本当の意味での大晦日
「あれ?急にどうしたんですか?」
着替えている俺に通訳がベーグル片手に聞いてくる。
「言ったろ?帰るって」
「⋯⋯、⋯⋯え?」
「え?じゃねぇよ。
大晦日は帰るの」
まぁ荷物はそんなに必要ねぇし。
「"そんじゃあな"」
「⋯⋯はい?
また会うじゃないですか」
「今ある全プロジェクトの対応表⋯⋯もう見たか?」
「あぁ⋯⋯一応は。
でも、なんでそんなものを?」
「まぁ色々⋯⋯人間にはあるってもんよ」
「っ?
つまりどういう?」
「まぁなんでもいい。
お前に来年分の給料と滞在費は振り込んであるのは知っているな?」
「え?はい」
「もし来年──何かがあった場合、予定しておいたやり方で進めろ。いいな?」
「な、なんですか、急に」
背中を向ける俺に通訳が困惑している。
ま、それもそうか。
「達者でな、通訳くん」
振り返って笑う俺を見た通訳。
「いや、名前忘れられたままじゃないすか」
そうだな。
""なんだっけ?""
*
「帰ったか湊翔」
「うん。"ただいま"」
「あ、お兄ぃお帰りー!」
「この間ぶりだな。
彼氏が出来た場合はさっさと俺に見せろよ?」
「あ、圧が」
「男は基本カスだからな。
さっさと身の程を教えてやらんとな?」
靴を履き替えていると今度は。
「お兄ちゃん!」
「拳哉。
あれから面白いことはあったか?」
「うん?全然ない!
今日は冬休みの宿題をやってる」
「拳哉ももう高学年か。
時の流れは早いな」
多少身長が伸びて、大人っぽくなったか。
⋯⋯過去じゃ絶対に見れなかった光景だな。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんが教えてくれないの、勉強」
近くでビクッと震えている南。
「おぉ?」
「ち、違うの⋯⋯お兄ぃっ!?」
兄妹は仲良くと言ったはずだが?
「ちょちょ!首根っこ掴まないでー!!
死ぬ!死ぬぅぅ!!」
「小学生に教えるのくらい出来るな?」
キスでもしそうなくらい寄って脅してやると、南はブンブン首を縦に振ってくれる。
「物分りが良くて助かるよ。
他は全然分かってくれないんだ」
「あぁ⋯⋯こわっ」
「そーちゃん」
「母さん」
だが。
そこにあったのは、おっとりしていて優しい⋯⋯以前の母とは少し違って見えた。
凛々しさも入ってて、すべての事情を共有した特有の空気感。
「ちゃんと帰ってきたのねぇ。
よかったわぁ」
「俺の家はここだからね」
手を洗い、部屋着に着替えて椅子に座る。
「父さんも母さんも、見違えたね」
明らかに気とかいう力の量が桁違いに増えて、効率が良くなっている。
それに。
肉体も多少変わっている。
「苦節20年だったからな。
静音もそうだろう?」
「そうねぇ。
あなたは時間が掛かっていたけれど」
母よ、いつの間にか毒舌レベルも上がってないかい?
「ねぇ、みんな何話してるのー!」
「悪い悪い。
拳哉は、友達は」
「いっぱいいるよ?
でも、凄く仲が良いって感じでもないっていうか」
そう言うと南がふらっと来てコソコソっと耳打ちしてくれる。
「お兄ぃを知ってる子が学校にいて、その子がリーダーだから、ビビってみんな言えないらしいって登校班の女の子が言ってた」
「なんで知ってる?」
「お兄ぃに昔助けられたからって」
記憶にないが、まぁ色々ありそうだな。
「拳哉、何かあったらすぐに俺に電話するんだぞ?
スマホはあるな?」
「うん!ありがとう!」
「そーちゃん?
また拳哉にプリペイドカードあげたでしょ?」
⋯⋯げ。
「何のこと?」
「拳哉?」
母の睨みに拳哉が俯いている。
「今ドズパラっていうゲームがあるらしいわね?
聞いたわよー?
安達さんの息子さんが拳哉くんはいっぱいガチャが回せるって」
「お兄ちゃんは悪くないよ!」
「知ってるわ」
「⋯⋯うっ」
こんな時にも空気感は悪くないのがこの家のいいところだな。
「あ、お兄ぃ!ギャラシン!」
「おぉ、あいつら出てたのか」
カウントダウンライブ。
俺にとっては、帰還してからもう四年くらいか。
アイドルのシャッフルメドレーを聞きながら、家族の顔を見る。
母は穏やかに子供二人を見つめながら楽しそうにしていて、父は母を見て嬉しそうにしている。
本来見たかったこの光景が、今になって見れるなんて⋯⋯何度見ても心の底から込み上げて来るものが俺にはある。
「そーちゃんそば食べてる?」
「そうだぞ?
成長期に食べないとって⋯⋯まぁもうデカイか」
穏やかに笑う父と母。
「母さんが作ったものは何でも美味いよ」
「あら」
「ほら!カウントダウンだって!」
『5』
叶えたか。
『4』
ある意味、本当に。
『3』
4年が経過したが。
『2』
俺にとって後は。
『1』
排除するべきものは一つ。
「2016だぁ!!やったー!」
「「「「「あけましておめでとー!!!!」」」」」
俺にとっては。
あとはこの世界と向き合って、どうにかする事こそが。
俺が帰還して成すべき事の最後だ。
*
それからいつもの如く毎年恒例の食事と時間があったからみんなの話を俺は黙ってずっと聞いた。
俺が求めていた日常。
⋯⋯それは、どこまで暖かい世界でこんなにも輝いている。
輝いて、輝いて。
死んだはずのあの頃から、家族の姿を見る度に胸のつっかえが取れていく。
思うことは色々ある。
拳哉があそこまで大きなっていくことは見れなかったし南も制服を着てやりたい事へ一点集中できる光景も見ることができるようになったし。
父と母は平凡を満喫できるようになっている。
もう思い残すことは無い。
二人には別で用意しておいた数百億の金がある。
⋯⋯俺が居なくなってもいいように。
ただ、俺は俺のやるべきことをただこなすだけだ。
俺に関わったすべての人間たちに何かを渡せるように。
おみくじで今までの行いが全て返ってくると見て、俺は満足だ。
全てを望んじゃいない。
ただ、今の光景を見れたのだから、俺は十分幸せだ。
この世には楽しいと幸せを勘違いしている人間が多い。
これは俺の持論だが。
簡潔にまとめると、楽しいには天井があって、幸せには天井がないというのが俺の概念で言うところのこの二つの違いだ。
俺の最後だった22年。
結婚がもはや色々怪しかったあの時代だが、独身貴族みたいなのが多かった。
実際に上司にいたから。
理由を聞くと、楽しいから。
デメリットが多いから。
と、色々みんな言う。
しかし楽しいには"天井"と"水準"が存在する。
人間というのは一度上がった水準を戻せないのがほとんどだ。
そして楽しいというのは色々な測りがあると思うが買い物だったり課金だったり。
様々な娯楽が溢れている。
しかしその楽しいには天井がある。
"いつかは楽しくなくなる"。
そうすると一周したあとの人間というのはなんと惨めな事か。
変な思想を掲げてよくわからんことを言い出す人間がよく増える。
だからこそ、結婚が最も俺の中ではするべきものだ。
目の前にいるだけで幸せだなと安心感覚えて、この人といると幸せだと感じ、ただ空気を一緒に味わってるだけで幸せを感じる。
ただその人が作ったものなのに、食べただけだ幸せと思え、明日を生きようという活力が湧く。
何者でもない人間が何者かになれる⋯⋯それが結婚であり、本来当たり前だったもの。
それは楽しいでは味わえない感情であり、一周する事はない物だからだ。
その一瞬一瞬に思い出が刻まれ、どこまでも素晴らしく見える。
友情で安心感を覚えて幸せだと思えるか?
誰かと一緒にいて幸せだと感じるのだろうか?
どれも楽しいという延長だろう。
楽しいというのは、現代の水準であれば最も無くなるべきものなのかもしれない。
いや、最後の救いか。
「⋯⋯ふっ」
なぁ。紗季。
俺はどうしたいんだろうな。
いや、どうしたいのかはあるか。
ただ、やるべき事をやるだけ。
積み上げていくだけ。
俺が俺たらしめる所以。
そしてその"覚悟"も。
「⋯⋯空、綺麗だな」




