普通の人生fromーNow
「ん?紗季、伊崎くんの所だろう?
なんで車で行かない?」
「伊崎くんがね、今日は車で行かないって」
パパがその言葉に難!って顔をしているけど、私は全く気にならなかった。
むしろ、"そんな機会"が無かったから、ちょっとワクワクしているくらいだ。
「やっぱり駅まで」
「大丈夫っ!中学の時を思い出すから!
──行ってきます!」
なんでだろう。
この高鳴り。
ガチャンと扉が開くと空はこの上なく綺麗だ。
雲一つない。
そんな今日は、伊崎くんとデートだ。
「ま、待った!?」
駅の改札で待ち合わせ。
到着すると。
「待ってないよ。
今来た所だから」
昨日までの伊崎くんが絶世の美男子だとすれば、今日は国民の元カレとか付きそうな⋯⋯普通の服装だった。
上から下まで全部ダークトーンでまとまってて、ブーツにストレートパンツ、上は白いボアが襟と縁に付いてて良いアクセントになってるボンバージャケット。
⋯⋯インナーも良い。
筋肉がね。
まぁ昨日はあれだったけど、普段の姿がジャージ姿だったから、なんか意外。
こういう時はやっぱりしっかりしてくれる所とか。
「ホームレスか、さっきもあそこで寝てたな」
「よくわからないけど⋯⋯仲が良いの?」
新聞紙の上で横になっているおじいさん。
その前を通り抜けると。
「あれ!
夜中に居た兄ちゃんじゃねぇか!」
「夜中?」
と次の瞬間、おじいさんがあり得ないくらい縮こまってごめんと謝っている。
「行こう」
「え?うん」
『まもなく〜』
階段を降りてホームに。
電車って初めてだ。
「乗ったことないよな?」
「ないっ!
みんなは普段こういうのに乗ってお仕事とか学校に行ったりするんだもんね」
「あぁ。
白波は綺麗だからあまり乗らない方がいい」
「え?」
見上げる。
いつもなら仏頂面とまでは行かないけど無表情の伊崎くんの顔が緩んでいる。
「変なのもいっぱいいるから乗らん人生を歩め。
金が必要ならいつでも言ってくれ」
私を見ながらそんな事を言ってくれる。
今更なんだけど⋯⋯私⋯⋯振られたんだよね?
こんな彼氏みたいな⋯⋯その。
距離も近いし、凄い良い匂いするし。
「ねぇ、あの人ヤバくない?」
「180はあるよ」
「脚長〜、何頭身?」
同じくらいの制服を着た女たちが遠くから指で写真を取るみたいに測っているのをチラッと見た時に映る。
「芸能人とかじゃない?
私もちょっと誘惑したら行けそうじゃない?」
「あんたじゃ無理よ佐藤、まぁ隣にいる方は大したことないけど」
⋯⋯っ、電車に乗っている人はこういう事を平気で言うのかぁ!
ごめんねぇ!?普通で!!
「白波は可愛いよ」
「き、聞こえてた!?」
「ん?」
近い近い!
近いよぉ!!
「うわ!顔もヤバぁ!」
何かする度に向こうのJKは喜び、私は悪口を叩かれるという構図。
だけど、何処か嬉しくもあった。
伊崎くんが窓の外を一緒に眺めようと言ってただ無言で眺めるんだけど、なんだか熟年夫婦みたいでちょっと優越感?
それから乗り換え?というものをした。
一本乗れば行けると思っていた私は、落ち着いて考えたら確かに、と思った。
何度も乗り換え、やっとの事を到着したのだ!
「凄い⋯⋯凄い人だったね⋯⋯!」
「あぁ、一般人はこうやってここに来るんだぞ?」
中腰で膝に手を置いて酔いに負けないようにしていたら、伊崎くんが水をくれる。
「ありがとう!!」
神よー!気遣いのプロ!
「ふぅ」
「それより白波、見ろよ」
指差す方向の先。
そこには、私が小さい頃から行きたかった⋯⋯デイズニーの景色だ。
「行けなかったんだろ?」
「まぁね」
パパ、小さい時にこういうのは教育に邪魔だと思ってたみたいで、私は一切行かせてもらえなかった。
だから私には特別だ。
「⋯⋯ありがとう」
「ん?なんだ突然」
「人生で初めて来たんだ。
しかも、男の子と!」
「⋯⋯⋯⋯そうか。
それなら、しっかりまずは楽しまないとな」
そう。
私達はまだ、入ってすらいない。
「うわ〜!!」
ゲートが開くのを今か今かと待ち構えていた私達に、押し寄せてくるデイズニーのBGM。
ああやって並んだのもいつぶりだろう。
「私達、蟻さんみたいに見えるんだろうなぁー」
「かもな。
みんなで蟻地獄に向かうみたいだな」
「やめてよ、これから地獄に行くみたいな言い方!」
「「はははっ」」
久しぶりに無邪気に笑ったかも。
学校は、仮面を被って過ごすし、家でも勉強。
外でも交流の為にキチンとしないといけないし。
「ん」
一瞬戸惑ったけど、伊崎くんが手を出してくれている意味を理解するのに数秒掛かって──顔が熱くなるまでにそう時間はかからなかった。
「行こう」
「⋯⋯うん!!」
楽しもう!
人生で初めての⋯⋯異性とデート!
だし、デイズニーだ!
「白波⋯⋯おみやげはいつでも買えるから⋯⋯」
*
「ねぇ!見て!伊崎くん!!」
凄い!お城だ!!
「おっ、シンデレラか」
「伊崎くんは来たことあるの?」
⋯⋯ちょっと不服。
「いや、マップに書いてあるし」
と、苦笑いで見せられてしまい、早とちり。
「ねぇ、写真撮ろう!」
「おお。そうだな」
と、何故か伊崎くんはまだかと言わんばかりに手を差し出して待っている。
「どうしたの?」
「ん?写真撮るんだろう?撮るよ」
「何言ってるの?一緒だよ?」
「いいよ俺は。
白波を撮るよ⋯⋯ちょっ!」
「もう!」
思わず抱き寄せて私は内カメにして自撮りをする。
「はい、チーズ!」
「ああっ!」
よし!撮れた!
「ていうか一緒に来たのに撮らないなんて変すぎるよ」
「俺は白波が楽しんでくれればいいんだよ」
なんでだろう。
なんか伊崎くんがニヤニヤしてる。
「なんでそんなニヤニヤしてるわけ?」
「⋯⋯ん?そうか?
悪いな。ちょっと楽しくてな」
「え!嬉しい!」
じゃもう一枚!
どさくさ紛れに抱きついて写真を撮る。
「よし!じゃあほら、二人でハート作ろ!」
「⋯⋯あぁ」
──カシャッ!
「ぎゃぁぁぁァァァ!!!!」
「伊崎くんビビりすぎ!」
マウンテン楽しい!
ていうか、ファストパスでも取るのかと思ったら、取る気配はなくて、一緒にずっと長蛇の列を並びながら他愛もない話をしていた。
本当になんでもない話だ。
あのキャラクターはどうだの。
列が長いとか2時間待ちがどうのと。
でも、全然苦ではない。
今、一番幸せかもしれない。
「マジで死ぬかと思った」
「伊崎くん、そんなビビるんだね」
「ビビってねぇ」
「いや叫んでたじゃん」
「このライトニングマウンテンとか言うやつは音がうるせぇからビビっただけだよ」
「いや絶対そんなことないよ」
「白波」
「ん?」
「⋯⋯楽しめてるか?」
笑っている伊崎くん。
「勿論!早く次行こ!」
そんな事聞かなくても分かるでしょ?
ちょっと化粧崩れても気にしてないくらい分かってくれると思ってるのに。
「回ってるー!」
「これ回せばいいんだろ?」
「待って」
グルングルン勢い良く台は回り始める。
「待ってー!!!」
「ハッハッハッ!!!」
「「うっ」」
乗り終えた私達は中腰で今にも吐きそう。
「回し過ぎた」
「だから言ったのに」
近くのベンチで少し休んでしばらく。
もう時間はお昼だ。
あんなに早く出たのに、時間の流れは早い。
「何食べる?」
「あ、これナッキーパスタ!」
「俺はこのグリルにしようかな」
席を取るのも一苦労。
だけど、伊崎くんはとても楽しそうに待つかと言って私の隣で立っている。
「ん〜!美味しい!」
「天下の白波の舌はご満足か?」
「何よ、私より良いもの食べる人が何言ってるの!」
馬鹿にして。
「ん、グリルも美味いぞ?」
かっ、かん⋯⋯!
えーい!!
差し出された一口サイズのお肉。
受け入れて噛むとあら不思議。
「ん!美味しい!!」
「だろ?」
むひひ。
「なっ、なんだよ」
「はい、私のパスタも食べるのだ!」
食らえ!私の仕返し!
「美味いな、このトマト」
「普通に受け入れてるじゃん」
「抵抗ないもん」
チッ、私だけか!
「ふんっ、そう不貞腐れんなよ」
両肘ついてストローを吸う伊崎くんは子供みたいに見える。
だけど、私からしたらこういう方が伊崎くんっぽくて好きだなぁ。やっぱり。
「こういう時のチュロスは至高ですな」
「そんな俺も既に購入済みなんでね」
「なに!?」
あぁ〜⋯⋯楽しい。
「伊崎くんのも食べさせて!!」
ずっと続けばいいのに。
こんな時間が。
「えっ!見て!!」
食べ終わり。
しばらく歩いているとパレードだ。
なんかナッキーが手を振ってる!
「伊崎くんも振って!」
一緒に手を振って、目の前で踊るナッキー達を見る。
「ポリブの海賊だって!」
「インクライドだって!」
私の行きたいところ、やりたい事。
一緒に全て行って、一緒に楽しむ。
時折見ると、伊崎くんは私の視線に気付いてくれる。
目が合うとお人形さんみたいに綺麗な瞳が笑ってくれる。
でも何処か、偶にふらっと遠くを見たりする。
その読めない感じも、どこか伊崎くんらしいというか、なんというか。
「なんでファストパス取らないのー?」
「ん?俺のワガママだよ」
「変なの」
「⋯⋯普通ってこうだったろ」
「普通?」
「あぁ。普通だ」
⋯⋯その意味は私には理解できなかった。
だけど、その顔には何か深い意味があるように思えた。
まるで噛み締めるようなトーンというか。
なんというか。
*
夜のパレード。
沢山満喫した後に、私達は並んで一般の人と同じように後ろの方に並んで、話をしながらその時間を待った。
「あ、ねぇ!」
城から花火が打ち上がる。
一発、二発と。
綺麗だ。
視線は私と伊崎くんを繋いでいる一本の腕。
気付けばずっと──手を繋いでいるのが当たり前で、お互い無意識だ。
「白波」
「ん?」
呼ばれ、見上げると、伊崎くんの瞳に花火が綺麗に映っている。
「どうだ?楽しめてるか?」
「またその質問〜?
楽しいに決まってるじゃん!」
「⋯⋯そうか」
今日だけでもう5回は聞いている。
さすがに困るというかなんというか。
でも何故か、変な答え方をするわけにはいかないと思った。
聞き方が変な感じだから。
だから。
──私も聞かなきゃ。
「そうだ。
ねぇ、なんで今日にしたの?」
打ち上がる花火の音。
沢山の人の視線が花火に向いている中、私は訊ねる。
「⋯⋯約束だったから。
それと、忘れない為」
「約束?」
「昔約束したんだ。
12月になったら一緒にデイズニーに行こうって、白波と」
そんなこと言ったかな?
「あれ?そうだっけ?」
「あぁ。
その時、白波は楽しみにしてたんだけど色々あってな」
連発して登っていく花火。
バンバンと弾けていくパレードの終盤。
私は伊崎くんの瞳越しに見る。
「そんな昔の事、覚えてなかった。
だから知ってたんだね」
「⋯⋯あぁ。それに」
そう言って、伊崎くんは続ける。
「もしかしたら、忘れてしまうかもしれないから、来たかったんだ」
どういう事?
そう言うと伊崎くんは私に視線を移す。
「どうしたの?突然」
「この光景を忘れない為に来たかったんだ」
真っ直ぐ、私を見る。
すると少しフワッと甘い匂いがした。
「⋯⋯ッ!」
首の後ろに伊崎くんの手が。
額には、柔らかいかん⋯⋯っ。
「三年間、イイ男はいたか?」
それどころではない。
顔が熱い。
少し照れくさそうに伊崎くんは笑う。
花火の光と夜空が交互に映って、私の感情はぐるぐるする。
「男の子⋯⋯いないよ」
「遊んでると思ったんだがな」
「私、そんなに遊んでるように見えるの?」
「いや?
でも、あまり感心しない」
「なんで?」
「早く見つけてもらわないと」
何を言ってるのか分からない。
でも、見ていると何故だが胸が痛い。
「白波の彼氏⋯⋯早く見せてもらわないと、もしかしたら会えなくなっちゃうかもしれないから」
「なんで」
「ん?」
「なんでそんなこと言うの」
貴方が好きだってあの時も言ったのに。
「変わって⋯⋯ないよ」
「はは。そっか。
困ったなぁ」
本当に困ったように伊崎くんが笑う。
「なんで駄目なの」
「居なくなるかもしれないから」
「説明してよ」
「それは難しいな。
理解出来ないだろうし」
感情的になってしまう。
「なんで?
私は学年で1番だよ?
習い事も上手くやったし」
なんだか自分らしくない。
「恋の勉強もしたよ」
自分で言うのもなんだけど、頑張った。
「資格も、色々勉強したし」
「うん」
「将来やりたい事も決まったし」
「あぁ」
なのに。なんで?
「私、そんなに馬鹿だと思ってる?」
「そうじゃない」
「じゃあっ」
すると私の頬をゆっくり硬い掌が包み込む。
至近距離で私を見下ろす伊崎くんは、何処か寂しそうに言う。
「ごめん」
「何が」
「でも、伝えなきゃいけない」
耳元で何かを囁く。
「良い男に⋯⋯っ、恵まれますように。
将来、なりたいモノになれますように。
幸せな未来が訪れますように。
人生に多くの幸があらん事を。
ディスターチルドレンズレアアライブ
(あなたに会えてよかった)」
グチャグチャだ。
でも、好きな男の子だからかな?
嬉しいと思っているのが嫌だなと自分でも思う。
パレードが終わった。
まるで魔法が解けたように。
「さっ、行こう」
その言葉があってから、私達はこの話題を話さなくなった。
でも、泊って、遊んで、何気ない事で笑い合うことは全く変わらなかった。
私も何故か分かってしまった。
伊崎くんはもう同じ景色を見ていないんだって。
いくら頑張っても、追いつけない程早くて、でも、背中はいつも見えている。
そんな男の子。
魔法のような2日間だった。
最後まで私達は楽しんで、帰りも電車に乗って、家の前まで送ってくれた。
でも。伊崎くんは最後まで、子供を見るように暖かくて、優しくて、そして⋯⋯何処かへ行ってしまう。
「またな」
「⋯⋯うんっ!」
駄目だ。忘れよう。
ーー白波!見ろよ!アレ!
「また会いに来る」
ーー紗k⋯⋯じゃないや、白波、食べる?これ?
「白波?」
「っ!!!」
"どうにでもなれ!"
一瞬ドアに手を掛けた私は振り返って、走り出す。
そのまま伊崎くんの大きい身体に突進してはその柔らかい唇を引き寄せて本能のまま行った。
「⋯⋯っ、s」
人生で初めて、女を出した。
男の子に告白されるなんてよくあったし、モテないなんて思うことはない。
でも。
このまま見送ったら⋯⋯もう会えない気がしたから。
味なんてなかった。
けど、貪るという言葉が似合うくらい、私は訳もわからず本で勉強した事など忘れてただ奪った。
それからどれくらいだろう。
「はぁ、はぁ」
意識が吹っ飛んで、戻った。
お互いゆっくりと唇が離れていく中、互いの少しの唾液が顎を伝った。
離れると伊崎くんは心底驚いた顔をして私を見下ろしていた。
その視線の意味を、私は分かっている。
「わ、悪い!?」
そうだ。
「だ、大体⋯⋯一緒に泊まっておいて何もしないとか、おかしいでしょ!?
勝負下着着たのに!!」
どうにでもなれ。
「遊び人だって言うからしっかり準備したのに!」
そうだ。
初めてはそれこそあなたがよかった!
なんで?気付けよ!
イケメン!
「え、白波?」
「何よ!最後まで遊んで!
だったらちゃんと最後まで女にしてから行ってよ!」
「え」
⋯⋯気付けば、私は最後の言葉までぶち抜いてしまった。
「あ」
──もう逃げられない。
「わ、わかったから⋯⋯さっさと行っちゃえ!!
くそイケメン!!!」
呼吸がおかしい事になっている。
でも、ここで言わないと。
「し、白波」
「私は白波じゃなくて!紗季よ!!
"そーくん"!!!」
「っ」
名前呼びたかったんでしょ?
呼びなさいよ!!
「ここにいる女は白波じゃなくて、白波紗季なの!
なんか色々あるのは分かったから、早く解決して、早く私を女にしなさいよ!!
──分かった!?」
顔面蒼白だ。
だが後悔はない。
私だって男を選ぶ権利はある。
女として受け入れるなら、変な男の子より、この人がいい。
「男の子は何もない真っさらな女の子が好きなんでしょ!?
私処女だから!!!
さっさとなんかごちゃごちゃしてないで迎えに来て!!以上!!」
ふんっ!言いたいことは言ってやった。
私は初めて、人生での自我を出して、振り返って家に戻った。
でも、伊崎くんがどんな顔だったのかは、少し気になるなぁ。
見ておけばよかったかも。
「紗季?怒鳴って⋯⋯どうしたんだい?」
「パパは静かにして!
私は待つことにしたから!」
「あ、あぁ⋯⋯なぁ、紗季は何について言ってると思う?」
「さぁ?なんででしょうね?
でも、あの顔は色々吹っ切れた顔をしていましたね、アナタ」
今は静かにしてよ!パパ!




