封筒
らしくない顔。
今まで何処か、遠い顔をいつもしてて、何を考えているのかすらあまり分からなかった。
でも何でも知ってて、優しくて、不器用な⋯⋯それが伊崎くんという印象だった。
でもこの笑った顔は違う。
年相応というか。
なんて言えばいいんだろう。
なんか辛くも見えるし、嬉しそうにも見える。
でも、初めて。
"私を見てくれているような"。
そんな気がした。
「1000年ってどういうこと?
それに救えなかった⋯⋯って」
「ハハ⋯⋯冗談だ」
そう言ってまた焼きそばを口にしてる。
でも。
冗談にしては。
「⋯⋯⋯⋯」
なんか。
また遠くなって行くような。
「ね、ねぇ伊崎くん」
「ん?どうしたの?」
「か、仮にだよ?
命を賭ける?っていうのが本当だとしたら、その子は伊崎くんにとって好きな子なの?」
ち、違う!間違えた!
何言ってるの!
女の子だったら嫌だなって。
まだ、私男の子と付き合ったこともないのに。
「⋯⋯⋯⋯」
少し思った返事が違かったのか、伊崎くんは焼きそばを私に渡して麦茶を飲んで、また、表情がさっきと同じように近くなる。
「あぁ。好きだったよ」
食い気味だった。
「そう⋯⋯なんだ」
とにかく伊崎くんが遠くならないように私は話を続けた。
でも、女の子かぁ。
そうだよね。
伊崎くんは、今じゃ遠い存在になりつつあるもんね。
さっきもパパが伊崎くんを見て遠くで怒ってたのが見えてたし。
「でも、1000年も生きて、一途なのって凄いよ」
「⋯⋯そうか?」
「パパが言ってた。
男の子は性の本能に勝てないから浮気を繰り返すって。
女の子はその度に傷付くけど。
でも、性で騙しても心は嘘を付けないって」
「⋯⋯⋯⋯」
「その人を見れば分かるって。
だから結婚する時にはパパを呼びなさいって」
「⋯⋯如何にもらしいお父さんだな」
返事を聞いた私は空を見上げながら呟く。
「でも、どうだろう」
「ん?」
「もし私が1000年も生きたとして、同じ男の子を好きでいられるのかなぁ」
「はは。どうなんだろうな」
「でも、仮にだよ?」
「ん?」
「幸せってなんだろ」
幸せってよく聞くけど、幸せの事を私達って分からない。
色んな人が今が幸せだとか、言うけど。
「幸せにって言うけど、救いに来たとして自分は?」
「その中に自分は居ない」
「な、なんで?
自分が幸せにならなかったら意味ないと思うんだけど⋯⋯」
ちょっと言い過ぎた?
なんか伊崎くんの顔が暗い。
「もう。幸せは十分貰った。
──過ぎた女だったよ。
明るくて、誰よりも太陽みたいに輝いてて、情報にとらわれないで中身を見てくれる女は」
私と同じように空を見上げて。
「⋯⋯⋯⋯」
無言でその続きを聞く。
「俺は⋯⋯ふっ。
幸せになって欲しいんだよ。
ただそれだけ。
そこに自分は居ないし、遠くからそれを見てるだけで十分。
関わったせいで要らぬ思いをさせた。
自分はいない方がいい。
自分より優秀な奴にソイツを預けたい。
そうすれば⋯⋯」
今までだらんとした体勢だった伊崎くんが、座り直す。
「そうすれば、もう同じ事は起こらないだろう。
命を賭けたかいがあるってもんだ。
あとは思い出の中で眠ったのをたまに見るだけでいい」
冗談⋯⋯かどうか判断できない。
でも、明らかに話している感じ。
とても、冗談に見えるものではない。
「重くなったな。
そうだ。白波は喫茶店か?
他にはやらないのか?」
「本当はやるはずだったんだけど、別にいいやってやらなかった」
「そうか。
俺のところでは色々あったんだがな」
「え!?文化祭あったの!?言ってよ!」
「やめてくれ。
思い出したくもない」
「え?」
「白波パパを始めとしてお偉いさんに囲まれて地獄だったんだから」
「あっ⋯⋯」
そうだよね。
あそこは将来のコネクションづくりのためにだもんね。
「食い終わったし、続き見ようぜ。
折角の文化祭だ⋯⋯辛気臭い話なんてつまんない」
「行こっか」
でも。
「⋯⋯どうした?」
「わ、私は」
でも。
「辛気臭くなんてなかった。
カッコ良いと思う!」
「⋯⋯⋯⋯」
よし!言えた!
「⋯⋯っええ!?」
肩に手を置かれ、伊崎くんはいつものように鼻で笑ってる。
でも、振り替えった一瞬。
伊崎くんの目は少し潤んでいるように見えた。
ライトのせいかな?
空のせいか。
でも、いつもよりそう見えたのは本当だ。
*
それからは時間が一瞬で過ぎ去っていく。
色んな場所をめぐって、食べて、飲んで。
クールな伊崎くんだけど、今日の伊崎くんは少し幼いというか、我慢していた大人が本当はやりたかった事をやっているような幼さがあった。
家でコレクションの玩具で遊んでいるパパとそっくりだ。
威厳とか立場なんか無くなった⋯⋯みたいな。
そうして歩いてすぐ並びにあったおみくじを一緒に引いたり、まだやっていた茶道を一緒にやったりした。
今年の分と来年の分があったので、それぞれ引いた。
私は大吉二枚。
伊崎くんは大凶二枚という正反対を引いてしまい、思わず笑ってしまった。
読むと私は人間関係は最高らしく、何でも叶う年だと。
伊崎くんには見せないと言われてしまった。
でも結んでいたのをチラッと見たら、今までの行いが全て返ってくるとか書いてあって良いことそうだと思ったのになんで見せないんだろう?と疑問に思った。
それから茶道のお試し会に行った。
ここも全く予想外。
何でもできそうなあの伊崎くんが茶道は全く出来そうにもなかったのが面白すぎて泣いてしまった。
椀が力強すぎて割れてしまったり、茶こしがパキッて折れたり。
途中で匙を投げたりするのもらしくない感じで。
⋯⋯そうして、文化祭も終わりを迎える。
「私は後片付けと打ち上げをやるって言うから」
「あぁ。面白かったよ」
本当幸せな1日だったなぁ。
久しぶりに見て聞いた伊崎くん。
ちょっとは進歩したかなぁと思ったけど、伊崎くんは更に前に進んでいる。
まだまだだなぁ。
「じゃ、じゃ!」
お別れの挨拶が上手く出来ない私は色々失格だと思う。
「おう。気をつけて」
「そんなママみたいな暖かい眼差しやめてよー。
子供じゃないんだよ!?」
そう返すと、伊崎くんはツボに入ったのか大爆笑している。
「そうかそうか。悪いな」
「もうっ!」
「悪い悪い」
すると一瞬の静寂が私達の空気を整えるような、世界が止まったような錯覚を起こす。
「そうだ」
伊崎くんがコートの内側のポケットから何か取り出している。
「明日暇だろ?」
「え?うん」
「お父様に聞いてるからな」
「⋯⋯用意周到だね」
と、差し出されたのは。
あまりに高そうな便箋。
黒い便箋に今時珍しい金色の封蝋だ。
「今時のやり方が分からんからな」
「あ、開けていいの?」
頷くので黙って開けると。
「⋯⋯え!?」
中には、デイズニーのチケット。
「ホテルも高層は全て貸し切ってるから、行こう」
「私、いつか行きたいと思ってたの!!」
「そうなのか?」
「⋯⋯うん!」
そう言うと静かに。穏やかに笑っている。
本当に嬉しそうな時ってそういう風に笑うんだね、伊崎くん。
「でもなんで?誕生日でもなかったのに。
まぁ明日から12月だけど⋯⋯クリスマスにしては先駆け過ぎる気が」
そうやって聞くと、伊崎くんは何処か寂しそうに。
でも愛おしそうに。
そして、大切な宝物でも開けるように笑って言う。
言われたその時、私はこの顔を他の女に見られたくないと思うほど、その場から動けない破壊力を持っていた。
「それは秘密だ」




