右腕
それから1週間後。
俺は魔力を常時増やしながら結界の損傷を確認する日々。
パソコンみたいなもんで、いくら俺の身体が良いと言っても、使い続ければショートする。
毎日。
しかも、日本の全箇所を気にしながら生活する事の神経のすり減りは尋常ではない。
かなりしんどい、そう思った日だった。
「母さん、ピンポンなってるよ」
実家でいつも通りしていると、インターホンが鳴る。
「知らない男の人ね」
「郵便じゃなくて?」
「うん、黒いスーツを着ているわね」
黒いスーツ?
「ちょっと待って」
インターホンを確認すると、見覚えしかない。
石田の姿だった。
秘密基地で過ごしていた時に会ったきりだ。
アイツとも距離を置いたから、確認の為だろう。
『石田です。伊崎さん』
「っ、」
『出なくていいなんて言う必要はありません。
伊崎さんならスーツを着ている変な男が来たら自分で確認しに来るはず。
俺だと聞いて出なくていいと言うはずです。
用意周到だから見ていますよね?』
⋯⋯さすが。よく俺を理解しているな。
『男の会話です。
右腕を置いておいて恥ずかしくありません?
早く出てきてください』
「そーちゃん」
言いたいことは分かっている。
「ちょっと行ってくる」
ったく。忠義が厚くても困るっつーの。
*
合流し、車で誰もいない個室の料亭へと向かった。
道中互いに一言も発することはなく、初めて口を開いたのは、互いに座敷に座ってからだ。
「全部話してください」
「何がだ?」
「あそこで1ヶ月もしないうちに何がなんだか分からない内に挨拶しては姿を見せなくなるなんて。
⋯⋯全くあなたらしくない。
今は5月に入る頃です。
もう2か月は空いています」
もう夏まで時間がない。
対峙したのが3月半ばだからそうか。
「伊崎さんが変わっているのは会った時から理解しています。
そのヤバさも。
そして、異常なほど倫理観がズレていることも」
「⋯⋯⋯⋯」
「無言という事は肯定を指しています」
「難しい言葉を喋れるようになったな、石田」
「茶化さないでください。
みんな心配しているんです。
それに、俺はなんとなく分かっていますよ。
貴方がただ離れるのではなくて、何かを守ろうとする為に離れた事くらい」
自分でも未だにその答えがわからない。
ずっと一人だった。
今でも頭に浮かぶ。
脳裏に焼き付いている。
人間の腐っている部分。
終わってる部分。
しかし、それだけでないのも人間であることの証明であり、美しくも残酷な生き物であるという事も。
だが、俺にはそれには馴染めず、結局ずっとひきこもって自己研鑽を積む日々だった。
ただ、師が残した魔法と錬金術という力を超えるために。
友達なんてのは幻想だ。
出来るのは恐れと、畏怖と下心が浮き上がるさまを見つめるだけ。
その中で数人だけは仲良くすることはできたのは紛れもない事実だ。
だがそれでも、本心を言うことはなかった。
「かもな」
自分でもわからない。
俺の目的は変わらなかったはずだ。
ただ、帰還したら家族を幸せにする。
それだけが目的だった。
まぁ楽したいとかだらけたいのは別枠でな。
だが、帰還したこの数年。
多くの人間と過ごし、城の中で過ごす内に。
「伊崎さん、俺、分かってますよ」
認めたくないだけなのかもしれない。
「黙っとけ」
「黙りません。
今のあなたは疲労困憊です」
家族と愛した女以外に目的が出来るのを──恐れている。
自分が知られるのが怖いのだろう。
⋯⋯分かっている。
客観視した上で、自分がとんでもなく秘密主義で、人に説明もしない人間だと言うことは。
「"あなたは一人じゃありません"」
「⋯⋯⋯⋯」
「だから、説明してください。
会長たちにだって、権力と金はあります。
もしかしたらどうにかなるかもしれません」
俺は、一人ではなくなったのかもしれない。
「俺は──」
そうか。
俺も引きこもりをやめるべき日が来たのかもしれない。
*
「つまり、伊崎さんの家は特殊だと?」
「あぁ」
異世界というのは信じられないだろうから異能って事にしたが。
「つまりこういう事ですよね?」
さすが敏腕秘書。
俺の言葉の理解が早い。
メモ帳を取り出して俺の長い、それはそれは長い話をメモったのを見返しながら。
「伊崎さんの話をまとめるとまず、アレイスターという概念には複数存在している。
並べると、アレイスターという神様が実在している、これが一つ目のアレイスターで。
2つめは宗教としてこの世にある様々な宗教の祖がアレイスター教の教えがあると。
3つめのアレイスターは個人として大昔に存在した伊崎さんと同等の騎士が存在したと。
この方の苗字?ミドルネームかもしれませんがアレイスターと言うってことですよね?」
「正確だな」
「神様、宗教、個人。
この個人は強いってことですよね?」
「一番強かった俺の全盛期の片腕を落とせるくらいには強い」
「18ってことは10年前ですか?
8歳で化物みたいなこと言いますね」
流石に言い訳としてきついか?
「まぁな」
「そんで、このアレイスター。
アレイスターの理念の一つに黒い髪は呪いの象徴なので殺す必要があると」
「そうだ」
「なるほどなるほど。
つまり日本を始めとした韓国や華国なんかの国々の人間は危ないですね」
「情報によると既に食われてる」
マジすか?と口を尖らせながらメモる石田。
「お前よく俺の言葉を信じるな」
かなり無茶だろう?
いきなりファンタジーな事を言い始めてんのに。
「伊崎さんの話に繋がりがありますし、あまりに即答です。
それに、アニキ分を信じずに、何を信じる必要があるんです?
アンタが敵だというのならそれは敵なんでしょう」
一周目の時、お前がなぜそうだったのか。
さすがだな。
「そうか。ありがとう」
「⋯⋯そんな事言ってないで、鍋食べながらで良いんで」
「あぁ」
ブクブク言って湯気が上る鍋。
俺はよそって口にしながら石田の言葉を聞く。
「続けますよ。
アレイスター教の目的は判明していないんですよね?」
「恐らく自分たちの支配下に置きたいのだろう」
「本当にそうですか?」
「ん?」
見上げると、首を傾げながら石田が煙草の灰を落として悩んでいる。
「なんか目的があると思うんですよねぇ。
だってほら、海外の差別とか人種あるじゃないですか?
別にそこまで虐殺!みたいな感じでもないですよね?
でもこれは、特定の誰かに殺意があるような感じしません?」
「⋯⋯そうか?
教義を実行しているだけじゃないか?」
「確かにそうなんですけど、あまりにも殺意が高すぎるというか⋯⋯黒い髪ってだけにしてはじゃないですか?」
「まぁ⋯⋯そういう味方もあるか」
「と、それで、伊崎さんの両親も異能が使えて、伊崎さん本人には別に本当の両親がいると」
「あぁ」
「あぁ〜ややっこしい!!
えー、メモによると神功家でしたね?」
「あぁ」
「この神功家は、歴史で習うような三韓征伐を成した神功家そのままだと」
「そういうことになる」
「その後を知らない人間はいるけども、その後朝鮮半島では経緯は置いておいて子を神功皇后は宿すと」
「あぁ」
「当時の戦闘民族のトップ達と作ってそれらが集まって脈々と続いた結果、伊崎さんの本当のお父さんというバグが産まれたと」
「おうよ」
聞いた話だからな。
反応に困る。
「そのおかげで華国も気にせざるを得なくなっていて、三国は異能集団においてかなりの親密な関係になっていたと。
そして、爆誕したこの神功覇旬というバグによってアレイスターという正体不明の神と対峙してもう少しのところで体力がつきかけるが、何かをしたことで色々不可思議なことになっている。
結果、時間が経過して今年の夏頃、情報によるとその災厄とも呼べる存在が降臨するという」
「そういう事だ」
「それで伊崎さんのお父さん含めた日本の勢力と華国の秦派というまだ汚染されていない連中でアレイスターを阻止しようということですね」
「話は上手く進んで、日本に少しずつ上陸している」
「なるほど」
熱心だな、コイツも。
鍋を食わずに必死に勢力図を書いては自分なりにまとめている。
「これはアレイスターに侵略された結果どうなるんです?」
「アジア全域は滅ぼされるのはもちろん、後に奴隷にでもされるだろう」
「ふむふむ。
伊崎さんは日本を守るために異能を使って対抗しようとしているが、魔力のようなものが足りておらず、当時のような力が出せないので、俺達を切ったと」
「そういう事だ」
「気持ちは嬉しいですが、ここまで説明してもらわないと誰もわかるわけないじゃないですか」
鼻先近くまで眼圧が迫ってきて俺は逸らすしか出来ない。
「弱いから金だけ渡して終わりですか?」
「悪い」
「悪いじゃありません!
それで、アレイスターという点で一番まずいのは?」
「プロヴァンハイドと神聖力だな」
「プロヴァン⋯⋯なんちゃらは?」
難しい数式でも聞いた顔をしながら尋ねてくる。
「これは移民の話が早いが、魂を生贄に捧げることで神を降臨させる事ができる召喚儀式のようなもので、やるとは思えないが、移民がアレイスターの信者と加算されるなら、日本で降臨する可能性が高いということだ」
「神聖力というのは?」
「文字通り信仰系の魔力のようなものだ。
この信仰具合で神から与えられる力が増減するが、俺の予想ではこの個人のアレイスターが代行でいるのだとしたらその力は無限に等しい。
その場合、俺の勝率は限りなく低い」
「さっき言っていた量が少ないということっすね?」
「あぁ」
「これは他にやれることはないんですか?
追い返したりとか」
「国の官僚どもが既に手に落ちた華国の者たちの賄賂や様々な物で買収済みだからな。
移民は止められない。
これがどんどん増えると、プロヴァンハイドが完成する。
思ってるよりも早くなりそうだ」
プロヴァンハイド⋯⋯本来なら信仰によって完成できる儀式だったはずだが、まさか強行手段はとらんだろうな?
万が一生贄となった降臨⋯⋯なんて笑えないぞ。
「とりあえず、これは真壁のアニキも共有して、厳戒態勢をとりましょう!
あとは日本の様々な会長にもそれとなくぼかしながら」
「お前は頭が回るようになったな」
「⋯⋯あなたが育てたようなものでしょう?」
笑ってそう言う石田の顔は、どこか自信有りげな顔をしていた。
俺もこんなにスラスラ喋るくらいには信頼してしまっているのが、その証拠⋯⋯か。
認めるしかないな。




