を見上げている。


 その表情は、どちらも変わらず。

 あの頃のように、変わらない。


 俺だけ──まるで時間止まったようにゆっくり進んでいるみたいだ。


 ──ふっ。


 「くっ、はっ──」


 今、白波がここにいるって事は。


 "救えたんだな"。


 「っ、はははははははは」


 そうだ。 

 かつてはもうヤバかった時期だ。

 

 「ど、どうしたの!? おかしいよ?伊崎くん!今度は笑って!」


 あんな顔をしなくてもいい。


 「ハハハハハッ」


 させなくてもいい。


 「はー⋯⋯⋯⋯⋯⋯"よかった"」


 額から、指を離す。

 ポケットに手を戻し。


 「今度こそ」


 「ちょっと!」


 背を向けて扉の前まで進んだ所で、言わなきゃいけないことを思い出す。


 「"紗季"」


 「⋯⋯っ!! ちょえっ!? な、なに!?」


 伝えないといけないことが多いな。

 ⋯⋯⋯⋯いや。


 振り向かず。

 俺はそのまま言った。



























 「⋯⋯胸張って生きろよ」


 「え?」


 ーー私が胸を張って生きられるようになるまで。


 「もう、僕なんて言う必要はない」


 「⋯⋯え?」


 「障害は──もう二度と来ない」


 ーーどうしたら良かったんだろうね。


 「これから、好きな部活をやって」


 ーー陸上で全国行きたかったの!


 「好きな男を見つけて」


 ーー恋愛したかったなぁ。


 「仕事とか色々やって」


 ーーこういうお仕事じゃなくて、もっと仕事らしい仕事をしたかったかも。


 「普通の人生を歩んで、そんで──」


 もう忘れ掛け始めている。

 何百年前の記憶は、今魔力で無意識に起きてるだけだ。


 時間が経てば、もう最初に会った時くらいの認識に戻るだろう。


 ある程度まで復活するだろうが、今ほどじゃない。

 それに、定着させるには、結構しんどい。


 でも。


 

 ーーそーくん!!大好き!!



 「⋯⋯⋯⋯」


 忘れたくても、忘れられない⋯⋯この世で最も愛した⋯⋯たった一人の女。


 何百年もある俺の記憶。


 その中で──向日葵に包まれながら太陽のような微笑みで俺の人生を照らした彼女は、今も俺の記憶で唯一消えないたった一人の人間だ。


 「好きな男と結婚しろよ」


 アレは、本来なかったんだから。

 俺が関わるべきではない。


 大企業の会長令嬢。

 それと、ただの一般人。

 釣り合わないだろう。



 ーーガチャ⋯⋯



 「も、もしっ!!!!」


 メイドさんが、ドアノブを回した時。 

 白波がここぞとばかりに叫んだ。


 振り返りはしないが、深呼吸をしてる音が聞こえる。

 

 そして。


 「もし──もし、私が伊崎くんが好きだって言ったら!?」


 「⋯⋯⋯⋯」

 

 ーーねぇー結婚したい!

 ーー伊崎紗季になりたーい!!


 

 ──ふっ。


 「バーカ。俺レベルの男と付き合うにはまだ遠いに決まってるだろ?」


 「⋯⋯っ」


 振り返らず、俺は言う。


 これでいい。

 ⋯⋯お前はそれでいい。


 ⋯⋯でも。


 「もし──」


 「⋯⋯?」


 「沢山恋をして、沢山泣いて、そんで大人になって、まだ俺の事を覚えていたら──」


 「覚えてたら?」


 

 ーー結婚!!



 「その時は、考えてやってもいい」


 軽く白波の方を捻って見つめながらクスッと笑う。


 「⋯⋯っ」


 「まぁその前に、乳膨らませとけよ。

 俺は乳がデカイ方が好みだ」


 未来のアイツは、何かやったのか?

 今のアイツはまな板だが。


 「キーっ!!なんだとー!!」


 「ッハハハハハハ! 俺はクズだからな! せいぜい恨んどけよ」


 そんで。俺を忘れて、クズじゃない男と付き合え。

 今度は大丈夫だろう。

 結婚して子供が生まれたら、少しは喜んでやる。


 ⋯⋯ムカつくけど。


 「いつか絶対見返してやるから!!!」


 「ふっ──」


 確か⋯⋯こうだったかな。


 ーーそーくん!


 こう腕を上げて──。


 「またなっ!」

 『またねっ!』


 振り返り、俺は最後に見た紗季と同じポーズで、この場を去った。





 開いた扉を通り抜けて玄関前に着く。


 「おぉ、伊崎くん。帰るのか?」


 今の気持ちで見ると、この人も、救えたことになるのか。


 「ええ。"また"来ます」


 一瞬の風の靡きが、会長の髪を揺らした。


 「なんだ? 突然大人になったようだな」


 「ふっ」


 そのまま通り抜けて見送ってもらう。

 

 外へ出ると、警備の人とすれ違いざまに挨拶をして、遠くに見える車へと向かう⋯⋯前に。

 

 白波の家を振り返って仰ぎ見る。



 ーーねぇ。



 昔なら見えなかっただろうが、魔力を持った今なら見える。

 

 『⋯⋯⋯⋯』


 背後には、"紗季"が立っている。

 恐らくさっき見えたのも、紗季だったのだろう。


 なんとも言えない気持ちが広がるが。

 だが、俺は問い掛ける。


 「楽しかったか?」


 もう昔みたいな振る舞いはできないかもしれないけど。


 「紗季がいない間──俺も何百歳って歳をとっちまったよ」


 『⋯⋯⋯⋯』


 「少しでも楽しめたら、俺はあの時頑張った甲斐があるってもんだ」


 幸せにしてやれなかった。

 けど、一瞬でもそう思ってもらえるように──力を尽くしたつもりだ。


 『⋯⋯⋯⋯』


 ペシッと。当たらないデコピンを紗季にやる。


 触れないけど。

 俺は紗季の髪を撫でる。


 「もし──」


 もし。次があったとすれば。

 もし違う形で魂が出会えたとしたら。


 「紗季、何百歳と歳をとった俺からの餞別だ」


 《この世界は何より美しい》

 《星々の煌めきを》

 《あなたへと捧げよう》

 《愛しき日々よ》


 「完全詠唱の魔法だ」


 指先に集めた魔力を上空へと打ち込む。


 まるで花火のように打ち上がり、綺麗な星々が散ったような煌めきが、夕焼けの空に広がる。


 最初に、たった一人の為に創った魔法。


 「|愛しき日々を刻んだ星の思いラビリアホープ


 夏の打ち上げ花火が突如として大量に広がり、ソレを亡霊か何かの紗季と見上げる。


 1分程続いた星の打ち上げ花火。


 『楽しかった』


 「⋯⋯⋯⋯ふっ」


 魔法が終わった数秒。

 たまたまかもしれないし、幻聴かもしれない。

 だが俺の耳には、声が聞こえてくる。


 「"またな"」


 そう振り返ると。


 『ありがとう』


 更に鮮明に、だが微かに耳元で囁く紗季。

 数百年ぶりに聞いた彼女の声は今も変わらず。


 「⋯⋯ふっ、俺の方こそ」


 その言葉を最後に、俺は振り返ることなく車へと進んだ。


 ただ、チラッと情けなく振り返ると、そこには嬉しそうに笑うあの頃の紗季が手を振っていた。


 「⋯⋯っ」


 目を丸くしていると、彼女は光に包まれ、成仏でもしたかのように天へと消えて行った。


 ゆっくりと前を向いた俺は、夕焼けを見上げ。


 もし、次があったら。
































 今度は壊れるまで愛し合おう。


 ⋯⋯紗季。




 「あれ、もういいんですか?」

 

 「⋯⋯あぁ」


 「いやー、さっき見ました?

 花火大会この辺であったんですかねぇー。

 伊崎さんは──」


 「石田、そっとしておいてやれ」


 「え?あっ──」





 人間の人生とは、不平等だ。

 最初に言わせてもらうが、これが俺の結論だ。

 

 生まれながらにして全てを持っている者。

 生まれながらにして持っている親元に生まれた者。


 そして、生まれながらにして全てを持っていないまま生まれた者。

 

 生まれながらにして持っていない親元に生まれた者。


 中傷ではない。

 これが事実だ。

 

 昔では狩りができる男が持っているという時代だったものが、今では金や権力を持っているものに置き換わっただけなのだ。


 才能を持つ者。

 持たない者。


 人によって様々な世界だ。

 できる者はどこまでも進み続け、できない者はどこまでも蔑まれるこの世界で、なぜ人は生きるのだろう。


 才能とはなんだろうか?

 努力とはなんだろうか?


 そしてこれらを作った神という存在はなんだろうか。

 何百年も生きた俺であっても、全く以て理解できない。


 ただ一つ、言えることがある。


 多分俺達を作ったやつというのは、才能や環境にさほど興味を持っていないのではないのかということだ。


 あくまでおまけであり、彼らからすれば、たまに


 「あ、コイツに運を与えてやろう」


 位のものだろう。

 俺の出した答えはこうだ。


 これは俺達目線ではなく、創造した奴らの視点だが。


 言ってしまえば、彼らが欲しているのは、"感情"である。


 もっと言えば"痛み"である。


 小さい頃の中でも大人に匹敵するほどの精神性を持っている子供。


 きっと周りの人間で一人くらいいるのではないだろうか?


 精神性が高い人間というのは、きっと痛みを味わった回数が多いのではないか?と思う。


 何故か運が良いやつ。

 何故か運がないやつ。


 まるで二元論のように正反対な人間がいる。


 そこで創造した奴らが求めているのは、


 運がある中で味わえる感情を欲している。

 絶望の中で味わえる感情を欲している。


 そうした状況で魂にどう生きたのかを刻印として刻み、人生という生命活動に限りを付与し、そして終止符を打つ。


 死んで一度歩み終わった魂と連結した肉体の記憶を削除し──また新たな肉体へと魂を入れこんでいく。


 それを繰り返し繰り返し行っていく事。

 魂という器を成長させていく行為。


 それが──輪廻転生ってやつなんだろう。


 きっと回数が上がっていくにつれて、才能を持ちやすくなるのだろう。


 何故なら魂に刻まれているのだから。

 

 なぜ不憫になる程の人生を歩む人間がいるのか。

 前世が問題ではなく、その状況の痛みや感情というものを刻む必要があるのではないか。


 魂という器に、俺たちの"意識"が加わった時、プレイヤーとして人生という一生を賭けたゲームが始まる。


 それが、人間という枠の輪廻転生であり、生命の目的なのではないかと⋯⋯俺は思う。


 「伊崎さーん、もう着きますよ」


 「あぁ」


 きっと今も、この広い世界で苦しんでいる者。


 快楽の限りを尽くしている者。

 喜びを味わい尽くしている者。

 悲しみに溺れている者。

 怒りに身を任せる者。


 様々な人間でこの星は溢れかえっている。


 もっと身近で言うならば。


 食うのに困っている者。

 お金に困っている者。

 明日を生きる理由が無い者。

 愛した人を失った者。

 

 きっとこれ以外にもあらゆる感情の連鎖が一生何処かで起こっているし、今もこの国のどこかでそんな人間がいるだろう。


 だが──だからといって、悲観する事はない。


 勿論自業自得という言葉があるように、諦めた人間にはこの限りはない。


 しかし、頑張ってるのに成果が出ない者。

 一生懸命生きているのに報われない者。


 そういう人間はもしかしたら、以前の人生では逆だったかもしれない。


 今は生きていて人を見下すような人間も、もしかしたらその前では見下されたから今そういう風に無意識にしているのかもしれないし、今金ないと言ってるヤツもその逆の可能性だって存在する。


 まぁ。御託はいいか。

 

 つまり何が言いたいかと言うと。


 今それぞれの人生で壁となっていることや心が痛くなってる原因というのは、この人生で必要な感情というわけだ。


 その為に人生を歩んでいるというのに、それで自ら命を断つなど──言語道断だと思わないか?


 そう思えば、今頑張ってることや努力して成りたいものへと邁進している人間、今地獄のような状況下の人間も⋯⋯意味があると思わないか?


 "今あなたの状況は、必要です"


 そう思えば、ほんの少しだけ⋯⋯生きやすくなるんじゃないか?


 「着きましたよー!」


 そうやって。


 誰かと喜びを味わうという感情も。

 誰かと悲しみを味わうという感情。

 何かされて人に怒るという感情。

 詐欺にあったりして辛いという感情も。


 "人間"だから味わえる訳であって。


 そうした感情を持っていることこそ──今俺達がこの世界にいる意味なのだと、俺は思う。


 10年、20年。

 その後に笑って「あの時地獄だったよな」って。


 ⋯⋯笑えるように。

 今日も心を揺らして生きていく必要が俺達人間という種族には必要だ。

 

 そうして次の人生に、やりたい事や叶えたかった事。

 それを魂に刻み込んで来世があったらその時きっとやってるはずだ。


 才能ってやつはそんなもんだろう。


 「あと伊崎さんだけですよー」


 「石田、そっとしておいてやれと言ってるだろう」


 「あぁ、悪い。今降りる」


 昔の人ってすげぇよな。

 それを漢字で表してるんだから。


 今は懸命に生きて、次に託してく。

 人の生とはそういう事だと。


 大丈夫。

 俺がなんとか──今を生きてるから。


 きっと今辛い奴らも、時間が経てばあの時はと笑えるから。


 「今日の空は──えらく綺麗だな」


 それが人の生⋯⋯人生、なのかもな。


 「うえっ、マジで独り言言ってんだ俺」



 ──白波ホールディングス編終わり。

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― 新着の感想 ―
"言ってしまえば、彼らが欲しているのは、"感情"である。  もっと言えば"痛み"である。" ああ、ここんとこはホントにそう思う
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